遺書作成代行アルバイト
「遺書作成代行アルバイト」
求人サイトで見つけたその文字列を、何回も読み直した。一件達成で、5万円。仕事内容は、依頼者の話を聞き、遺書を作成すること。そして最後に、たった一つだけ条件が書いてあった。
『依頼者を止めないこと』
何を止めないんだ?もしかして死ぬことか?まともな仕事じゃないことはよくわかった。それでも、この仕事に惹かれてしまった。金に困っていたからだ。もっとも、金を使う理由なんてない。欲しいもの、やりたいこと。でも、生きるために金はいる。気づけば、俺はそのバイトを始めていた。
1人目 高木翔也 34歳
「こんちはー」ぱっと見、若い。当日会うまでは何も知らされない形式でドキドキしていたが、若い。
「よろしくね、高木翔也、34歳です。」しっかり整えられた髭、綺麗な肌。シワひとつないスーツに身を包んでいる、この人が今回の依頼主なのか。姿勢を正し、ごくりと唾を飲んでから話す。「浅倉慶吾です。21です。早速ですが、書いていきたいのでお話を聞かせてください。」
「はい。私には妻がいました。転職先の会社にいた彼女に僕は一目惚れしたんです。そして、付き合ってから1年、籍を入れて。でも2年前、妻は癌に。見つかった時には遅くて。余命半年。残された時間が思ったより長いなって気持ちと、一緒にいられる時間はあまりにも短いなって気持ちが混ざって。その半年は人生で一番濃いですよ。会社休職して妻のやりたいこと全部やろうって。妻の体調が良くない時もありましたが色々やりまして。ちょっとだけ長生きできて。8ヶ月ぐらいで亡くなりました。弱っていく妻を見て、心の準備もして。もちろん泣きましたけどね。思ったより心へのダメージも少なかった印象です。でも心の引っかかるものがあって、妻にふと、『あなたがやりたいことはないの?』って言われたんです。自分のやりたいことは妻のやりたいこと。そう思っていたし、実際そうだった。でも思い返してみると、なんて無責任なことを言っていたんだって。決めるのが怖かったんだなって。自分の意思は出さないで、妻に全部決めさせて。今、自分に残されているものは何もない。強引にでも自分のやりたいことを言えばよかった。そういった後悔は増えるし、別の人を好きになれる気もしない。妻を失って、心を失って、時間だけがすぎていった。妻を失って、休日にやることがわからなかった。美味しそうなアイスを買って帰る相手がいなくなった。疲れて抱きしめたくなる人がいなくなった。妻を失ったことよりも、妻の質問への答えを考えることが辛かった。色々憧れてました。式を挙げること、子供を育てること、海外に行くこと。どうしてそれを言わなかったんだろう。どうして一度でも口にしなかったんだろう。妻と本当にやりたいことって、なんだったんだろう。考えるうちに、私はふと思いました。死のう、って。だから頼みました。家族に私の今の話を上手くまとめて遺書を。頼みます。妹には、旦那さんにもう釣りはいけないって。これだけは絶対書いて欲しいです。長々話してすいません。」
「わかりました。書いた遺書を翔也さんは見れない規約ですが、大丈夫でしょうか。」
「かまいません。」
「では、今日はここで終わります。ありがとうございました。」
ありがとうございました、と翔也さんは頭を下げてその場を後にした。パソコンの録音を止める。今から俺は遺書を書く。見ず知らずの、今日初めて会った人の。数日後に死ぬ予定の人の。報酬は5万円。なのに、手が動かなかった。高木翔也は、死にたい人よりも、帰る場所を失った人のように思えた。
2人目 平野洋子 28歳
シワを伸ばしたスーツ。今日のために用意した。「こんにちは。」目を見て、ハッキリと言う。
「こんにちは。依頼しました、平野洋子です。28歳です。お願いします。」
着飾らない、そう言ったら違うと思うが、シンプルに統一された服。清潔感がある、そう言った言葉が似合う服装だ。
「浅倉慶吾です。21歳です。洋子さんのお話、聞かせてください。」
「長くなっちゃうんですけど、お願いしますね。私、地元はここじゃないんです。就職で東京に出てきたんです。覚えているかはわからないんですけど、その地元で有名な通り魔事件が6年前にあって。それ以降、ずっと死のう死のうって、思っていたんです。就職決まっていて、卒論も終わっていて。大学4年生の時はのんびりすごせていたんです。もうすぐでここを出ていくんだってなんだかふわふわと,不思議な気持ちでいっぱいで。あの日もそんな気分でした。私、妹いたんです。5歳下の。妹が部活で帰りが遅かったんですね。実家、最寄り駅から歩いて20分くらいなんですね。連絡きて、迎えにきてって言われたんですけど、親は酒飲んじゃって車は出せないし、私が行っても意味ないよって言ったんです。妹は暗い中帰りたくない、怖いんだって。でも私、大丈夫だって。今考えれば本当に無責任ですよね。結局行かなかったんです。そしたら妹全然帰ってこなくて。電話してもでないし。家族で探しにいったんです。警察にも電話して。結局その日のうちに見つからなくて、なんか嫌な予感しながら寝て。次の日親の大きな声で起きたら、路地裏で遺体で見つかったって。凶器はその場に落ちていてすぐ犯人は捕まったんです。その犯人は殺せれば誰でもよかったって。許せないです。でももっと許せないのは自分なんです。迎えに行かなかった自分が。それからずっと、私に生きる資格はないと思っていた。人殺しなのは、私も同罪だって思って。でも、無責任に死ねない、生きる資格はないけれど。死のうとするたび、妹の顔が浮かぶ。全部うまく行っていたはずだった。けれど、あの日から全て止まったままなんです。でも、もういいんです。疲れてちゃいました。親になんて言うかわからないし、なんて遺せばいいのかわからないので、遺書、お願いしますね。」
顔に曇りはなかった。悲しそう、それも違った。けれど。けれど。諦めている顔、そう思えた。
「洋子さんは規約上、俺が書いた遺書は見れないんです。それでも大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お願いします。ありがとうございました。」
洋子さんの背中は、なんでか手が届く気がした。扉がしまる音がして、ハッと手元に意識がいく。録音を止める。通り魔事件を調べてた。こんなこともあったな、当時テレビで見て怖いな、そう思った記憶が蘇る。けれど、洋子さんにとっては終わってない。洋子さんは、洋子さんだけは、あの日に取り残されている。
3人目 井上匠 25歳
前までは仕切られているカフェのひと席を予約していたが、レンタルオフィスを借りてみた。飲み物も用意して、髪も髭も整えた。スーツも、前回からもっと細かいとこまで綺麗にした。なんとなく、じゃない。もっと真剣に聞きたいと思ったからだ。
「こんにちは。浅倉慶吾、21歳です。今日はよろしくお願いします。」
「ああ、どうも。井上匠、25です。」
知ってる。高校サッカーで大活躍、プロと契約した人だ。
「長く話すのは嫌いなんでね、ちゃって終わらすね。まず、俺のこと知ってるでしょ?」
今までは聞くだけだったから、少し戸惑った。が、答える。
「知ってます。高校サッカーで活躍してた」
遮るように、匠さんは言う。
「そう。知ってるなら話は早い。俺あの後大学飛ばしてプロ行ったわけ。一部リーグにいるチーム。調子乗ってたと思うけどさ、俺はこっからやってやるって思ってたのにさ、契約期間で試合出れたの3試合だけ。しかも全部5分とか。別のチームに期限付き移籍しろって監督にも言われたけど、ここでスタメンとって海外行くって決めてたからさ。結局契約打ち切られて、今更下部リーグに行きたくなくて。あの日で俺の人生は終わったのさ。何をしてたらいいんだ。やりたいって思って、何を追いかければいいんだ。親父に電話したんだ。お疲れ様って。次の人生考えろって。でもさ、人生のことなんて考えたことなかった。小学生の頃から、卒アルの将来の夢のところにサッカー選手って書いてた。今でもサッカーを見る。日本の試合から海外の2部リーグまで。サッカーがない人生なんてさ、わかんなくて。でも周りは就職してる。だから俺もとりあえず就職しようとした。でも、書類なんて通らないわけ。高卒で、サッカーだけやってきたやつなんてどこもとっちゃくれない。今働いてるとこなんてブラックだし、給料は安いし。こんな体たらくなら、死のうって思ってね。遺書も書く気起きなくて頼んだわけ。じゃあ、あとよろしく。」
立ち去ろうとした匠さんに、言ってしまった。
「これからまだ人生長いじゃないですか。いい事あるかもだし。今ここで死んだら、」
そう言ったところで遮られる。
「決めたことさ。」
短いその一言は、その短さ以上の重さがあった。扉の閉まる音は耳にこびりついて離れない。匠さんは死にたい人なんかじゃない。終わってしまった夢から帰ってこれない人なんだ。
4人目 服部伸哉 15歳
前回と同じところを予約した。スーツも新しくした。今日はどんな人が来るんだろう。扉が開いた。
「こんにちは。浅倉慶吾、21歳です。今日は」
言葉が詰まった。若い、じゃない。
「どうも。服部伸哉、15です。」
椅子に腰をかけた彼を見つめて立ち尽くした。不思議そうに見つめる彼のその目には、何も映ってないんじゃないか、そう思わせる黒さを感じた。
「なんで座らないんですか」
その一言で、彼の目に吸い込まれていた俺の意識は戻ってきた。
「ああ、すみません。今パソコンの準備をするのでお待ちください。」
パソコンの準備なんてとっくに済んでる。心だ。心の準備が済んでない。深呼吸する。買っておいたコーヒーを飲む。味なんてわからない。
「今終わったので、話を聞かせてください。」
「はい。と言っても話すようなことは実はあまりなくて。わかんないんです。生きる意味が。かと言って死ぬ意味もわからない。けれど、生きる、を知ったから、死ぬ、を知りたくて。それだけなんです。」
重い沈黙がその場を支配する。重いと感じているのは俺だけだ、きっと。録音を止める。
「君は今までの人と君は違う。違うけど、同じ。今までの人と同じで、俺には君が死にたい人には見えないんだ。」
「でも俺は死にたい。理由はないけれど。」
色々なものが込み上げ、混ざり合い、その中で絞り出た一言。
「君は、やりたいことはないの?」
俯き、答えない伸哉くんを見るしかできなかった。
やがて彼は立ち上がり、「欲しい言葉はもらえなかったよ、お兄さん。でも、それが今の俺にとってよかった。」
離れていく彼を俺は追いかけれなかった。冷め切ったコーヒーを飲む。苦かった。
『君は、やりたいことはないの?』
誰に向けた言葉だったのか、そんなことはわかりきっていた。
5人目 浅倉慶吾 21歳
4人分の録音データを何回も聞く。翔也さんの声。洋子さんの声。匠さんの声。そして、伸哉くんの声。もう、何回聞いたんだろう。聞くたびに、人生は人の数だけあって、痛みも、人の数だけある。バイトを辞めるメールを、ようやく書き終わった。別に、適当に書いて辞めてもよかった。でも、俺の感じたことを誰かに伝えずにはいられなかった。金だけ見て始めたこのバイトは、いつしか俺に、生き方を教えてくれていた。
『君は、やりたいことはないの?』
あの日、伸哉くんに向けて言ったはずの言葉。それはずっと、俺に向けた言葉だった。翔也さんみたいに、愛した人はいない。洋子さんみたいに、背負った罪もない。匠さんみたいに、全てを賭けた夢もない。伸哉くんみたいに、世界を諦めてたわけでもない。俺は、失ったものがなかった。だから気づかなかった。自分が何かを欲しいと思ったことを。何者かになりたいと願ったことを。21年間ずっと空っぽだった。
パソコンに目を落とす。書き終わったメールが表示されていた。件名は、『退職の連絡』。人の最期の文章を書いていた俺が最後に書いたのは、自分の始まりの文章だった。送信ボタンを押そうとする。少しだけ、指が止まる。戻る場所がない4人の声が、頭の中に響き渡る。『君は、やりたいことはないの?』その一言だけ、心に沈んで浮き上がらない。画面が揺れる。いや、揺れた気がした、なのかもしれない。送信ボタンを押した。指を離した後も、画面の光は残っていた。




