第2話 魔導士村の落ちこぼれ剣士
「あーっ、何だお前ー!」
近くで詠唱していた子供が、耕平を指差して叫んだ。その声で、他の子供達も詠唱をやめ、耕平を振り返る。
「だあれ? あの人……」
「この村の人じゃないよね」
「まさか、ヤマガミの……」
小学生くらいの女の子たちが、遠巻きに話す。どう見てもこれは、不審者扱いだ。気まずいざわめきの中、一人の男の子が声を上げた。
「怪しい奴め! 引っ捕らえろー!」
「おーっ!」
一部の男子生徒達が呼応する。耕平は地べたに座り込んだまま後ずさった。
「えっ、ちょ、待っ……」
「ア・ドーウィン・トーィル・メー・ティーナ」
先頭を切って駆け出した男の子が、右手を突き出し叫ぶ。
途端、耕平を取り囲むように地面に火が灯った。
「う、うわっ」
耕平は慌てて起き上がり、炎の円から抜け出す。せいぜいくるぶしを超える程度の小さな火だが、当たれば火傷は間違いない。
痛いのは嫌だ。
「ア・ドーウィン・ボグ」
今度は別の子供が叫ぶ。
足元に激震が走り、耕平はそれ以上走る事は出来なかった。地面が割れ、避ける間も無くその割れ目へとはまり込む。
「ア・クーリオ・ピアス」
割れた地面に膝まで埋まり身動き出来ずにいる耕平へと、何本もの短剣が飛んで来る。
――殺す気か!?
どうする事も出来ず、耕平は腕で顔を覆うようにしてぎゅっと目をつむった。
カンカン、と連続した金属音が鳴る。どれほど待っても、剣が突き刺さる痛みはなかった。
恐る恐る目を開ける。目の前には、華奢な背中があった。その手には、細い剣が握られている。
「え……」
明るい栗色のポニーテールが左右に揺れ、目の前の人物は振り返る。耕平と同じ年頃だろうか。瞳の大きな、愛らしい顔立ちの少女だった。
「大丈夫?」
女の子らしく高い、しかし凛とした声で、彼女は問う。耕平はハッと我に返った。
「え、あ、う、うん」
どもりながら、耕平は答える。母親以外の女性と話すのなんて、いつぶりだろう。
「あーっ。落ちこぼれのティアナだー!」
「何しに来たんだ~? 補習~?」
耕平を襲った子供達が、からかうように言いながら駆け寄って来る。
「ばぁか、そんな訳ないでしょーっ」
ティアナと呼ばれた少女は、一番に駆け寄って来た男の子に軽くヘッドロックを掛けながら笑って話す。他の男の子が、ニンマリと笑って言った。
「バカはティアナだろー。テストで零点取った事あるって。実技だけじゃなく、筆記もダメなんだなー」
「ふぇっ!? あんた、それどこで!?」
「幻獣学の先生が言ってた」
「うぅ……あの先生かぁ……。ち、違うのよ。あれは、回答欄が一つずつズレていて……ああもう、せっかく、かっこよく決まったと思ったのにーっ」
「その人、ティアナの知り合いなの?」
そう問うたのは、遠巻きに見ていた女の子達の一人だった。
「違うよ。でもだからって、いきなり攻撃はないでしょう」
「だって、ヤマガミの仲間かと思ったんだもん……」
ふっと重苦しい空気が流れる。
沈黙に耐え兼ねて、耕平は恐々と声を発した。
「あ、あのぉ……」
剣の少女は男の子を解放し、くるりと耕平に向き直った。そして、にっこりと微笑む。太陽のような笑顔とは、この事を言うのだろうと耕平は思った。
「ごめん、ごめん。紹介がまだだったね。私は、ティアナ。あなたは?」
「え、あの、柴田耕平です」
「シバタコーヘー? やけに長い、変わった名前ね」
「タコー!」
「ヘーイ!」
耕平を襲った男の子達が騒ぐ。
よほど珍しい音なのか。それでもタコはタコと呼ぶのかと突っ込むのは、野暮な話だろうか。耕平が話しているのも、聞こえるのも、日本語だ。しかし、不思議な力による自動翻訳と言う訳ではないらしい。
「あ、名前なら、耕平……」
「コーヘイね。よろしく」
ティアナは白い手を差し出す。耕平はドギマギしながらも、その手を握った。
「えっと、ティアナも、この学校の生徒なの?」
「まさか。私は、卒業生。今日は、お世話になった先生方にあいさつしに来ただけ」
「大丈夫ですか~っ!?」
叫び、駆けて来たのは子供達に指示を出していた教員と思しき女性だ。生徒達と同じようなローブに、大きな丸メガネ。長いピンクベージュの髪とたわわな胸が、彼女が走るのに合わせて揺れている。
「う、うちの生徒達が……ごめんなさい……!」
耕平の所まで辿り着いた彼女は肩で息をしながら、腰を九十度折って頭を下げた。
「え、あ、だ、大丈夫です」
両手を振り、慌てて耕平は答える。
「他の子が召喚したサソリが向こうであふれかえっちゃって……それで、こちらに気付くのが遅くなってしまったんです」
申し訳なさそうに言って、それから先生はティアナへと視線を移した。
「ティアナさんが子供達を止めてくれたんですね。ありがとう」
「えへへ……」
ティアナは照れ臭そうに笑う。
「でも、どうしてあんな所に? その出で立ち……もしかして、勇者様では?」
先生は再び耕平へと視線を戻し、言った。
ゲームやアニメに出て来る勇者のような服装。やはり、ここは勇者が存在する世界らしい。
改めて自分の持ち物を確認すれば、耕平もティアナと同じように腰から剣を提げていた。他にも硬貨の入った巾着袋や、正体のよくわからない液体が入った小瓶などもあって、まさに勇者の装備のようだった。
「えーと、俺も、よく分からなくて……気が付いたら森の中にいて、たまたまこの村に辿り着いたんです」
悪い人達ではなさそうだ。となれば、素直に事実を話した方がいいだろう。
「つまり、迷子って事ですね」
「まあ、似たようなものです……」
しかし、そう呼ばれるとものすごくマヌケな感じだ。
「なんだ、勇者様じゃないんだ……」
「え?」
ぽつりと呟かれた声に、ティアナを振り返る。ただの落胆ではなく、どこか寂し気に聞こえたのだ。
しかし、振り向いた先にあるのは変わらず明るい笑顔だった。
「ううん、何でも。それじゃ、先生。私、他の先生方にもお別れして来たいので。お世話になりました!」
後半の言葉はかつての恩師に向けて言い、ティアナは屋敷のような校舎の方へと小走りに去って行った。
耕平は、先生を振り仰ぐ。
「あの子、どこか行くんですか?」
「ええ、まあ……もう、二度と会えないでしょう」
そう答えた先生も、やはりどこか寂し気だった。
一時の沈黙が降りる。
鬱々とした空気を振り払うように、先生はパンと手を鳴らした。
「さ、授業の続きですよ。ほら、皆さん、練習して」
集まっていた子供達が散らばって行く。何を言っているのか分からない呪文のような言葉、それに応じるように浮かぶ青い円形の光、そして現れる様々な生物達。
「あのー……」
耕平は、遠慮がちに先生へと話しかける。クラスメイトに声を掛けるのに比べれば、教師に質問をする方が慣れている。しかし、この先生は先生だと思うにはあまりにも若く、そして目のやり場に困った。
「ここって、魔法を教えている学校なんですか?」
馬やら鳥やらを召喚する子供達を眺めながら、耕平は問うた。
「ええ。この村では、魔導士たちが暮らしているんです。ここでは、子供達が立派な魔導士になるための勉強を教えているんですよ」
「へぇ……って事は、ティアナさんも?」
確か、ここの卒業生だと言っていた。
彼女の言葉を思い出しながら尋ねた耕平の質問に、先生は苦笑した。
「ええ、まあ……彼女の場合、魔導士よりも剣士の方が合っていそうでしたが。この学校ではこういう物もあると言う知識程度にしか剣術を教えませんが、どこで学んだのか彼女の剣技は群を抜いていましたから」
「学校、選べないんですか?」
「この村にある学校は、ここだけです。ここは魔導士の村ですから、親も子供も先祖代々、皆、魔導士。その他の事が得意なんて、すごく稀な例ですし、求められるのは魔導士としての素質ですから」
おっとりとした話し方だが、耕平には、ひどく冷たく突き放した言葉に聞こえた。