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勇者は俺!魔王も俺!?-世界転生!底辺ぼっちからの離脱-  作者: 上井椎
第4章 もう一人の女剣士!? 犬猿の幼馴染
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第2話 決闘

 山の天気は変わりやすい。

 町を訪れた時に晴れ渡っていた空には厚い雲が垂れ込め、ゴロゴロと低く雷鳴を響かせていた。


 教会の前の広場には、再び人が集まっていた。

 人々の輪の中央に立つのは、耕平とヴェロニカ。二人は、淡い虹色に輝く半透明の半球の中にいた。


「これは……」

「大会でも使われていた、保護結界ですわ。この中でしたら、どんなに痛みがあっても死ぬ事はありません。また、放った攻撃がはずれても、結界の外を傷つける事はありませんわ」

「なるほど。お約束ってやつだな」

「はい?」

「いや、何でもない。ルールは? 俺、決闘なんてした事ないんだ。簡単なルールだと助かるんだけど」

「では、一番シンプルにいきましょう。開始は、ティアナの投げるコインが落ちた瞬間。『何でもありの真剣勝負』――それで、よろしくて?」

「オーケー」


 耕平は剣を抜き、腰の横で後ろに引き絞るようにして構える。


「……ティアナと同じ構えですわね」

「ああ。彼女の剣を見慣れているんでね」


 ティアナと旅をするようになって、何度も彼女が戦う姿を目にして来た。耕平に、ティアナのような運動神経はない――だが、それはこの際、いったん忘れる。頭の中で、ティアナが戦う姿を自分自身に置き換える。

 要はただの、見よう見まね。でも、耕平のイメージには魔力が宿る。多少動けるようにはなるはずだ。


『信じろ、そして思い描け』


 耕平を力に目覚めさせたあの男も、そう言っていた。耕平が思い描けば、それは現実になるのだと。


 コインが宙に放られる。

 ヴェロニカはあきれたようにため息を吐いていた。


「あなたの剣は、セイバー……まさか彼女と全く同じ戦い方をしようなんて、考えていませんわよね?」

「へ?」


 チャリンと軽い音を立て、コインが石畳の上に落下した。


 耕平は地を蹴り、まっすぐにヴェロニカへと突進して行く。

 やはりイメージによる力は機能しているのか、いつもより身体は軽く感じられた。少なくとも、今なら五十メートル十秒台という事はないだろう。


 いくら死なないと言われても、やはり自分より小柄な女の子を傷つけるのは気が引ける。

 剣を弾き飛ばそうと、手元を狙う。ヴェロニカは動かない。

 やれる。そう思った時、彼女は剣を握るのとは反対側の手をかざした。

 その手のひらに描かれているのは、魔法陣。


「な……っ!?」

「ア・ドーウィン・トーィル・メー・アナム・アーハ」


 ガァンと激しい金属音が鳴る。

 耕平の剣先は、ヴェロニカの掌に当たったままそれ以上先へは動かなかった。それはまるで、掌ではなく硬い盾にでも遮られたかのような感覚。


「く……っ」

「アナム・クロッホ」


 ヴェロニカが囁くように言うと同時に、固い剣撃が耕平を襲った。叩きつけられたように、耕平は結界の端まで吹っ飛ばされる。

 結界が内部に抑えるのは人も含むらしく、耕平は結界の壁に強く背中を打ち付けて地面に落ちた。


「い……っ」

「拍子抜けですわ。本当に軟弱な方でしたのね。これでは、私が弱者をいじめているみたいで気分が悪いですわ」

「魔法を使うなんて、反則だろ……!」


 よろよろと立ち上がりながら、耕平は抗議の声を上げる。ヴェロニカはしれっとした様子で言った。


「最初に申し上げたはずですわよ。『何でもあり』って。剣の決闘に魔法を織り交ぜるのは、何も珍しい事ではありません。想定なさっていなかったのなら、それはあなたの知識と判断力が不足していましてよ」

「クソ……っ」


 耕平は剣を握りしめ、再びヴェロニカへと突進する。


「学習しませんのね」


 耕平を迎え撃とうと、ヴェロニカは手をかかげる。

 ティアナの攻撃スタイルは、ワンパターンだ。正面突撃からの、刺突。速さとパワーで、押し切るスタイル。


 ぐんぐんとヴェロニカの姿が近づいて来る。

 目前まで迫り、耕平は手首をわずかに動かした。地面に対して水平だった刀身の先が、下へと傾く。ヴェロニカも気付いたらしく、涼しげだったその表情が険しいものへと変わる。


 ズバっと耕平は剣を下から上へ振り上げた。ヴェロニカはとっさに身を引き、剣を振るう。耕平は姿勢を低くし、それを避けた。

 耕平の剣も全く当たらなかったが、想定内だ。彼女に隙ができれば、それでいい。


 ヴェロニカが態勢を立て直す前に、横へと回り込む。剣は向かって右へと振り下ろされた状態。左はノーガードだ。


 耕平は振り上げた状態の剣を、ヴェロニカに向かって振り下ろす。

 傷つけたくないだの何だの言って勝てる相手ではないと言う事は、もう十分に分かっていた。


「アナム・クロッホ!」


 ヴェロニカは、剣をまっすぐに耕平の方へと引く。

 硬化された柄の先が、耕平の腹にクリーンヒットした。その強い衝撃に、耕平は剣を取り落し、尻餅をつく。


「先ほどの言葉、訂正して差し上げますわ。人並み程度には頭が回りますのね。でも、身体が全く追いついていない」


 形勢逆転。ヴェロニカは大きく剣を振りかぶる。


「もう、終わりにしましょう」


 白い刀身が振り下ろされる。

 ガキンと言う金属音が、広場に響いた。


 耕平は、剣を握りしめていた。思い描く事によって創り出した、新たなる剣。

 何の兆候もなしに現れたその剣に、ヴェロニカは目を丸くする。しかしすぐに、厳しい顔つきになった。


「あなた……魔導士でしたのね……」

「俺的には、剣の方がかっこよくて憧れるんだけどね」

「……魔導士ならば、なおさら、あの子の隣にいる事を認める訳にはいきませんわ!」


 ――ああ、なるほど。


 耕平は合点がいった。

 ヴェロニカの剣を押し返し、立ち上がる。


「彼女がどこにいるかは、彼女自身が決める事だ」

「あの子が、あなたを選んだと言いますの!?」


 ヴェロニカの剣が繰り出される。見えない壁に、剣は当たりせめぎ合う。


 耕平はもう、自重しなかった。魔法もありだと言うならば、耕平が持ち得る全ての力で対峙しよう。

 彼女は本気だ。ならば、耕平も本気で答えなくては失礼に値する。


 突風がヴェロニカを吹き飛ばす。

 そして、砂嵐を巻き起こす。複数の短剣が砂嵐の中に現れ、ヴェロニカへと一斉投擲される。ヴェロニカは素早い動作で、全ての短剣を弾く。


 ヴェロニカが最後の短剣を弾き、剣を振り下ろしたそのタイミングで、ひんやりとした剣先がヴェロニカの首筋に当てられた。

 砂嵐が晴れる。耕平はヴェロニカの後ろに回り込み、彼女の首筋に剣を当てていた。


 勝負あり。


「後ろから襲うなんて卑怯だとか言うなよ? 先に『何でもあり』って言って魔法を使ったのは、そっちだからな」

「言いませんわ……」


 ヴェロニカは観念したように剣を下ろし、膝をつく。二人を取り囲んでいた半透明色の結界が消え去った。


「勝者、勇者コーヘイ!」


 ワッと場がわく。

 ティアナとイリサが、耕平の元へと駆けて来た。


「すごい、コーヘイ! ヴェロニカにも勝っちゃうなんて!」

「さすがです、勇者様」

「いや、魔法もありのルールだったから勝てただけだよ。剣オンリーだったら、やっぱりティアナが思っていた通りボロ負けだったろうな」


 耕平は、うつむくヴェロニカへと手を差し出す。


「立てるか?」


 パシッと耕平の手は払われた。

 ヴェロニカはふいと顔を背け、走り出す。


「ヴェロニカ!」

「アナム・アーハ」


 走りながら、ヴェロニカは後ろに手を突き出す。後を追おうとしたティアナは、見えない盾に阻まれ足止めを余儀なくされる。

 ぽつぽつと雨が降り出す。

 ヴェロニカは人垣の向こうへと駆け去り、見えなくなってしまった。






 降り出した雨は次第に強くなっていった。

 ティアナは枕をクッションのように抱きしめ、部屋の窓を眺めている。

 イリサは行書体も真っ青な字体で書かれた本を読みふけっている。魔導書か何かだろうか。


 今回の宿は二部屋取れたと言うのに、ティアナもイリサも耕平の部屋に来ていた。

 ぽつりとティアナがつぶやく。


「ヴェロニカ、大丈夫かなあ……」

「幼馴染みだって言ってたな。いつもあんな感じなのか?」


 ティアナの前に温かいココアの入ったマグカップを置きながら、耕平は問う。


「イリサも、ここ置いておくぞ」

「ありがとうございます、勇者様」


 イリサは本を閉じると、マグカップに口をつける。


「……熱っ」


 小さく声を上げると、ふー、ふー、と念入りに吹き冷ます。


「……小さい頃にね、魔法が使えなくて剣は得意な私を、先生が騎士の街へつれて行ってくれたの。騎士の街では、剣術も魔法も平等に教えていて……そこで出会ったのが、ヴェロニカだった」


 ぽつり、ぽつりと、ティアナは話す。

 耕平もイリサも、黙って彼女の話を聞いていた。


「それから何度か、互いに行き来するようになって……この剣も、ヴェロニカにもらったの。『剣士たる者、自分の剣くらい持つべきですわ』って」


 ヴェロニカのツンと澄ました話し方をマネて、ティアナは小さく笑う。


「うちの村に剣を売ってる店や鍛冶屋が無いって知って、ビックリしてたなあ。小さい頃から喧嘩ばかりだけど、別に悪い子じゃないのよ。……なんで、村の事はあんな悪口ばかり言うんだろ。私は、あの村、大好きなのに」

「ティアナ……」


 コンコンと部屋の戸を叩く音がして、三人は振り返った。

 耕平は席を立ち、扉を開ける。戸口に立っていたのは、ひょろりと長い黒髭を生やしたモノクルの男だった。

 小皺はあるが、老けた印象はない。背丈は耕平より高く、黒い髪は肩まで伸びている。


「夜分に失礼します。お嬢様がこちらへいらっしゃっていないでしょうか?」

「お嬢様って……」

「あーっ、執事さん?」


 部屋の中にいたティアナが声を上げ、戸口まで駆け寄った。


「ヴェロニカの家の執事さんよ」


 耕平に説明して、彼を見上げる。


「どうしたんですか?」

「お嬢様が、まだ帰っていらっしゃらないんです。ティアナ様もこの町におられると伺ったので、こちらへ遊びに来ているのではないかと思ったのですが……」

「ヴェロニカが……いなくなった……?」


 ハシバミ色の瞳が、大きく見開かれる。

 耕平は、椅子にかけてあったマントを手に取りバサリと羽織る。


「俺達も探します。ティアナ、イリサ、行こう」

「ハイ、勇者様」

「ありがとうございます」


 執事の後に続き、イリサは部屋を出て行く。蒼白な顔で戸口に佇むティアナの肩に、耕平はポンと手を置いた。


「大丈夫。あんな事があった後だ。自発的に一人でうろついてるだけだろう。イリサの時とは違う」

「……うん」


 ティアナはこくんとうなずく。

 耕平とティアナも、執事とイリサの後を追い外へと出て行った。






「ヴェロニカー!」

「お嬢様ー!」


 叫ぶ声は、雨音にかき消されていく。

 耕平達はヴェロニカを探し、町外れの森沿いまで来ていた。頭は雨に濡れ、ぐしょぐしょだ。

 傘やカッパがないと知って魔法で作り出そうかとも思ったが、ここまで濡れるともう気にならなかった。全員分用意して使い方を説明してやれるような状況でもない。

 イリサは帽子をかぶっているし、ティアナもマントに頭巾が付いていたが、どちらも顔は濡れ前髪が貼り付いていた。服も透けこそはしないものの、普段よりも身体のラインが目立つ。


(これはこれで、なかなか……)


 不意に、川の向こう岸にいるティアナが振り返った。

 耕平はギョッと肩をすくめる。まさか、耕平から邪な気配でも察知したのか。


 彼女が見たのは、耕平ではなかった。


「いた!」


 ティアナは耕平の背後を指し叫ぶ。


「えっ、どこ?」


 耕平は水滴だらけになってしまったメガネをマントの裏地で拭き、かけ直す。

 森の方へと駆けて行くヴェロニカの姿があった。


「待って!」


 耕平は後を追い、走り出す。彼女に一番近い位置にいるのは耕平だ。


 ヴェロニカは決闘での強さのわりに、走るのはあまり速くなかった。ヒールの高い靴を履いているせいもあってか、何度もぬかるみに足を取られている。これなら、耕平でも追いつけそうだ。

 そう思ったその時、ヴェロニカの身体がガクンと下がった。


 崖だ。

 この雨と木々とで、気付けなかったらしい。


「きゃ……」

「危な――」


 耕平は手を伸ばし、ヴェロニカの腕をつかむ。

 しかし、ぬかるんだ足元。その場に踏み止まる事はできず、耕平はヴェロニカもろとも崖下へと落ちていった。

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