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第2話 ひとりぼっちのエルフ

 てんやわんやの末、やっとの事で引きはがされた少女は、理性を取り戻したらしく恥ずかしそうにうつむいていた。


「すみません……ここしばらく、何も食べていなかったものですから……」


 少女は地面に正座し、肩をすくめて話す。耕平は、紙袋の中からサンドイッチを一つ取り出し、少女に差し出した。


「とりあえず、食べながら話そう。君の分もあるから」

「ありがとうございます……!」


 木陰に並んで座り、耕平達はサンドイッチを食べる。

 少女はアテネと名乗った。この街に住んでいるらしい。耕平達は図らずも、少女を街へ送り届ける形となったのだ。


「でもまた、どうしてあんな所に? 見たところ、どこかへ遠出しようとしていたとも思えないけど……」


 少女の服装は胸元の開いた丈の長いワンピース。マントさえ羽織っていない。

 荷物も首から下げた紙の束と紐にくくり付けられたペンだけで、とても魔物のはびこる街へ潜り込む格好とは思えなかった。


「コーヘイさん達は、古代文明の話は知っていますか?」

「コダイブンメイ?」


 単語さえも聞いた事がないというように問い返すのはティアナだ。耕平ももちろん、首を振る。

 イリサが答えた。


「詳しくはありませんが……。大昔にあったと言われている、今とは違う文明の事でしょうか……」

「そう。かつて栄華を極め、魔王によって滅ぼされてしまった文明。その文明の遺跡が、あの街なんです。私達の街とは全く違う建築技術。地面も、表面に石を敷き詰めただけじゃなくて、すごく深い所まであの岩のような硬い状態が続いているんですよ。地下にも、所々崩れちゃってますけど、すっごく広大な通路があって……」

「その遺跡を調べていたって事か?」


 アテネは大きくうなずく。


「はい! 私、集中すると周りが見えなくなっちゃうタイプで。ここ数日、寝るのも食べるのも忘れていたものですから……」

「数日って……いったい、何日調べまわってたの?」

「えーっと……」


 アテネは両手を出し、順に指を折っていく。

 しかし正確に数える事はできず、首をひねっていた。


「よく飲まず食わずでそんなに長い間無事だったな……。あそこは、魔物も出るだろ?」

「私、エルフなんです。だからちょっとやそっとの事では死にませんし、こう見えて、一応身を守る程度になら戦えますから」

「それでも、死なないからってそんなに無理しちゃ、身体に悪いわよ。実際、それで今回倒れちゃったんでしょ?」

「ハイ……気を付けます……」


 ティアナの説教に、アテネは大人しく肩をすくめる。それから、耕平達を見回した。


「コーヘイさん達は、どうしてあそこに?」

「ただの通りすがりだよ。山を下りてきたところで……」

「コーヘイは、勇者なのよ! 魔王を倒すために、旅をしているの。私もイリサも、コーヘイに助けられて……」


 ティアナが得意げに話す。

 耕平は、居心地の悪さを感じていた。


 確かに耕平は、旅をしている。流れでティアナやイリサも助けた。しかし、その目的については、全くの嘘っぱちだ。

 まあ、戦ってみてもいいかくらいには思っているが、積極的に動いている訳ではない。魔王がどこにいるのかさえ、知らないのだ。

 勇者と言うのも、それっぽいからそう言う事にしているだけ。実際、この世界の耕平が何者なのか、それは耕平にも分からないままだった。


 幸い、その話は長くは続かなかった。アテネがパッと立ち上がったのだ。耕平達を振り返り、彼女は言った。


「ではもしかして、今日の宿もまだでしょうか? もしよろしければ、今夜はうちに泊まりませんか? せめてもの恩返しと言う事で」


 耕平達は顔を見合わせる。特に断る理由はなかった。


「じゃあ……お邪魔させてもらおうかな」

「やった! 旅のお話、たくさん聞かせてくださいね!」


 アテネは両手を合わせ、にっこりと笑った。






 街の人々は、アテネを避けている様子だった。アテネの姿に気が付くと、スーッとどこかへ歩き去って行く。あるいは、視線をそらし距離をとってすれ違う。

 最初は気のせいかと思ったが、これが何人もいるとなれば気になる。


 そしてアテネの家は、町はずれの丘の上にあった。周囲に近所と呼べるような家はなく、広い土地なのに畑や牧場さえない。

 庭の外側には木々が植えられ、まるで家を封じているかのようだった。


「アテネ……あの、失礼な事を聞くようだけど……君って、街の人達とは……」

「ああ、気付いちゃいました? 私、変わり者だと思われているみたいなんですよね」


 確かに変わり者だろう。それには、耕平も同意だ。

 しかし、それだけでこんなにもあからさまに避けたりするだろうか。


「それから、文明の遺跡……この街では、あの場所を穢れていると考える人が多いんです」

「魔物が出るから……?」


 ティアナが問う。アテネはうなずいた。


「どういう事だ?」

「魔物って、私達みたいに旅をする人にとっては街を出ると当たり前にいる存在だけど、ずっと街の中で暮らすような人達にはそうでもないのよ。私やイリサみたいに、一歩出れば森だったりする山奥の村出身なら、旅人でなくても魔物なんてどこにでもいるものなんだけど。山や森とも離れたこんな大きな街では、魔物なんて災いの象徴でしかないでしょうね」


 なるほど。魔物は確かに、危険な存在だ。戦い慣れしていない街の住人にとっては、脅威でしかないだろう。

 この街の近くで出る魔物と言うと、廃墟の中に巣食う大グモ。気味が悪いと思うのも、無理はない。


「と言う事は、あの街を通って来た私達も、街の方々にとっては穢れを運ぶ存在と言う事になるのでしょうか?」

「……恐らく。宿も、この街では少ないですから……。たぶん、そう言う事なんだと思います。それでも存在すると言う事は、お客様としてもてなす気のある方もいると言う事でしょう。私の場合はエルフって事もあるんだと思います。人より長く生きる私は、皆さんにとって魔物と大差ない存在でしょうから」

「そんな……」

「人より長く……って、それじゃ、アテネってもしかして俺らより年上なの?」

「ええ。こんな見た目ですけど、実際の年齢は……」


 アテネは、片手の指を折り数える。中指まで折って、手は止まった。


「……三十代?」

「348歳です」


 耕平は膝をつきうなだれた。


「ど、どうしたのコーヘイ?」

「いや、気にしないでくれ……背中にチャージされたエネルギーが消失しただけだから……」

「勇者様が何をおっしゃっているのか、よく分かりません……」


 ティアナもイリサも、困惑顔で顔を見合わせていた。


「あっ。アテネさん、行っちゃうよ!」


 ティアナとイリサは、慌ててアテネに駆け寄る。

 耕平も立ち上がり、ふと横に目をやった。


 丘からは、街を一望する事ができた。

 赤茶けたレンガの街。赤や青の屋根が連なる向こうに、まるで塔のように何本もの細長い建物がそそり立つ。


「あれ……?」


 屋根の向こうに見える、背の高いシルエット。それは妙に、既視感を刺激される光景だった。


 何だろう。この風景を、耕平はどこかで見たような気がする。

 この世界に転生して、この街を訪れたのは初めてだ。見た事なんて、あるはずないのに。


 それとも、この世界にいた耕平の記憶なのだろうか。

 耕平にこの世界での記憶があるのは、魔導士村のそばの森に倒れていた、あの瞬間からだ。しかし、耕平の装備は整っていた。唯一現代と同じだったのは、メガネだけ。

 これがトリップではなく転生だと言うならば、この身体自体には、生まれてから現代の耕平の記憶が受け継がれるまでの間の記憶が存在しているはずだ。


「コーヘイー! 何やってるのー? 早くー!」

「あ、悪い悪い」


 ティアナ、イリサ、アテネの三人は、少し先で立ち止まり耕平を待っていた。耕平は正面に顔を戻すと、三人の元へと駆けて行った。






 カンカンと激しい鐘の音が響いたのは、太陽が西に傾き始めた頃の事だった。

 アテネの作ったスープを食べていた耕平は、思わずスプーンを取り落とす。ティアナがパッと立ち上がり、椅子の横に立て掛けていた剣を手に取る。


「何があったんでしょう……?」


 イリサも腰を浮かしながらアテネを見る。アテネも、マントをワンピースの上に羽織っていた。


「分かりません。でも、ただ事じゃないのは確かです」


 ティアナはすでに外へと飛び出していた。

 耕平もスプーンを机の上に戻し、アテネとイリサの後に続いて外へと飛び出す。


「何だこれ……!」


 街を見下ろし、耕平は驚愕に目を見開いた。

 赤茶けたレンガの街。そこにはびこるのは、黒い巨大。


「魔物が、街中に……!?」

「ア・クラン」


 アテネがつぶやくと共に、彼女の手に淡い光をまとった弓矢が現れる。

 声をかける間もなく、アテネは丘を駆け下りて行った。


「俺たちも助けに行くぞ!」

「うん!」

「はい!」

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