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第1話:「わたしの誇り、わたしのお姉ちゃん」

ちょっとした私の経験談に近いお話です。12話くらいで考えています

 現実は、、、まあ甘くなかったですね

「あ、つむぎちゃん、悪い! 302号室の佐藤さんがまた不穏ふおんでさ、ちょっと手を貸して!」

「はーい、すぐ行きます!」


つむぎは、手際よく持っていたカルテをデスクに置くと、小走りで廊下を駆けた。

ここは私立の特別養護老人ホーム『ひだまりの家』。紡はここで介護士として働き始めて5年目、今年から弱冠24歳にしてフロア主任を任されている。


「佐藤さん、どうしました? ほら、大好きな水戸黄門の時間ですよ。一緒に見ましょ?」


ベッドの上でシーツを引っ掻いていた老人の手を、紡は優しく、しかし確かな温もりで包み込む。ただ力を込めるのではない。相手の呼吸に自分の呼吸を合わせ、包み込むように握るのだ。

不思議なことに、紡が触れると、どんなに暴れていた利用者もすっと波が引くように穏やかになる。


「……つむぎちゃん、か。いつも、すまねえなぁ」

「いいんですよ。佐藤さんの元気な顔を見るのが、私の元気の源ですから」


にこりと、満開のひまわりのような笑顔を咲かせる。その笑顔につられて、周囲の介護スタッフたちにも安堵の空気が広がっていく。

紡の介護技術は、他のスタッフからも一目置かれていた。それもそのはず、彼女にとって「誰かの心に寄り添い、その身体を支えること」は、物心ついたときからの日常だったからだ。


紡には、2歳年上の姉がいる。

結衣ゆい。重度の知的障害を持っている紡の姉だ。


母は、結衣の介護と、父が残した借金のプレッシャーに耐えかねて、紡が高校生のときに家を出て行った。長男である兄も、その少し前に「こんな地獄、もう耐えられない」と家を飛び出し、それっきり疎遠になっている。

残されたのは、壊れかけた家と、10代の紡と、無邪気に笑う結衣だけだった。


「つむぎー! つむぎー!」


週末の金曜日。紡は夕方のシフトを終えると、すぐさま電車に飛び乗り、結衣が入所している障害者支援施設へと向かう。月に二度、結衣が自宅へ「外泊」に帰る日なのだ。

ロビーに入った瞬間、受付の奥からドタドタと足音を響かせて、結衣が飛び出してきた。


「お姉ちゃん! 走ったら危ないよ」

「つむぎ! つむぎ! あいたかったあ!」


結衣は紡の体に思い切り抱きついてくる。大人の体つきをしているが、その瞳は完全に純粋な子供のそれだ。紡は結衣の背中をポンポンと叩きながら、愛おしさに胸をいっぱいにした。


施設の職員が、笑顔で書類を差し出す。

「紡さん、いつもお疲れ様です。結衣ちゃん、今週はずっと『つむぎに卵焼き作るんだ』って張り切ってましたよ」

「ありがとうございます。いつもお世話をおかけしてすみません」


費用の手続きを済ませ、結衣の手を引いて夜の街を歩く。

結衣の入所費用は決して安くない。紡の給料の大半はここに消えていく。それでも、紡は不満なんて一言も思ったことはなかった。


古いアパートに帰り、結衣がつたない手つきでフライパンを握る。紡はハラハラしながらも、結衣の背後から手を添えて、一緒に卵焼きを作った。

味付けは、昔お母さんが作ってくれたのと同じ、少し甘めの砂糖味。

形はぐちゃぐちゃで、焦げ目がついているけれど。


「つむぎ、おいしい?」

「うん! 世界一おいしいよ、お姉ちゃん」


二人で顔を見合わせて笑い合う。この笑顔を守るためなら、どんなに仕事がキツくても頑張れる。紡は心からそう信じていた。


その夜、テレビのニュースが、海の向こうで『新型の深刻な流行病(感染症)』が爆発的に広がりつつあることを、淡々と報じていた。

次回:「遠く離れた家族の影」

 遅くとも週末には上げます


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