表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/43

第4話 見えない顔と死への空洞

 真っ赤な空が広がっている。夕焼けの赤ではなく、黒みを帯びた赤。まるで血のようだ、と耕平は思った。


 ブーツの紐を結び直して顔を上げると、そこにティアナの姿はなかった。

 ティアナどころか、通りを行き交う街の人さえも、きれいさっぱりいなくなっている。


「消えたのは、俺の方……か」


 何の前触れも無かった。せめて何かが襲って来るなら、抵抗のしようもあるのに。

 守るといった矢先に自分がさらわれるとは、情けない。

 しかし裏を返せば、リナもイリサもここにいる可能性が高い。耕平はここにこうして立っている。さらわれた瞬間に命を奪われるのでなければ、これまでに消えた人達もまだ望みはある。


 元々大きさのわりに人通りの少ない街だったが、今は一切人がいなかった。

 静寂の中、耕平の足音だけがいやに大きく聞こえる。


 空は赤黒いまま、それ以上暗くも明るくもならなかった。物音もない、通りも夕闇を保ったまま。

 まるで時間が止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまう。


 空の色と生き物の姿が見えない事を除けば、街の様相は本来のものとそっくり同じだった。

 街は高い塀で囲まれ、出入口となる大きな門は硬く閉ざされている。学校も、宿も、そのままだった。

 宿には、耕平達の荷物があった。消えたその時のままか、あるいは並行する現在の様子なのか。


「って事は……」


 耕平は来た道を戻り、赤黒いこの世界で最初に立っていた場所へと向かった。そのまま、街の中心部へと道を進んで行く。




 青い三角屋根と、高い塔の上に取り付けられた鐘。

 耕平は、教会にたどり着いた。


 ガランとした聖堂に、人はいない。

 しかし同時に、悪い物もここにはいないだろうと思えた。空が見えないせいもあるかもしれないが、外のような、言い知れないおどろおどろしい気配が、ここには無い。


「ティアナー!」


 耕平の声が、誰もいない教会に木霊する。


「……やっぱ、いないか……」


 耕平とティアナは、教会に向かう途中だった。もしかしたら……と思ったのだが、やはりここも死霊の結界の中のようだ。


 耕平は肩を落とし、教会を後にした。

 安全なこの場所でイリサを探していたいところだが、もしここにいるなら耕平の声で出て来ていただろう。無駄足を踏むような時間はない。




 突然、ぐっと気温が下がった気がした。ひんやりとした空気がどこからともなく流れて来る。


 ヤバイ。

 耕平は本能的に、そう感じた。何か良くないものがこっちへ近付いて来ている。

 耕平はとっさに、今出て来たばかりの教会の塀の内側に転がり込む。


 間一髪、通りに二つの人影が現れた。


 角を曲がって来たり、建物から出て来たりした訳ではない。少しずつ透過率を下げるように、すぅっと道の真ん中に姿を現わした。

 その顔を見て、耕平は思わず「ヒッ」と叫びそうになった。両手で口を押さえ、何とか叫び出しそうになるのをガマンする。


 二つの影は輪郭こそ人型だが、その顔は人のものではなかった。


 目もなく、鼻もなく、口だけが存在していた。その口は、額からあご下まで大きくぽっかりと空いている。

 歯は見えるが、舌は見えない。代わりに、空虚な闇だけがその奥には存在していた。


(何だよ、あれ……!)


 状況から考えれば、あれが死霊とやらなのだろう。しかし、これまでに見たどの魔物とも違っていた。

 魔物はどれも、動物を複数組み合わせたような姿だった。死霊のかたどる姿は、明らかに人間だ。それも、ゲームのモンスターのような格好良さをはらんだものではなく、嫌悪感と恐怖を掻き立てる姿。


 死霊は、獲物を探しているようだった。しかし教会へは近付こうとせず、塀の内側にいた耕平には気付く事なく、地面の上を滑るようにして通り過ぎて行った。


(……お、追わなきゃ)


 ここを出れば、見つかるかもしれない。

 しかし、ここにいても拉致があかない。

 死霊が獲物を探しているのならば、後を追えばまだ生きている人にも会えるだろう。……その時は、戦闘を避けられないだろうが。


 大丈夫だ、やれる。今の耕平には、あの力がある。教室の隅でくすぶっていたあの頃とは違うのだ。


 耕平は立ち上がる。

 拳をギュッと握りしめると、震える足を叱咤し外へと踏み出した。




 死霊は大きな通りを離れ、暗い路地裏へと入って行った。白い石畳みの表通りとは違い、踏み固められた地面が続く道。


(あれ……ここって……)


 間違いない。

 この先は、子供達が暮らしていたあの場所だ。


 本来の街とそっくり同じ作りなら、この先は入り組んだ袋小路だ。行き止まりもそこかしこにある。素直に道を通って死霊の後を追うのは、得策ではないだろう。

 耕平は上を見上げる。

 狭い路地裏。つまりは、建物同士の間が狭いと言う事。

 耕平は足元の地面を柱のように伸ばし、屋根の上へと追跡ルートを移した。






 建物に三方を囲まれた、少し開けた行き止まり。その奥に追い詰められるように、二人の少女がいた。

 一人は、青いショートカットに紫色の帽子をかぶった小柄な少女。二箇所をしぼられた帽子は、動物のたれ耳のようにも見える。

 もう一人もショートカットだか、こちらはブロンドだった。かぶっていた大きな緑色のキャスケットは、少し先に落ちてしまっている。


 イリサはリナを抱きかかえ、繰り返し呪文を唱えていた。


「ア・ドーウィン・トーイル・メー・ハーリン・ソーラス……」


 イリサ達の足元には、青く明滅する魔法陣があった。死霊は、光に怖気つくようにたたらを踏む。


 魔法陣には触れられないが、魔法そのものは死霊を引き寄せるようだ。

 イリサの魔力に引かれ、路地裏には次々と新しい死霊がやって来る。耕平が追っていた死霊も、その一つだった。


 魔法陣は、弱々しく明滅している。連れ去られてから一日中防御魔法を行使していたならば、相当疲弊している事だろう。


 フッとその時、魔法陣から光が一切消え失せた。

 イリサの身体がぐらりと傾く。


「お姉さん!」


 リナは、自分より少し大きいイリサを支える。

 魔法陣が無くなり、死霊達が一斉に二人の元へと迫り行く。大きな口が、ぐわっと更に大きく開く。

 リナの瞳が、恐怖に見開かれる。


「や……!」


 強い風が、イリサとリナを中心に渦巻くように吹き荒んだ。


 死霊たちは弾かれるように吹き飛ばされ、散り散りになる。

 風がやんだそこには、イリサとリナを背にかばうようにして耕平が立っていた。


「勇、者様……」


 弱々しい声に、耕平は横目で振り返る。


「よく頑張ったな、イリサ。後は俺に任せて休んでろ」

「はい……」


 イリサは力なくうなずく。その顔は空の色とは正反対に蒼白かった。


「リナ、イリサを頼む」


 リナは耕平に名前を呼ばれた事にギョッとしたが、すぐにキッと真剣な顔になってうなずいた。

 風で散らされた死霊たちは、もう戻って来ていた。吹き飛ばしただけでは、何のダメージも与えられないようだ。


「ま、想定内だけどな……」


 相手が死霊なら、やはりお祓いか。

 耕平は、死霊に貼られる複数のお札を思い描く。


 しかし、何も起こらなかった。


 念仏の知識が曖昧だからだろうか。

 指紋認証やらオートロックやらは、内部構造など知らなくても創り出すことが出来たのに。


 仕方ない、ヤマガミと同じ手段を取るか。


 イメージを炎に切り換える。死霊を一掃する火炎の放射に。

 しかしこれも、具現化される事はなかった。


「なんでだ……!?」

「前! 危ない!」


 リナが叫ぶ。

 死霊はもう目の前まで来ていた。顔全体に空いた闇が、耕平に牙をむいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ