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第3話 そして皆いなくなった

「イリサーっ!」

「イリサー! いたら返事してー!」


 街中を駆け回りながら、耕平とティアナは叫ぶ。もう、筋◯雲だの何だの言っている場合ではなかった。


 朝、目が覚めたらイリサの姿がなかった。トイレか着替えにでも行っているのかと思ったが、いくら待てども帰って来ない。

 しびれを切らして探しに出たところ、宿の出入口にある窓口の従業員も、見ていないとの事だった。

 宿の中にはいない。イリサが自分の意志で正面口以外からこっそり出て行く理由なんて、思い当たらない。




 太陽が天辺を越え、西へ傾き出しても、イリサは見つからなかった。


「イリサまで、どこに行っちゃったんだろう……」


 ティアナは暗い顔でうつむく。

 門番にも聞いてみたが、やはりイリサの姿は見ていないとの事だった。

 夜の内に門番の交代があったらしい。耕平とティアナは控え室の担当表を見せてもらい、夜の番をしていた者に尋ねるべく衛兵の宿舎を訪ねていた。


「こんな大きな街だから、迷子にでもなってるんじゃないかな。きっとすぐ、見つかるよ」


 午後になっている時点ですぐとは言えないかもしれないが、ティアナを励ますべくそう言った。他に何と言って良いか分からなかった。


「すみません、門番のジャックさんに会いたいのですが……」


 宿舎に入り、窓口に座る管理人に耕平は尋ねる。

 管理人は怪訝な顔で名簿をざっと見て、言った。


「ジャック……? この宿舎に、そんな名前の人はいないよ」

「え……? 門番をしている方ですよ。この宿舎に住んでるって聞いたんですが……」

「そう言われてもねぇ。そもそも、ジャックなんて衛兵いたかなあ」


 耕平とティアナは顔を見合わせる。教えてくれた人が間違えたのだろうか。宿舎に住む人ではないから、管理人も把握していないのかもしれない。


「もう一度、控え室に戻ってみよう」


 二人は、再び街の門のすぐ横にある門番の控え室へと向かった。




「あれ、君達、また来たのかい。お友達は見つかったかい?」

「いえ。宿舎へ行ったんですが、ジャックなんて人はいないと言われてしまって……」

「ジャック? 誰だい、それは」

「え……だって、担当表だと夜にいたのはジャックと言う方で……」

「夜から担当は私だよ。ほら」


 そう言って彼は、扉に貼られた担当表を指し示す。そこにあるのは、アベルと言う名前だった。

 他の日付や時間帯も確認するが、どこにもジャックなんて名前は無い。前後にあるのも、アベルの名だ。読み違えようもなかった。


「ウソ……さっき私達が見た時は、確かにジャックって書いてあったのに……」

「夜も、今も、ずっとアベルさんが門番をしているんですね? 昨日の昼間も」


 担当表を見つめながら、耕平はぽつりと呟くように言った。


「……睡眠は? 眠くないんですか?」


 三連続のアベルの名前。

 この担当表の通りだと、昨日の昼間から24時間以上ずっと彼が門番についていた事になる。


「ん? そういや、別に眠くないなあ……まあ、慣れてるからね」

「……鞄と座席……」

「コーヘイ?」

「ティアナ! 昨日の学校に行くぞ!」


 言うが早いか、耕平は駆け出す。

 ティアナは慌ててついて来た。


「が、学校? どう言う事? 何か分かったの? イリサはそこにいるの?」

「いや、イリサの居場所はまだ分からない。ただ……これは、俺達が思っているよりずっと大きな事件かもしれない」

「もっと分かりやすく話してよー!」


 学校へと駆けていた耕平の足は徐々に遅くなり、立ち止まった。

 ティアナも続けて立ち止まる。学校はまだもっと先だ。


「どうしたの? 学校に行くんじゃなかったの? ここに何かあるの?」


 ティアナは辺りをキョロキョロと見回しながら問う。

 耕平は、膝に手をやり、肩で息をしていた。


「い、いや……体力が、尽きた……だけ……歩いて行こう……」


 耕平は息も絶え絶えに言った。






 学校へ着いた頃には、もうその日の授業は全て終了していた。

 無人の教室には、ほんのりと赤みがかかった西日が差し込む。


「皆、帰っちゃった後みたいね……どうするの? 聞き込みしようにも、先生方ぐらいしか……」

「教師なら、皆、職員室にいると思いますよ」


 そう言ったのは、このクラスの担任だった。耕平達の案内としてついて来たのだ。


「私もイリサさんらしき方は見ていませんし、他の人達も皆朝早くからずっと学校にいますから、お役に立てるかは分かりませんが……」

「……やっぱり。鞄、残ったままだ」

「鞄?」


 耕平は、壁沿いの棚を指差す。

 廊下との間を隔てる壁。その端から端まである棚。昨日の昼間、ぎっしりと鞄が置かれていたその棚には、ちらほらと残っている鞄があった。


「まだ帰っていない子がいるって事? その子達が何か……あっ、ちょっと、何してるのよ!?」


 耕平は、机の中身を覗き込んでいた。かと思えば、中に入った参考書やノートを引っ張り出して机の上に置く。

 一つの席に止まらず、次々と、バラバラな位置の机の中身を取り出していく。


「ちょ、ちょっと……人の物を勝手に……!」

「誰の物だ?」


 最後に窓際の後ろから二番目の席の荷物を机の上に置き、耕平は教員を振り返る。

 彼女は目をパチクリさせていた。


「……これらの荷物の持ち主……荷物が入っていたこの席に座る生徒の名前は、分かりますか?」

「何言ってんの、コーヘイ? 教科書を机の中に置いて帰るのなんて、よくある事でしょ? 私もよくやってたし……」

「昨日、この席に座ってる生徒はいなかったんだ」


 耕平は真剣な顔でティアナに返答する。

 ちらほらと空いていた席。耕平が荷物を引っ張り出したのは、全て空席だった場所だ。


 教員は、困惑顔で一つの座席に手で触れた。


「ここは……ソフィアさん。昨日は、風邪でお休みして……こっちは……あら……どうして……? 誰かいたはずなのに……」


 思い出せない。

 自分自身の薄弱な記憶に戸惑うように、目を泳がせる。


「どうして……どうして、思い出せないの……? どうして、こんなに座席があるの……!?」


 やはり。

 耕平は、厳しい表情で教室を見渡す。


 消えたのは、リナとイリサだけではない。この街では、記憶や名簿からの消去を伴う失踪事件が続いていたのだ。

 ティアナは目を瞬き、教員と耕平を交互に見る。


「何? どう言う事?」

「この席の生徒達は、消えたんだ。イリサやリナ、門番の人ように。たぶん、他にも調べればたくさん消えてる人が判明すると思う」

「き、消えた……!? こんなにたくさん!?」


 ティアナは悲鳴に近い声を上げて、机を見回す。机の中身を取り出された席は、ざっと十を超えていた。


「リナが、この街には死霊が出るって言っていただろ。あれは、デマカセなんかじゃなかったんだ。その話題を出したのは、近付くためだったかもしれない。でも、話自体は事実だった」


「ま、待ってよ。この子達が皆いなくなったなんて、どうしてそんな事、先生に確認する前に分かったの? 空席だけじゃ、お休みしてるだけかもしれないのに」

「鞄だよ。昨日来た時、棚には端から端まで鞄が詰まっていた。席に座る生徒の数にしては多いなと思ったんだ。休みなら、鞄はあるはずないだろ?」

「なるほど、さす勇」


 ティアナは大真面目な顔で短く言う。

 耕平は教員を振り返った。


「死霊にさらわれた人達って、どこに行くのか分かりますか?」

「さあ……私達が教えているのは、商家の子達だから……。すみません、お役に立てなくて」




 耕平とティアナは学校を後にした。

 二人に別れを告げるや否や、教員は職員室の方へと駆けて行った。消えた子供達の事を、他の教員へと伝えに行ったのだろう。


 陽はだいぶ傾き、西の空は夕焼け色に染まっていた。

 夜が訪れようとしている。


「イリサ……大丈夫かな……」


 ぽつりと、ティアナがつぶやいた。その顔は、やや蒼ざめている。


「だって、たくさんの人が消えて、そのままになってるんでしょ? 皆に忘れ去られて、いなかった事にされて……皆がどこに行ったのか、死霊がどこにいるのか、どんな姿なのかさえ分からない。なのに敵は、次々と人を消していて……私達だって、いつ消されるか分からない……!」

「ティアナ!」


 悪い予感ばかりをまくし立てるティアナの両肩を、耕平は掴んだ。潤んだ瞳を、真正面から見据える。


「大丈夫だ。ティアナは消えない。何があったって、俺はティアナの事を忘れたりしない。イリサの事は絶対に見つけるし、ティアナも守るよ」

「コーヘイ……」

「だからほら、落ち着いて。死霊って言ったって、魔物の一種だ。魔物の気配を探るなら、ティアナの得意分野だろ?」


 明るい声を出して、耕平はニッと笑う。


 耕平とて、不安がない訳ではない。ティアナが口走ったのとまさに同じ思いが、胸中に渦巻いていた。

 しかし、不安ばかり口にしていても仕方ない。冷静にならなければ。イリサを救う手段を探さなければ。パニックに陥ったらおしまいだ。


 ティアナは、コクンと首を縦に強く振った。目元を乱暴に拭い、顔を上げる。

 そこにはもう不安気な表情はなく、いつものキリッとした勝気そうな瞳があった。


「今一番不安なのは、イリサだものね。私達が助けなきゃ」

「ああ」


 うなずき、それから耕平はあごに手をやり考え込む。


「死霊、か……どうしたら、引きずり出せるだろう……降霊術とか、そう言う類になるのかな……イタコとかが運良くこの街にいたりすればいいんだけど……」

「イタコ? 降霊なら、学校で習ったわよ」

「マジで!?」


 思いがけずあっさりと述べられたティアナの言葉に、耕平は大声で叫ぶ。


「でも、私はできなかったけど……あれも、魔法の一種だから」

「あー……」


 耕平はガックリと肩を落とす。今ほど、ティアナが魔導士としては落ちこぼれだと言う事が惜しく感じられる事は、今までもこれからも無いだろう。


「い、言っとくけど、降霊術は召還魔法の中でも特に難しいんだからね! 私達のクラスでも、成功したのは優等生の子達と代々その魔法に秀でてる家の子の三人だけだったんだから! そう言うコーヘイは、使えないの? コーヘイのアレって、詠唱は無いけど、召還魔法よね?」

「うーん、召還とはちょっと違うんだよなあ……呼び出すんじゃなくて、創り出すって感じで。生き物も出来るのかやってみた事は無いけど、もし出来たとしても、それがイリサ達を連れ去ったのと同一個体かどうかは怪しいところだろうな……」

「そうなんだ……」


 ティアナは再びうつむいてしまう。そして、ぽつりと言った。


「イリサだったら、もしかしたら使えたのかな……」


 イリサが得意とするのは治癒魔法だ。本人も、これしか出来ないと言っていた。

 しかし、彼女は純粋な魔法使いだ。魔法がからっきしなティアナや、魔法に近い力はあれどもそもそもの発動構造が異なる耕平に比べれば、望みは高かっただろう。


「教会にでも、行ってみるか……」

「教会?」

「困った時は、教会へ話を聞きに行くのがセオリーだろ。仲間の回復と言えば教会だ」

「回復なら、イリサだけど……セオリーって、何の?」

「こっちの話。まあ、とにかく、他に当ても無いんだし行くだけ行ってみようよ」

「コーヘイがそう言うなら」


 二人は、街の中心部に見える鐘の付いた青い三角屋根に向けて歩き出す。

 ふと、耕平は足元に目を留めた。


「あ、靴紐が……」


 耕平は立ち止まり、しゃがみ込む。

 一拍遅れて、ティアナも立ち止まり振り返った。


「大丈……」


 ティアナの言葉が途切れる。


 振り返ったそこには、夕闇が広がるばかり。

 陽が沈む前にと、人々は帰路を急ぐ。


 ついさっきまで隣を歩いていた耕平の姿は、どこにも見当たらなかった。

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