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第5話 弔い

「うわっ……!」


 耕平は思わず身をかわした。


「えっ、うそっ」


 耕平のすぐ後ろにいたリナが愕然として叫ぶ。

 当然、次の標的は彼女になってしまう。耕平は慌てて腰に提げた剣を抜くと、死霊に斬りかかった。


 手応えはなかった。

 死霊の動きは鈍い。耕平の速さでも難なく当てられたが、ダメージを受けた様子はない。

 耕平はすぐに、魔法へと切り換えた。思い描くのは、突風。


 リナと死霊の間に、突風が吹き抜ける。

 リナへと覆いかぶさっていた死霊は、再び風にあおられ横の壁まで飛んで行った。


「リナ! 大丈夫か!?」

「な、何とか……」

「ごめん、危なかったな。……どうやら、この世界では『創り出す』のは無理らしい」


 使えた魔法は、地面を柱のようにせり上げたのと、突風の発生。どちらも、その場にある物を利用した魔法だ。

 一方で、呪符や炎など材料のないものは発現できなかった。


 この世界は、本来の世界とそっくり同じだった。つまりは、本来の世界に無いものはここでは存在できないのだろう。


「俺達は本来の世界に存在するべき者だから、ってところかな……」


 耕平は独りごちる。

 あまりじっくりと理屈を考えている場合ではなかった。使える魔法は、この場にある物を創り変える類のものだけ。更に打撃技が効かないとなれば、対抗手段は限られてくる。


 じわじわと包囲網を狭めて来る死霊に、時に空気砲のように、時にカマイタチのように、突風を当て続ける。

 風で押し返せば一時しのぎにはなるが、完全に倒す事は出来ずすぐに戻って来てしまう。


「クソ……キリがない……!」


 教会まで行く事が出来ればひとまずの安全は確保できるだろうが、イリサがこの状態ではそれも望めない。それにどちらにせよ、まずはこの包囲網を抜け出さなければならない。


「ティアナ……!」


 彼女がいれば。


 ティアナの剣は、死霊には効かないだろう。

 それでも、共に戦う事のできる者の存在は、それだけで心の支えになっていた。


「コーヘイー!」


 幽かに、声が聞こえた気がした。


 バカな。そんなはずは無い。

 そう思いつつも、耕平は辺りを見回してしまう。


 死霊達の群れの頭上に、妙な歪みがあった。まるで蜃気楼のように、向こう側の建物が一部だけ揺れて見える。


「いったい……」


 切り取られたようなその一部分が、大きく歪んだ。


 空中に現れたのは、茶色いブーツを履いた、白い足。そのまま腰、腹、胸と、まるで飛び込むように歪みから出て来る。


「ファイヤーっ!」


 死霊の群れの中へと飛び降りたティアナは、両手で手当たり次第に斬りかかる。動きこそ二本の剣で戦うかのようだが、その手に握られているのは剣ではなく松明だった。


 炎は、死霊に確かなダメージを与えていた。

 間にいた死霊達を蹴散らし、ティアナは耕平達三人の所まで駆け寄る。


「イリサ!」


 ティアナはまっすぐにイリサへと抱きついた。


「良かった、イリサ、生きてた……!」

「火! ティアナ、両手、火! 危ないって!」

「あっ」


 ティアナは、パッと両腕を広げてイリサを解放する。


「すみません。ご心配、おかけしました……」


 イリサはぺこりと頭を下げる。

 ティアナはふるふると首を振り、潤んだ瞳を袖で拭う。それから、耕平を振り返った。


「信じてたよ。コーヘイなら、きっと大丈夫だって。きっと、イリサ達を助け出すって」

「ティアナ、いったいどうやってここに……?」

「コーヘイの声が聞こえたの」

「声?」


 ティアナはコクンとうなずく。


「コーヘイがいなくなっちゃって、まずそのまま教会に向かったんだ。

 神父さんの話によるとね、死霊は、死者の怨念が集まってできたものなんだって。この世に在らざる者だから、ヤマガミと同じで剣や弓は効かない。だから私、これを借りたの。ほら、ヤマガミの時にコーヘイ、火でやっつけてたじゃない? だから、死霊も火なら効くのかなって。

 そうやって教会で準備してたら、コーヘイの呼ぶ声が聞こえて……」


 あの時だ。

 耕平は、死霊にさらわれてからの事を思い返す。

 教会に向かった耕平は、大声でティアナの名前を呼んだ。その声が、結界の外にいたティアナに届いたのだ。


「それから声は聞こえなくなっちゃったけど、手当たり次第探し回っていたら、何か凄く嫌な気配を見つけて。で、そこでまた声が聞こえたからここだ! って」


 最後がやたら抽象的で耕平にはよく分からないが、外でもあの歪みが現れたという事だろうか。そこから死霊の気配を感じ取って、飛び込んで来た?

 耕平がそう確認すると、ティアナはうんうんとうなずいた。

「そう、だいたいそんな感じ」


 早口で答え、襲い来た死霊を松明で殴り飛ばす。


「おしゃべりはこの辺にして、こいつら片付けちゃわないとね」

「……ティアナ、ここは俺に任せてくれないか?」

「何か手があるの?」

「ああ。こいつらは、魔物とは言え死んだ人の魂から生まれたんだろう。だったら、張り合って傷つけるよりも、本来行くべき場所へ行かせてやるべきだ」


 首をひねって耕平の言葉の意味を考えるティアナに、耕平は手を差し出した。


「その松明、一本もらえるか?」

「ん? 別に構わないけど、魔法は?」

「ここじゃ、新しい物を創り出す事はできないみたいなんだ」

「へー。それは、厄介ね」


 ティアナは片方の松明を差し出す。受け取った松明を、耕平は高く放った。

 目を閉じ、手を合わせる。思い描くのは、祖父母の田舎で見た事のある大きな炎。死者を弔う、送り火。


 顔に触れる熱気とティアナ達のどよめく声で、目を開けずとも具現化は成功したのだと分かった。

 「おおぉぉー……」と、風ともうなり声ともつかない低い音が、辺りに満ちる。死霊の声なのだろう。


 人ならざる者へと姿を変えてしまった、死者の魂。

 どうか、安らかなる眠りを。


「あり……がとう……」


 低いうねりの中、幽かにそんな声が聞こえた気がした。






 甲高い子供達の歓声が聞こえて、耕平は目を開けた。

 耕平達は変わらず、三方を壁に囲まれた路地裏に立っていた。ただし空の闇に赤色はなく、目の前には六人の子供達とどこからか拾って来たような布や鍋があった。

 子供達は、一斉にリナへと駆け寄り飛びつく。


「リナ! リナだー!」

「リナお姉ちゃんー!」


 死霊が浄化された事で、子供達の記憶も戻ったらしい。通りの方からも、再会を喜ぶ人々の声が聞こえて来ていた。

 ハルが、おずおずと耕平達の前へと出て来た。


「……あんな事して、ごめんなさい。その後の態度もひどくって……皆に、バラされると思ったの。リナ姉を助けてくれて、ありがとう」


 ハルは深々と頭を下げる。リナも、ハル達が話しているのに気付き、子供達の輪の中から前へと進み出た。


「私も。ごめんなさい! そして、ありがとうございました」


 ハルの隣に並び、リナも頭を下げる。何も知らない子供達は、きょとんとした表情だった。


「リナお姉ちゃんとハルお姉ちゃん、なんで謝ってるの?」

「……まさか、ただで助けたとは思ってないよな?」


 耕平は、少し厳しい声で言った。

 ハルが、驚き怯えるような表情で顔を上げる。リナも、神妙な顔つきで耕平を見つめた。

 さすがにこれは、子供達もどう言う話をしているのか分かったらしい。


「なんだよ、お金とるのかよ!」

「わたしたち、そんなお金ないもん!」

「大人ってきたない!」

「やさしい人だと思ったのに!」


 口々に飛び出す非難の言葉を、リナは片手を上げて制す。


「ごめんなさい。私達はこの通り、支払えるようなお金なんて持ってない。私にできる事なら、何でもします」

「リナ姉……」


 ハルは心配気に、リナを見上げる。

 耕平はリナを見下ろし、言った。


「こっちは仲間までさらわれて、命の危険にさらされたんだ。そうだな……まずは、身に付けているものを全てもらおうか」

「ちょっと、コーヘイ! さすがにそれはヒドイんじゃない?」

「勇者様、私、気にしてません」


 ティアナとイリサも抗議の声を上げる。


「別に、裸に剥こうって訳じゃないよ」


 そう言って、耕平はパチンと指を鳴らす。音は魔法で出したのは内緒だ。


 リナの服装が、ボロボロになった男の子向けのパンツスタイルから、きれいなエプロンドレスへと変わる。

 リナは目をパチクリさせる。


「わーっ、リナお姉ちゃん、きれいー!」


 リナが着ていた服は、耕平の手に移っていた。

 耕平はその服のポケットから自分のお金が入ったふくろを取り出すと、服の方をイリサに放った。


「直してやれるか?」


 イリサは青紫色の瞳を瞬かせる。そして微笑み、こくんとうなずいた。

 子供達は再びリナを取り囲んでいた。その輪を掻き分け、リナの視線に合わせるように、耕平は屈み込んだ。


「そう言う格好の方が可愛くて似合ってるよ」

「……あ、ありがとう」


 リナは顔を赤くしてうつむく。そうしていると、普通の女の子にしか見えなかった。


「でも、これだけじゃ報酬としては足りないなあ! ちょうど、家を管理してくれる人がいないかなーと思ってたんだよなー」


 耕平はわざとらしく大きな声で話す。


「家……」

「山の中に、家があるんだ。森は魔物が出るから、街へ遊びに出掛けたりはなかなかできない場所だけど、欲しいものがあれば言ってくれれば家の中に用意するよ。家の中にある食料や衣服は好きにしていい。俺達はなかなか帰れないだろうから、たまに掃除をしてくれればそれでいいんだ」


 リナは驚いたように目を丸くしていた。

 ハルが、緊張の糸が切れたように隣で泣き出した。


「えっ、ちょっ……」


 リナは、再び深々と頭を下げた。


「ありがとう……ございます……!」


 リナの声は震えていた。彼女も泣いているのかもしれない。


「わたしたち、お家にすめるのー?」

「うん、そうだよ」


 子供達の質問にも、リナは顔を上げずに答える。


「やったー!」


 子供達は歓声をあげる。


「いいよな?」


 耕平はティアナとイリサを振り返る。二人とも、当然だとばかりにうなずいた。


「信ジテタヨー。こーへいハ、ろりこんナンカジャナイッテ」

「ウソつけ、じゃあなんでカタコトなんだよ! ってか何!? そんな疑いかかりかけてたの!? おい、二人とも目を合わせろ!」


 ティアナとイリサは、頑なに視線をそらす。

 耕平は短いため息を吐くと、再度リナとハルに向き直った。


 死霊の結界に取り込まれたものは皆、戻ってきた。

 リナの帽子も、耕平のすぐ足元に転がっていた。耕平はそれを拾い上げると、リナの頭にそっとかぶせる。

 リナは、やっと顔を上げた。ハルもきょとんとリナを見つめ、それから耕平を見上げる。


「お前たちは、俺が守ってやる。だからもう、スリなんてやめろよ」


 他の子供達に聞こえぬように、ヒソヒソ声で言う。

 二人はくしゃくしゃの顔で、強くうなずいた。

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