第4話 神の意向
「く……っ」
剣を手にし、ナイフを刃で受ける。直接受けたソフィアの攻撃は重く、慌ててもう一方の手も剣に添える。
ソフィアは涼しい表情だった。
「なぜ? もちろん、神の思し召しです。悪魔のような人達を、のさばらせるわけにはいきませんもの」
淡々と語るその目に、迷いはない。
じわじわと、ナイフが耕平の顔へと近付いて来る。
「神、だって……? ふっざけんな……人殺しを進めるなんて、とんだ邪神じゃねーか……!」
フッと空中に催涙弾が現れる。
何が現れたのかとキョトンとするソフィアの前で、それは炸裂した。
辺りは煙に包まれる。
ソフィアが大きくむせ返る声が聞こえた。
「ごほっ……ごほっ、いったい、何を……!」
「そこか」
防毒マスクをかぶった耕平の声は、くぐもっていた。
次に思い描くは、縄。思わず不埒な縛り方が思い浮かんだのを慌てて掻き消し、ソフィアの腕と脚をノーマルに縛り上げた。
「考えた事がそのまま具現化されるってのも、考え物だな……」
無事ソフィアを捕らえ、耕平はため息をつく。
そこへ、明るい声が聞こえてきた。
「コーヘイー!」
「おっ、ナイスタイミング」
戸口も窓も開け放されていて、催涙ガスはすぐに薄れた。ティアナとイリサが、戸口に姿を現す。
「あらら、こっちももう終わっちゃった? ……って、わっ!? 何その仮面!?」
「防毒マスクだよ。催涙弾を使ったから……」
言いながら、耕平はマスクを脱ぐ。
イリサが、ぐっと親指を突き立てた。
「準備オーケーなのです。勇者様に言われた通り、貴族の屋敷の損壊は水神の祟りだと言って来ました。池に沈んだ祠を奉るために、明日にも水門が開かれるでしょう」
「え……」
手足を縛られ、床に倒れたソフィアが身をよじらせて上体を起こす。催涙弾の影響で、彼女の目は赤く涙目になっていた。
「そんな……そんなもので水門を開けさせたところで、屋敷の崩壊が止まらなければすぐに嘘だと見破られるわ……」
「いや、大丈夫。屋敷も、畑も、害虫被害は減って行くはずだよ」
耕平の言葉に、「あっ」とイリサが声を上げる。
「イワクイムシですね?」
「え、何? どういう事?」
ティアナはきょとんと、耕平とイリサを交互に見る。
「水を止めたせいで、魚がいなくなり、生態系が狂ったんだ。天敵がいなくなった事で虫が増えて、害虫被害が拡大していた。水を流せば、魚が増える。害虫被害も減るはずだよ」
「じゃあ、そう言えばいいじゃない」
「そしたら、害虫を殺すために薬をまいたりするんじゃないかな。可能な限り、水という商品を手放したくないだろうからね。生態系を元に戻すには、水を流させるしかないようにするのが一番なんだよ。いかにもな見た目と能力の子が言えば、説得力も増す」
「木の柱は治癒魔法で治せますから、一本治して見せて信用を得ました。ティアナさんに教えていただいて勇者様が創り出したこのマントも、大変効き目があったようです。皆さん、私を魔導師村出身の由緒ある魔導師だと信じて疑いませんでした」
イリサは、照れくさそうに微笑む。
「緊張したけど、少し、楽しかったのです」
「そっか、良かった。お疲れ様」
耕平は、ポンポンと軽くイリサの頭をなでる。ぴくりとティアナは肩を揺らした。
「あっ、あのっ、コーヘイ、私もね……っ」
血飛沫が、暗い聖堂の中を舞った。
ソフィアの身体が、ゆっくりと床に倒れる。
その腹からはおびただしい血が流れ、目は見開かれたまま瞬きひとつしなかった。
「ソフィアさん……!」
駆け寄ろうとするイリサを、耕平は引き止める。
もう、間に合わない。それに、ソフィアの身体のすぐ後ろに、浮かび上がる姿があった。
「あーあ。せっかくいい駒を見つけたと思ったのにィ~。人間ってほんっと、使えなぁい」
少女は、蔑むような視線でソフィアを見下ろす。丈も短く、肩も広く開いた黒いワンピースのような服装。その背中には黒いコウモリのような羽根があった。
「何だ、お前は……!」
「ん? 私? 私はねぇ……彼女の言葉を借りれば、『神様』ってところかしら?」
ニンマリと笑って、彼女は言った。
「な……っ!?」
少女の姿は、とても神なんて神々しいものではなかった。
黒い羽根に、残虐な行い――言うなれば、それは、悪魔。
ソフィアは、神のためだと言って殺人を行っていた。そして、駒と言う彼女の発言。
「お前か……」
耕平は、ふらりと前に進み出る。握った拳が、怒りに震える。
「お前が、ソフィアさん達をそそのかしたのか……っ」
逃げようともせずその場に浮かんでいる少女に向かって、拳を振りかぶる。
ニィッと悪魔の口が三日月型に歪んだ。
「魔王を倒す? 笑っちゃう。記憶の中にある攻撃は、対応策も記憶の中。マネっこばかりじゃ、永遠にオリジナルを超えられないわよ」
耕平は息をのむ。
「どうして、それを……!」
なぜ、耕平の魔法がアニメやゲームを元にしていると知っているのか。
拳は、彼女に当たらなかった。
少女と共に辺りの景色が掻き消えたのだ。殴りかかった勢いで転びかけ、慌てて踏みとどまる。
「何が起こっ……」
顔を上げ、耕平は明るさに目を瞬いた。
整然と並ぶ机と椅子。
そこに座る、同じ服を着た少年少女。
正面の壁には、大きな黒板。
白いチョークで書かれているのは、どれも日本語だ。
そこは、耕平がいつも身を縮めるようにして過ごしていた、学校の教室だった。




