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第2話 暗殺事件

 ソフィアに礼を述べて、耕平達三人は教会を後にした。


 山の麓、廃墟の街のそばにあったのとはまた別の、小さな町。

 土地の広い家々の間には畑も多いが、どの畑の作物も萎れ、変色してしまっている。水路は枯れ、ただの溝と化していた。


「酷いありさまね……コーヘイ、どうにかできない?」

「うーん……水路に水を流すよう、説得してみてもいいけど……ただの説得で素直に聞いてくれるようなら、とっくに流しているだろうしなあ……」


 貴族の屋敷は、川上の方、坂の一番上にあった。

 屋敷のすぐ下には広い池があり、水がたっぷりと貯められていた。底まで透き通った水の中を、大小様々な魚が泳いでいる。

 池の向こうに見える大きな屋敷は、一部工事中のようだった。


「貴族なんて言う割には、結構傷んだ屋敷だなあ……」


 レンガの壁はボロボロと穴が空き、今にも崩れそうだ。外の渡り廊下をおおう屋根の柱に至っては、木が剥けてグラついてしまっている。


「お金に困って、水の商売を始めたという事でしょうか」

「あれが水門ね。ぶっ壊してやろうかしら」


 川との間に設けられた木製の仕切りに目を留め、ティアナが物騒な事を言い出す。


「俺たちは逃げればいいかもしれないけど、ソフィアさん達の立場が悪くなるよ」

「だって……」


 ティアナは口を尖らせてむくれる。

 イリサが、水の底を指差した。


「何でしょうか、あれ」

「ん? どれ?」

「底の方に……小さな小屋のような……」


 神社などによくあるお社のようなものが、水の底に沈んでいた。小屋のすぐ近くでさらに地面が低くなっているところを見ると、本来は小屋のある部分までが陸地だったのだろう。


「祠ね。神様をお祀りするのよ。でも、あれは人間が勝手に建てただけのもの。何の力も持っちゃいないわ」

「ふーん……でも、利用する事はできそうだな」


 耕平はフイと背を向け、池を離れる。

 ティアナとイリサは、小走りになってついてきた。


「なになに? 何か思いついたの?」


 ティアナは、期待に満ちた眼差しで耕平を見上げる。


「イリサにもお手伝いできる事はありますか?」

「うん、まあ。ただ、まだちょっと気になる事があるから……」




 坂を下り、宿への帰路をたどる。

 いくらか町中を歩いた所で、ふと耕平達は足を止めた。一つの大きな屋敷の前で、人だかりができていた。皆、中をのぞき込むようにしてざわめいている。


「何かあったのかしら」

「行ってみよう」


 人垣へ駆け寄ると、ティアナがそばに立つ中年の女性に尋ねた。


「何かあったんですか?」

「人殺しだそうよ。例の貴族の所へ来ていた客人が、殺されたって」


「大方、あの貴族がやったんじゃない? ヒドイ人達だもの。何をやらかしたって驚かないわ」

「いやあ、貴族もカンカンだったみたいだけどね。あっちはあっちで、俺たちの誰かが報復したと思ってるみたいだよ」

「そう言うフリだろうさ。俺らがやるなら、客人を殺すなんてまどろっこしい事しないで、直接貴族を狙うね」

「そう言ってあなた、貴族の顔は分かるの? いつも付き人ばかり出して、本人は屋敷にこもりきりでさっぱり出て来ないって言うのに」

「そ、それぐらい、分からい! こもりきりったって、全く出て来ないわけじゃあるめーし……あの、あれだろ? ド派手な金髪をグルグル巻いた……」

「貴族なんて皆、ド派手でグルグルだよ」


 耕平の脳裏に、ヴェロニカの顔が浮かぶ。騎士の街の領主の娘であり、ティアナの幼馴染。彼女もまた、金髪巻き髪のお嬢様だった。


「まあ、何にせよ、俺らみたいな一般市民の仕業じゃないだろうさ。剣で腹をひと突き。一撃必殺だ。憲兵隊が、話してたよ。これは、剣の扱いに慣れたプロの仕業だろうって」

「剣で……」


 耕平は、男性の言葉を小さな声で反芻する。


「そこの君、ちょっといいかな?」


 背後から掛けられた声に、耕平達は振り返る。そこに立つのは、憲兵隊と思しき兵服に身を包んだ男だった。

 憲兵は、ティアナを見下ろしていた。


「その腰に提げているのは、剣だね? 少し話を聞きたいのだが……」

「え、ええっ!? 私、やってませんよ!」


 ティアナは動揺のあまり、まるで犯人のような事を口走る。

 憲兵の目が、キラリと光った。


「それは、こちらで判断する。とにかく、屯所まで来てもらおうか」

「コ、コーヘぇ……」


 ティアナは涙目で耕平を振り返る。


「彼女は、事件とは関係ありませんよ。俺達は、旅の途中でこの町に立ち寄っただけですから」


 憲兵は、ジロリと耕平に目を向ける。


「旅人ねぇ……君達の名前は?」

「柴田耕平です。彼女は、ティアナ。魔導士村の出身です。村の人や騎士の街のヴェロニカって子に問い合わせれば、彼女が村を出た事も、身を守る手段として剣を携えている事も分かると思います」

「魔導士村に、騎士の街……なるほど、出自はしっかりしているようだな。だが、確固たるアリバイがない以上、確認が取れるまでの間、拘置させてもらう。凶器の可能性があるものは片っ端から調べなきゃならないんでね、悪く思わないでくれよ」

「あ、それなら――」


「その方々なら、ずっと私と一緒にいましたよ」


 そう口を挟んだのはシスターの服を身にまとった四角いメガネの女性だった。


「ああ、ソフィアさんの知り合いでしたか」

「ええ。魔王の城へ行きたいとおっしゃるので、教義を。彼女の剣も、人ではなく魔物を斬るためのものでしょう」


 ティアナはコクコクと激しく首を上下に動かす。


「アリバイがあるなら、拘置する理由もないな。疑ってすまなかったね。もし何か不審な人や物を見たら、教えてくれ。ソフィアさんも、お願いします」

「ええ。子供達にも、聞いてみましょう」


 憲兵はソフィアに向かってぺこりと軽く頭を下げると、その場を去って行った。




「ありがとうございます、助かりました!」


 憲兵が去り、ティアナは深く頭を下げる。イリサが首をかしげた。


「でも、どうしてここに……?」

「こちら、お忘れのようでしたので」


 ソフィアが懐から出したのは、短剣だった。


「あ、それ、コーヘイの」

「ああ、本当だ。ありがとうございます」


 それは、わざと教会に置いて行ったものだった。

 一瞬、怯えるような目でソフィアを見たロゼッタ。あの目が気になって、夜にでも忘れ物を口実に様子を見に行くつもりだったのだが。


 腰に提げていた短剣がないのを確認する素振りを見せ、耕平は短剣を受け取る。そして、言った。


「ソフィアさん、今夜、教会に泊めていただく事ってできますか? 宿がまだ見つからなくって……」

「え? 宿なら――」

「ティアナさん、お腹が空いたのですか? では、イリサのパンをあげましょう」


 よけいな事を言いだそうとするティアナの口に、イリサがパンを突っ込む。


「んぐ……っ」

「今夜……ですか?」

「ええ。不都合でしょうか? そしたら、例の貴族にでも当たってみるかな……あの大きな屋敷なら部屋もいっぱいあるだろうし、近付いて説得でもできれば……」

「ふぁにいっふぇんの?」


 ティアナは、ごくりとパンを飲み込む。


「私、嫌よ。市民を苦しめる貴族なんかの世話になるなんて。それに、や――」

「二個目ですか? ティアナさんは、食いしんぼさんなのです」


 二つ目のパンが、ティアナの口に押し込まれる。

 ソフィアは優しく微笑んだ。


「問題ありませんよ。どうぞ、泊まっていらしてください。子供達も喜ぶでしょう」


 人の好さそうな笑みを浮かべるソフィア。

 しかし、四角い枠の向こうに見える目は、笑っていなかった。

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