推しのトレカを売るはずだった俺は、異世界で最強の召喚士になる〜二度と手放さないと決めたオタクの愛が無双する〜
「ぐす……ぐす……、去らば、俺の推したちっ!」
言葉とは裏腹に、重い足を引きずって道路を歩いた。腕に抱えた大切なファイルには、数多のコレクションが収められている。
イラストの世界に飛び込みたくて、親の反対を押し切って進んだ専門学校。
学費はなんとか、特待生とアルバイトでやりくりをしていた。いざ就活となった時、就職先について再び親と揉めて、ついに生活費を切られることになった。
「何も明日の仕送りをやめなくても良いじゃんかよ!」
口先だけでも手堅い職に就くと言えれば良かったのに、嘘が言えなくてつい啖呵をきった。目先の入金日を失念していた自分を呪うが後悔先に立たず、だ。
収入の目処があるわけでもなく、子どもの頃から集めプレミア化しているトレーディングカードを売る決意をした。
決意はしたが、どれを身売りするかなど選べるわけがなかった。結果、ファイルごと持ち歩いて今に至る。
パァァァァアア!!
「ふぇ……?」
けたたましいクラクションが鳴り響き、涙と鼻水だらけの顔を上げた。
その音が自分に向けられたのだと気づいた時には真っ白な視界の中、ファイルを大事に抱え込むことしか頭になかった――。
◇◇◇◇◇◇◇
「――無事!?」
うずくまった姿勢で、一番最初に確認したのはファイルだ。見た目には破損が一切見られなかった。
念のためにとパラパラとページをめくる。一枚の欠けもなく、推したちが変わらぬ姿でそこにあった。
ホッとした後に目に飛び込んできたのは、見知らぬ景色だった。
「いや、ここどこぉ?」
さわさわと風が頬を撫でて、遠くで鳥の鳴き声のようなものも聞こえた。
アスファルトとコンクリートの路地から一変、どう見ても草原だった。
立ち上がるために手をつけば、草の確かな感触を感じた。どうやら夢ではないらしい。
「異世界転移……って、やつ?」
昨今よく聞く定番だ。仮にもイラストの専門学校に通ってもいたオタクだ。その辺りの知識としてなら、十分に備わっている。
「いや、だからってどうするよ……」
目の前には草原、後ろは森。人が居そうな町などは見当たらない。
幸いなのは、推しが手元にあることか。愛でれるだけでも、まだ人生に絶望しないで済んだ。
――いやむしろ、推しと別れずに済んだことを感謝しよう。
一度は推しを売ろうとした俺を、薄情者だと笑う者も裏切り者だという者も居るだろう。
「だってさ。生活費を突然切られて、一枚十数万ってなったら、揺らぐじゃんかよ……、笑いたきゃ、笑え」
けれど、ここはおそらく異世界。推したちに付加価値はなく、俺が手放す理由はもう一つもなかった。その嬉しさから込み上げてくる笑いを、抑えられなかった。
「ギャッ、ギャ、ギャ、ギャ、ギャァァア!」
背後から不気味な声がした。ゾワリと悪寒が走って振り向けば、そこにいたのは大きな羽根つきのトカゲだ。
「――っ! いや、笑えって言ったけどさぁぁあ!?」
ギョロリとしたその目と見つめ合い、俺は思うままに叫んでいた。
振り上げられた鋭い爪のある五本指がキラリと光って、俺は思わず横に転けた。
宙を描いた前足は、そのまま地面を深く抉った。
「あっ! カード!」
ファイルを抱き込んでいたのに、転けた表紙に中からカードが飛び出してしまったらしい。俺は迷わず、カードへと手を伸ばした。
差し迫る命の危機よりも何よりも、カードを優先した俺は間違っていない。
命が助かっても推しが欠けては、このまだよく知らない世界で生きれる気がしなかった。
「ギャ、ギャァァア!!」
――どうせ死ぬなら、推したちと共に!
トカゲの第二波が迫るのと、俺がカードに振れたのはほぼ同時――。
「――っ!?」
振れた指先から突風が巻き起こり、カードに施されたホログラムと同様の、エフェクトらしきものが辺りを包み光輝いた。
【魔術師メルが名を問うています】
「俺の名前は、高守シゲルだ!」
頭に直接、声が響いた。俺は無我夢中でそれに応える。その名前には、ハッキリと聞き覚えがあった。
俺の声に応じるように、周囲の光がいっそう輝きをました。あまりの眩しさに目を閉じると、またも声が聞こえた。
【魔術師メルと高守シゲルの契約を確認しました。マスターシゲルの意思に従い、魔術師メルが顕現します】
身体から力が抜けて、代わりに頭上に力強い気配を感じる。脱力した重い瞼をのろのろと開けて見上げれば、そこには見知った推しの姿があった。
「マジか……」
俺を守るようにトカゲとの間に入り、銀の流れる長髪に、真っ白なローブの後ろ姿だけでも頼もしいの一言に尽きる。
片手には、槍にも見えそうな先の尖った杖を持っていた。
――推しが、いる。
メルが杖を横凪に軽く振ると、そこから水が螺旋を描きトカゲに絡みついた。何が起こったのか分からないが、水が消えるとトカゲもドサリと倒れた。動く気配はもうなかった。
「いや、強すぎないか?」
「マスターシゲルの想いの強さに比例している。何もおかしなことはない。それよりも怪我はないか?」
地面に寝そべったままの俺に、メルがそう振り返って声をかけてきた。菖蒲を思わせるような、切れ長の紫の瞳が印象的な美丈夫だった。
「生メルが、かっけぇ」
「いつもと変わらないようで、心配は要らなさそうだな。起き上がれるか?」
見とれていたら、メルにくすりと笑われた。差し出された手を握り、俺は起き上がる。
辺りを見渡しても、拾おうとしたメルのカードはなかった。カードが実体化したと考えるのが妥当だろう。
「召喚を解除すれば、カードに戻る」
俺の考えを汲んだらしく、メルが教えてくれた。一回限りなどの縛りがあるのかどうか、それが気がかりで確認した。
「え、消えちゃうの? もう会えない?」
「いや、戻るだけだ。契約後はカードを持って念じれば、実体化出来る」
情けないが泣きそうな声で俺が言えば、メルが首を横に振って否定してくれる。これからも会えるらしい。それが分かってホッとしたら、またもメルに笑われた。
「おおーい! 悲鳴が聞こえたけど大丈夫かぁ!?」
「おお!? レッサーワイバーンだったか!」
森の方から声がして、男が二人現れた。どちらも剣を片手に持っていて、ここがファンタジーなのだと改めて俺は実感する。
「坊主たちがコレ仕留め――って、うお。召喚士か、こりゃ驚いた!」
「えぇ!? 人型の使役なんて初めて見たぞ! すげぇな、若いのに!」
「え、何? 召喚士?」
さっきのトカゲはレッサーワイバーンというらしい。すでに死んでいるのを見て男たちが声を上げる。が、それ以上に俺とメルを見て驚いていた。
「マスターシゲルのジョブのことだな。手持ちのカードの中なら、サスが一番説明に適しているだろう。
二体召喚はまだ負担が大きい。後で呼んで聞いてみると良い」
男たちに聞こえないようメルはそう小声で言うと、俺の持ってるファイルを指差した。確かにこの中には、サスという名のカードがあった。
「分かった。あの、助けてくれてありがとう。メル」
言い忘れていた礼と共に声をかけると、メルは笑みを深めて満足そうにしていた。
「当然だ。俺たちはマスターシゲルと共に在る」
現れた時と同じようにして、エフェクトが輝いてメルは消えた。ヒラリと手元にカードが戻ってくる。凛々しい姿のメルがそこにあった。
何故か、元のデザインより彼が笑っている気がした。
――良かった。もう二度と推したちを手放すかよ!




