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短編集

自惚れ男の反省文。

作者: 山藍摺

誰も待っていなかったであろう、まさかの悠太郎視線。あまりにも彼は上から目線なうえに態度がでかすぎるので、そんなキャラクターが嫌な人は不快感をもよおすかもしれません。そんな方はバックで。

 僕は阿山悠太郎22歳、福祉系大学4回生。

 僕は自惚れていた。それを自覚したのは先月、12月のことだ。



 そのときは、周囲がやれ卒論最終締め切りだ、やれ単位が足りない教授に直訴だ、やれ就職最終段階だと慌て荒れている状況の中、僕は勝ち組として余裕の毎日を送っていた。卒論も早々ににパスをし、単位も足りていたし、就職先も内定していたし、あとは卒業のみだった。

 そんな余裕の僕は、その日もいつも通りに学内の食堂棟に行こうと足を向けたんだ。確かに、この瞬間までは余裕だったんだ。あいつが――彼女が、あんなことをするまでは。

「悠ちゃん!」

 食堂棟の近くの辺りで、彼女、今竹姫子が僕を呼び止めたんだ。4年間形だけ付き合った彼女。でも、=恋人ではないんだ。当時本命は別にいたんだ――今は本命もいなくなったけどね。彼女は昔から何人かいる彼女のうちの一人だった。ただし、そのことを僕は顔見知り程度の知人にも、かなり親しい友人にも、そして家族にも――周囲の誰にも内緒にしていた。ばれたらたまったもんじゃなかったからね――とくに母さんと姉さん、彼女ととくに仲のよい数人にはね。何をされるか、わかったもんじゃなかったからね。そのなかでも、母さんと姉さん。ったく、いつの間に、彼女とあんなに仲がよくなったんだろうね?彼女とは、形だけとはいえ、4年間付き合っていたから、別れたといつか知られるだろうから、そのときのために、何か手を打っておかないと――――当時の僕はそんなふうに、考えていたんだよね。甘かったよ、かなり。いろんな意味合いでね?

 おっと、脱線したね?あのあと、彼女はこういったんだ。

「悠ちゃん、今いいかな?」

 もじもじしながら、確認をとってきたんだ。彼女は、僕よりは低いけどね、女性にしたらかなりの長身のほうなんだよ。体つきは、華奢というよりスポーツ選手のようなスレンダーなスタイルかな?まぁ、はっきりいってしまえば宝塚の男役みたいだね。名前とは逆に、女子どもが王子と騒ぐ見た目だから、もじもじはかなり似合わない。まったくときめかないしぐさだ。それでも横にいたら見映えがするから、4年間も付き合っている。今までの最長記録の彼女だ。本当にヤバイな、最長記録。早く手を打たないと。

「どうしたの?今なら大丈夫だよ?」

 心の中の思惑はまったく表に出さずに、僕は返事をする。すると、彼女はほっとした表情を浮かべて、肩の力を抜いた。――この時、彼女はかなり緊張していたんだ。はやく、気づけばよかったんだ、この時に、彼女が何をいうかを。

「悠ちゃん、大切な話なんだ。だから、そこのベンチに、座ろう?」

 柔らかい笑顔で、彼女は僕を誘う。どことなく硬いような気もしない、無理に作った柔らかさだ。

 ベンチに横にならんで座り、彼女が体をこちらに向ける。

「悠ちゃん、私と、結婚してください」

 彼女は顔を真っ赤にしてそういったんだ。それに対して僕は、何いってんの、ってそのとき思ったんだ。だからこう返してしまった。

「君と、僕が、結婚?」

 一節一節区切って、確認してしまったんだ、首をかしげて。何でって。何で君と?僕が、って顔に出してしまったんだ、少し。

 後悔先に立たずって、よくいったもんだよね?後になって悔いたよ、本当に。このときね、僕は油断したんだ、考えもしないことを告げられたもんだから、不意をつかれたんだね、きっと。不意討ちって怖いね?

 だから――心に思うことを、少し出してしまったんだろうね?いや、出し始めてしまったんだ、じんわりと、にじみ出ていくように。

「うん、私と結婚してください、悠ちゃん」

 そのときの彼女の手は、こちらが見てわかるくらいに、明らかに汗ばんで震えていた。両の手を握りしめて、こちらを見つめる顔が、みるみるうちに青くなっていったんだ。

 そんなわかりやすいことに、僕は何であのとき、気がつかなかったんだろう。何で、あのとき罪悪感を感じなかったんだろう?

 そして、ぼくは取り返しのきかない言葉を紡ぐ。

「君と?姫ちゃんと?」

 この発言に、彼女は今にも泣きじゃくりそうな顔をした。

 このときの僕は、どんな顔をしていたんだろう、本当に。好きでなかったとはいえ、女の子を泣かしたのに、なんとも思わなかった。今までの歴代の彼女も、泣かしたことはなかった…あくまでも、僕の前では。

「うん、私と、だよ?ぷろぽーず、だよ?」

 視線で、どうして?と彼女は問うてきた。嘘だって、何かの間違いだっていってと訴えてきた。

「何で君が僕に求婚するの?」

 あろうことか、僕は――鼻で笑ってしまった。

 彼女の目から、涙が一筋落ちたのはこのときだった。

「私は、あなたの彼女、でしょう…?」

 震える声で、確認した彼女。涙がたくさん流れ始め、彼女はそれに驚いたような顔をして、大きくて細い指で乱暴に拭った。

「そうだよ?」

 僕の返答に、彼女は私はもう一度問うてきた、どうしてと。――この時の僕は、かわいそうな目で彼女を見ていた…彼女を馬鹿にしてしまったんだ。

 このときの僕は、本当に愚かだった、今さらだけどね。次いで出た言葉はもっとひどかった。

「彼女でも、君と結婚したいとは思わないよ、僕。結婚したいと思うのは恋人であって、君じゃないよ?」

「…、…っ」

 彼女は、固まってしまった。僕はそんな彼女を見て、パソコンのフリーズ?と脳裏に浮かんだんだ。

 そして、ついに。

 僕は、なにも言えなくなった彼女に、とどめを指してしまった。愚かなチェックメイトだった。このときが、本当の境目だったんだ…後戻りができるか否かの。

「君は、一緒にいても楽だったから、彼女にしてあげたんだよ。ただうんうんて笑って頷いているだけでよかったし、好きっていうだけでご飯代も出してくれるし、足もしてくれる。彼女だけど、恋人じゃないよ?そこ、勘違いしてたの?僕が君の恋人って?恋人はちゃんといるよ?」

 ああ、僕の、馬鹿。

 僕の発言に、彼女は泣いてるのを忘れたかのように、おもいっきり口を大きく開けて呆けてしまったんだ。ぽかーん、という漫画でありがちな音が似合う顔だった。

 しばらく呆けていた彼女は、次第に顔色が戻り始めたんだ。あれ?と疑問に感じたときは後の祭りだった。

「…んな」

 彼女の色のよくなった顔はいつのまにかうつむいていた。

「姫ちゃん?」

 僕は、ひきつりそうになる顔を必死に抑えながら、彼女に声をかけた――このときの僕は、蛇ににらまれた蛙の気分だったんだろうか、はたして。

「ざけんな、この阿呆が!!」

 彼女は顔をあげるなり、低い声で叫んだ。いや、吠えた。叫ぶなんて可愛らしいものじゃなかった。獰猛な肉食系の動物が吠えたみたいだったよ。…らしくなく、びびってしまった。

 そして、その彼女の台詞に、今度は僕が固まる番だった。思わず誰?と小さく呟いてしまった。

 怒りと、悲しみと、恨み辛みとかがあわさった、狂暴な笑み。獲物を前にした肉食系の動物の笑みにどことなくにてる、見慣れたような気がする笑み。彼女は4年間、ぶりっこ(死語?)みたいだったのは、猫を何匹も被ってたようだ…騙された気分だった…それにしても、見たことある。

「てめぇ、あたしをセフレにしてたのか、四年も?周囲も騙してたんだな?」

 にやぁ、と彼女が笑いかけてきたとき、腑に落ちた。

 ああ、母さんと姉さんにそっくりなんだ。僕は自分の血の気が引いていくのを、このとき初体験した。いやだよこんな初体験。

「四年も、恋する乙女を、騙していたんだな?」

 ぼきり、と拳が鳴った。指じゃない、確かに拳が鳴った音だった。――拳って鳴るんだ、そのとき間抜けにも思ってしまった。

「歯ぁ、くいしばれや?」

 さらに、彼女はにやりと笑いかけてきた。二割増しの、怖い笑顔。

 僕は、もう動けなかったよ。大変な相手を選んでしまった。


 このあと、僕は彼女に襟首を捕まれ、連行された。連行先?それは――――

「さぁ、まずはバカップルと囃し立て見守ってくれた友人知人に謝ろうな?」

 もはや僕は、なすすべもなかった。ひぃ、という情けない声しかでない。

「その次は――お義母様とお義姉さまだ。お二人は、なぁ?保証人欄に氏名を記入した婚姻届を用意してくださるくらい、おまえに騙されていたんだよ。わかってるよなぁ…?なんていわれるか?」

――この後、僕の顔に手のひらの後の青いアザができたよ。数は、重なるように同じ場所にみっつだね。ひとつは彼女。あとのふたつは、彼女と同じ立場の人の、だ。あいつ、本命以外に――僕ね、合計3人いたんだ。研修でいった就職予定先、アルバイト先に。

 就職先では内定を取り消され、アルバイトは解雇。そのあたりどうなったか、ご想像におまかせするよ。


 そして、後日、彼女たち3人とは別れたのは、いうまでもないね。

 ――一番おそるべくは母さんと姉さんに口にするのもおぞましいくらい、きつい仕置きという名の罰を受けたよ――どんな内容かは、これもご想像に以下略。友人知人からも、もちろん以下略。



 ――さあ、これで僕の反省、おわり。

 本命はどうなったかって?聞かないでほしいね。


 ちなみに、彼女は――今竹姫子は、慰めた親しい友人の一人と付き合い始めたよ?失恋したのに、早いよね?僕は――しばらく、いいや。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!!



――以上、悠太郎の一人反省会でした。一応、反省はしているようですね、一応。気づいた方はいらっしゃるでしょうか?実は彼はモノローグ、心の中で最後まで彼女を名前で呼んでいません。



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