第1話 魔王への道のり
世界は、同心円状に広がっていた。
同心円は中央に行くほど、地面がせり上がるように高くなっている。もしもこの世界の全体像を真横から見る事が出来る者がいたならば、まるで一つの城塞都市のようなシルエットを見る事が出来ただろう。
しかし世界は途方も無く広く、段々畑のようになった一段一段に山や森、湖などが広がっている。普通の人間が全体を見渡そうとしても、その先は地平線や丘の向こうに隠れて見通す事が出来ない。
もしもそれが出来る者がいるとすれば、世界の最上段、文字通り雲の上に住む神にも等しい存在のみ。
「世界の最上段……そこに、魔王の城はあると言われています」
耕平、ティアナ、イリサの三人は、とある町の教会に訪れていた。
魔王討伐を目指すからには、まず魔王がどこにいるか知らなければならない。
旅の目的地、魔物の特性、そしてこの世界の成り立ち――現代世界の崩壊に何があったのか。魔王の城を目指すには、耕平はあまりにもものを知らなさ過ぎた。
ティアナは学校、イリサは書物によって耕平より詳しく学んではいるが、ティアナの学校での成績は知っての通りだし、イリサの知識は偏っていた。ならば詳しそうな人に聞こうと言う事で、教会のある町へと立ち寄ったのだ。
シスターは名前を、ソフィアと言った。ソフィアは、枠の四角い眼鏡をかけた厳格そうな人だった。耕平達が教えを乞うと、快く世界の構造について説明してくれた。
「段になった同心円……ウェディングケーキみたいなものかな。上の段に行くには、どうすればいいんですか?」
「層の果てに、転移ポートがあると言われています。この層は海に囲まれていますから、恐らく、沖のどこかに……」
「沖!? 中心を目指すのに、端へ行くの?」
「そっちが端じゃなくて中心だって事じゃないかな」
耕平は、手元にペンと紙を出現させると、サラサラとイラストを描いていく。
中央にそびえる階段状の山。
それを取り囲む海。
さらにその外側を囲む、陸地。その陸地の上に矢印を書き「イマココ!」と書き込む。
「これ、海に囲まれてるって言うの?」
「じゃあ、こんな感じかな」
耕平は、陸地の外側に斜線をかける。内側の海の部分も、同様に。
「この斜線部分が海。これなら、囲まれてるって言うだろ? 合ってますか?」
耕平は、描いた図をソフィアに見せる。
ソフィアは静かにうなずいた。
「ええ。そのイメージの通りです。ここの場合は東から西になりますから、転移ポートのある街は、西の方にあるでしょう」
「外から内へ? ここの場合は……って、それじゃ、太陽って複数あるんですか?」
「複数なければ、日の当たらない地域ができてしまいますから。太陽は、外側から昇って中心地へと沈みます。主像が創り出し、世界の頂点に棲む魔王が吸収しているのです」
当然のようにソフィアは答え、協会の奥の壁に据えられた巨大な石盤を指し示す。
石盤には、いかにも神話に出て来そうな、布を斜め掛けにしたような服装の男が描かれていた。下の方には、『Sun Goddess Shuzo』の文字。
(Sun Goddessは太陽神だとして、なんで主像がローマ字なんだ……)
タコと言い、この世界を作り出した者はずいぶんと言語に対して杜撰らしい。
耕平は改めて、ここが異なる世界へと変えられたのだと実感していた。
ソフィアは、耕平が描いた図の斜線部分を少し悲しげに見つめていた。
「この町が海に近ければ、私たちも、あなた方も、苦労は減ったのでしょうが……」
耕平は、窓の外へと目を向ける。
そこには、畑があった。土は乾き、食物は萎れてしまっている。
「そう言えば、教会の前にあった川も、干上がっていたわよね。この町って、雨が降らないの?」
「他の町と大して変わらないと思います。ただ、この町では貴族が水を堰き止めてしまっているのです。水を、商品として売買するために……。そのせいで、畑へは全く水が来なくて……」
「何それ、ひどーい! 水は、皆のものなのに!」
「それじゃ、作物も育たなくなってしまいますね」
「ええ。最近は害虫被害も酷くて……あの貴族が来るまでは、そんな事もなかったのですが……」
ギィ、と音を立てて教会の扉が開いた。
入って来たのは、箒を持った長い黒髪の女の子。この教会では、身寄りのない子供たちの面倒も見ている。彼女もその一人なのだろう。
「ソフィア。外の掃除終わりました」
「きゃあっ!」
室内で片付けをしていた別の女の子が、足を滑らせ転倒した。彼女の持っていたナイフやフォークが、今し方入って来た女の子の頭上へと降りかかる。
「危ない!」
ティアナがとっさに剣を抜き、駆け出す。
しかし、助けは不要だった。
黒髪の少女は、手にした箒を華麗にさばく。右へ、左へ。ナイフとフォークは彼女に当たる事無く、全て床へと落ちた。
「ご、ごめん、ロゼッタ! 大丈夫?」
食器をぶちまけた少女が、黒髪の少女へと駆け寄り平謝りする。
ティアナも目を輝かせ、彼女へと駆け寄っていた。
「すごーい! ロゼッタって言うのね? あなたも剣士なの?」
「え、えっと……私は、別に、剣士ってわけじゃ……」
ロゼッタは困ったような表情で、しどろもどろに答える。ちらりとソフィアを見たその瞳は、怯えているようにも見えた。
「おーい、ティアナ。彼女、困ってるだろ。その辺にしてやりなよ」
「えっ、あれっ。ごめんね、怖がらせちゃった? 私もね、剣好きなのよ。だから、もしかしたらお仲間なのかなって思っちゃって」
ロゼッタは、回答を拒否するようにうつむき黙り込んでいた。




