第6話 見上げた夜空
「おかえりなさいー!」
「わーっ、勇者のお兄ちゃんが帰って来たー!」
「リナねえ、リナねえ、コーヘーだよー!」
「ティアナお姉ちゃん、またグルグルやってー!」
森の中の岩窟に、子供達の明るい声が響く。
元々は岩に空いた洞穴だったが、耕平の魔法によって床や壁を整えられオートロックの自動ドアまで付けられたそこは、とうてい岩窟には見えなかった。
矢継ぎ早に話しかける子供達の声も聞こえない様子で、耕平はずっとうつむいていた。
のろのろと奥の部屋へと向かう耕平に、一番下の女の子ハナと、唯一の男の子タイガが駆け寄る。
「コーヘイー! 旅の話聞かせてよ!」
「わたしもー!」
「よーし、それじゃ、ティアナお姉ちゃんがお話してあげるよーっ。タっくんとハナちゃんもおいでーっ」
「えーっ。ティアナ、話できるの?」
「グルグルはー?」
「グルグルもやったげるから!」
子供たちは、キャッキャとティアナの周りに集まる。
ハナとタイガも耕平を追うのをやめ、ティアナに駆け寄った。
「コーヘイさん、何かあったの?」
子供たちを一人一人抱き上げグルグル回るティアナを眺めながら、リナがイリサに問う。
「私たちも、よく分からないんです……。山の下にあった廃墟の街で大グモの巣を殲滅した後から、様子がおかしくて……。何も話してくださらなくて、魔物と遭遇しても戦う意志がないみたいで……ひとまず落ち着く事ができればと、ここへ連れて帰ったのですが……」
「そっか……それじゃ、コーヘイさん達の旅の疲れが取れるよう、私たちメイドがしっかりサポートしないとね!」
「リナさん達にメイドを指示したのは、ここに置くための建前です。そんなに気負わなくてもいいのですよ?」
「そんな事分かってるって! でも、私たち、感謝してるんだ、コーヘイさんに、イリサさんに、ティアナさん、三人に助けてもらった事。あんな事をしたのに、許してくれて、居場所まで与えてくれて。他の人達から盗んだ物を返すのにまで、一緒に来てくれて、謝ってくれて。怒鳴る人、殴る人、通報する人……全部、コーヘイさんがかばってくれて。そこまでする義理なんて、ないだろうに。自分ならケガして帰っても、魔物との戦いだって皆に言えるからって。
もらってばかりじゃなくて、私たちも返したいんだ。でも、剣も魔法も使えない私たちにできる事って、限られてるからさ」
リナは、少し照れくさそうに笑う。イリサも、少し微笑い返した。
「ティアナお姉ちゃん、もう一回ー!」
「待って待って、さすがに私も目回ってきた」
「えーっ」
ティアナは座り込み、奥へと続く通路をそっとうかがい見る。
子供たちをここへと連れてきた時に、岩窟の中を大改装していた。今や、窓がないことを除けば屋敷と変わりない内装だ。奥に作った部屋の一つに、耕平は引きこもってしまったのだろう。
「コーヘイ……」
人気のない暗闇を見つめながら、ティアナはぽつりとつぶやいた。
真っ暗な部屋の中、耕平はマントも脱がずにベッドに倒れ伏していた。何もする気力が湧かなかった。
巣の入口で見た看板。その前に立っていた見覚えのあるビル。
あれは、恐らく新宿都庁前。耕平達は、駅から駅へと移動していた。
まるで風化したかのような街だったが、あれは年月による風化などではない。世界そのものが、いきなり作り変えられたのだ。だから、シャーペンで書いた文字があの日のまま消えずに残っていた。
元の世界にいた人たちは、どうなったのだろう。
魔王討伐なんて流れによるついでで、これまでとは違う人生を歩もう、ただこの世界を楽しもうと思っていた。モテモテハーレムだの何だの、調子に乗ってふざけたことを考えていた自分に嫌気がさす。
家族に、クラスメイトに、名前も知らないたくさんの人々……正直、クラスメイトだって全員の顔と名前を覚えていたかと言うと怪しい。それでも、彼らが犠牲になったかもしれないこの状況の上であぐらをかいていられるほど、耕平も神経が図太くはない。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
どうして、耕平だけが無事なのだろう。
耕平は白い小動物に何かを祈ったわけでもなければ、宇宙船で睡眠カプセルに入っていたわけでもない。ただ、自宅のベッドでふて寝していただけだ。
どれほど、そうしていただろうか。耕平はむっくりと起き上がると、ふらりと部屋を出て行った。
廊下壁に並んだ蝋燭は、消えている。廊下の先には皆が集まる広間があるが、そこの明かりも消されているようで、文字通り真っ暗だった。
耕平は魔法で懐中電灯を出し、足元を照らす。物音も何も聞こえない。皆、もう寝静まっている時間なのだろう。
緩い曲線を描いた廊下、そして広間を抜け、階段を上り、天井についた自動ドアから外へと出る。外はやはり夜で、光源も何もない山奥の森の中には闇が満ちていた。
耕平はその場に座り込み、目の前に広がる闇を見つめる。
「……眠れないの?」
声がして、耕平は振り返る。地面にある自動ドアから、ティアナが顔をのぞかせていた。そのまま彼女は外へと出てきて、耕平の隣に座る。
「わーっ。さっすが、ここは明るいねぇ」
「え……?」
耕平は、怪訝な顔をしてティアナを見る。
確かに岩窟の中に比べれば、懐中電灯を消していても辺りの様子が見える。しかしそれは、夜目に慣れたのもあるだろうし、決して明るいと言うほどのものではない。
ティアナはニンマリといたずらっ子のような笑みを見せると、耕平の首根っこをつかみ引き倒した。
「う、うわっ」
「ほら、明るいでしょ?」
ティアナも横で、仰向けに寝そべる。耕平は目を見開く。
目の前では、数多の星が瞬いていた。
どこまでも広がる空。今にも降ってきそうな満点の星。じっと眺めていると、地面に寝転がっているという感覚も薄れ、無重力空間に吸い込まれそうな錯覚に陥る。
「……私、バカかもしれないけど、話を聞くぐらいはできるよ」
ぽつりとティアナは言った。地面に投げ出された耕平の手が、ぎゅっと握られる。
「私も、イリサも、子供たちも、皆、コーヘイの事大好きなんだよ。コーヘイの力になりたいと思ってる。一人で悩まないで」
「ティアナ……」
耕平は、顔を横に向ける。そこには、少し照れくさそうに微笑むティアナの顔があった。
星空へと視線を戻し、耕平はぽつりと言った。
「家族が……死んだかもしれないんだ」
「……うん」
「家族だけじゃない。クラスメイトや、部活の仲間や、先生達……顔や名前を知らない同じ世界に住んでいた人達も、皆。俺はそんな事も知らずに、皆が犠牲になったなんて思いもせずに、ゲームや観光みたいな気分でこの世界を楽しんでた」
耕平一人が、あの世界からいなくなってこの世界に生まれ変わったのだと思っていた。誰かが犠牲になっているだなんて、思いもしなかった。
山の下にあった、古代遺跡。廃墟と化したビル群。あの街がどこなのか、気付くまでは。
「山の下にあった廃墟の街……あれは、新宿だ」
ティアナを振り返り、耕平は言った。
「シンジュク……って、どこ……?」
そう問うたティアナの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。涙は横に伝い、地面を小さく丸く濡らした。
「ティ、ティアナ?」
「あ、あれ? なんで、私……」
ティアナは驚いた様子で目元に触れ、起き上がりごしごしとガウンの袖で目をこする。涙は後から後から、流れ続けていた。
「ご、ごめん。なんで、こんな……。あの街のことを思い出したら、なんだか急に寂しいような悲しいような気持ちになって……なんで……」
ティアナ自身も、なぜ自分が泣いているのか分からず困惑している様子だった。
耕平も身を起こし、ティアナを見つめる。そして、ハッと気が付いた。
「ティアナ、お前……今、何て……?」
「え、あの街を思い出したらなんでか急に……」
「そうじゃなくて、その前! 『どこ』って、言ったか? 『新宿って、どこ?』って」
「え? あ、うん……」
ティアナは目をパチクリさせる。耕平は真剣な顔つきだった。
「どうして分かるんだ? 『新宿』が、場所の名前だって。今の話の流れなら、普通、『何?』って聞き方になりそうなのに」
「え……あれ……? なんでだろ……?」
ティアナはぽかんとした表情で首をひねる。
耕平は、一つの仮説に思い至っていた。――いや、これは確信だ。新宿という言葉への知識。廃墟の街に対して、湧き上がる感情。
ティアナも、耕平と同じあの世界に生きていた人の一人だ。
ティアナ本人はそれを憶えていない。どう言う訳か、憶えているのは耕平だけらしい。しかしそれは、一つの希望の光を生み出していた。
人間は犠牲になっていないかもしれない。他の人達も、ティアナと同じように記憶を書き換えられ、別の人物としてこの世界に生き残っているかもしれない。
魔物に襲われたり、村八分にされたり、山賊に居場所を奪われたり。元の世界では、そんなことはなかっただろうに。
「……ヤマガミは魔王によって生み出されたって、前に言ってたな? 他の魔物もそうなのか?」
「え? うん……死霊みたいに、人間の負の感情が集まって生まれるようなのもいるけれど、基本的に魔物は、魔王が生み出したって言われてる。どうしたの、突然? 勇者なんだから、それを知っていて魔物と戦ってるんじゃないの?」
「魔物を生み出しているのは魔王、あの街を滅ぼしたのも魔王……か」
耕平は立ち上がった。その表情はもう鬱々としたものではなく、キッと闇を睨み据えていた。
「ありがとう、ティアナ。決心がついた。やっぱり俺、魔王を倒すよ。ちゃんと、本気で魔王の城を目指す」
「う、うん……?」
耕平は、ティアナを振り返る。ティアナは地面に座り込んだまま、ぽかんとした表情で耕平を見上げていた。
「その前に、ティアナ達に話さなきゃいけない事があるんだ。イリサや、リナ達にも」
もう、逃げ出さない。
もう、誤魔化さない。
柴田耕平は、ここから新しいスタートを切るのだ。




