2.呼吸が揃うって結構大切だよね
恋する少年の目とは如何なるものか。
そもそも恋というのは内心の問題なので、外側から他人が判断できるものではない。
本人がそれを恋ではないと言うのであれば、それは恋ではない。
どちらかと言えば憧憬であり尊敬であり、あのジュリエットの演技はまさしく俳優と呼ばれる類のものなのだ、それに情熱を向けて何が悪い。ええ、何も問題ではありませんな。
寝ても覚めてもジュリエットを考える。
あれは誰だ。一年生だとは思うが、中学で演劇をやっていたのだろうか。どこかで会っていたのだろうか。長い髪が艶めいて、一挙一動が洗練されており脳裏に焼き付いている。玲瓏たる声。ガラスで作られた鈴のように儚いのに通る声。澄み切って、なおかつ明確。
きっと彼女も演劇部に入部するだろう。
土曜日に熱を出してしまい、週明け月曜に落ち着いたので登校したものの、頭痛で早退することになった。
これまで罹ったどの病気とも違う症状で不安になったが、火曜日には落ち着いたので、水曜日の本番は問題なく観劇に来た。
月曜の本番が観れずに残念だが、一回でも観れるならよい。
観客席の最前列。ジュリエットが来ている可能性もあるが、まずは先輩たちの舞台をかぶりつきで観ていたい。
県立星旬高等学校演劇部 新入生歓迎公演
『トシドンの放課後』
作:上田美和 潤色:宇蘭海兎
説明不要の高校演劇の名作。
2000年初頭に上演された3人芝居。上田美和氏の経験を元に書かれた作品。
舞台は生徒指導室。
教室にいられず、別室登校をする男子「平野」と、
問題行動を起こし、学校内謹慎を命じられた「あかね」の物語。
もう一人のキャストは、アカネの担任の「教師」。大人は彼女しか現れない。
20年近く昔の作品ながら、現代にも通じる心の交流が描かれる。
特に、恋愛関係で問題を起こしたあかねが、普段だったら絶対に関わらないような平野と交流することで、彼女の中に変化……つまり成長がみられる。
平野によって変化したあかねが、最後に平野へ激励をして物語は幕を閉じる。
トシドンとは、あかねの出身である甑島に伝わる風習。秋田のナマハゲのように鬼の面を付けて子供を脅かす祭りと、劇中で語られている。
なるほど、野崎先輩が部活動オリエンテーションで付けていたのはこれだったか。
手作り感のある安っぽいお面なのも当然。平野が自作した物だからだ。
これが既製品だったら、逆に説得力も感動もなくなってしまうだろう。
……いや、既製品だったら「お前手先が器用過ぎじゃねえか」ってギャグに使えるのか?
幕を閉じると言ったが、これは教室公演。さすがに緞帳は無いため、照明が暗くなり終演する。
もう一度照明が点くと舞台上には3人の役者が並ぶ。
あかね役をやった野崎未知先輩。他2人は知らないが、配布されたパンフレットによると――
平野役兼潤色、宇蘭海兎先輩、3年生の男子。唯一の男子部員の様だ。
教師役兼演出・美術、麻野陽花里先輩。明るすぎる名前だ。2年生で……部長と書かれている?
カーテンコールが始まる。役の紹介だけではなくスタッフも紹介している。
照明操作、九桐音夢先輩。眼鏡にカチューシャの先輩だ。
音響操作、小田花夜先輩。ウェーブがかったふわふわのロングヘアー。
「本公演は、新入生歓迎公演と同時に、3年生の引退公演でもあります。新入生には申し訳ありませんが、ここで先輩へプレゼントの時間を頂きます」
海兎先輩は驚いた顔をして、野崎先輩は「ハハハッ知っていたとも」といった顔をしている。
そして俺は――絶望している。
どういうことだ。なぜ先輩が引退する。先輩がいるからこの学校に来て、先輩がいるからこの部活に入ろうとしているのだ。
終演後、頭を冷やすため一度トイレに行く。
用を済まして会場に戻ると先輩が囲まれている。
ジュリエットを探してみるが、それらしい女子生徒はいない。長髪ではあるが、背格好が異なったり、明らかに声が違ったりしている。
なんだかアニメ声みたいなキンキンした声の女子も居て不快だ。
「お菓子どうぞっ!」
「あ、はい」
2年で部長らしい麻野先輩が皿いっぱいのクッキーを持って突撃してきた。
小包装のお菓子を一つ手に取ると、紙コップを押し付けてくる。
「飲み物もどうぞっ! お茶とジュースどっちがいい?」
「じゃあ、お茶で」
「ネムっ! お茶お願い!」
「はい。お茶」
照明操作をしていた九桐先輩を呼びつけ、お茶を注ぐ。
後輩なのに接待を受けているようで、なんだか変な感じである。
九桐先輩はそのまま別の一年のところに行き、お茶やジュースを注いで回っている。
「ねえっ! 部活何に入るか決めたっ?」
「あ、はい、一応」
「あっ、そうなんだっ……でも、どんな部活に行っても全力で頑張れば楽しいよっ!」
なぜか他の部活に入ると思われたようだ。
「あの……」
「なになにっ?」
「2年生で、部長なんですか?」
「そうなのっ! 先輩たち引退するから寂しくてっ! でもでもっ! 先輩たちの繋いで来た伝統を守って、私たちは頑張るのですっ!」
「3年生の引退は絶対なんですか?」
「うーん、伝統的にそうなってるけど……でも、演劇って大会が秋にあるからねっ、そこまでは居られないんだ。ほら、星旬って進学校でしょっ? 受験に集中するためっ春には引退なのっ!」
大会が秋で、それで引退だって?
確かに県大会が11月とは聞いていたが、中学の県大会は12月だ(地区大会は7月)。3年生はそれに参加している。高校で出来ないわけがないだろう。
進学校だからなんだ。先輩ならその辺も何とかしてしまうのではないだろうか。
野崎先輩がいた方向をみると、先輩が目の前にいた。
囲っていた女子生徒はもう帰っているようだった。
「やあ少年、なんだか楽しそうだね」
「ども」
「ええっ! 未知先輩のお知り合いなんですかっ!」
「ああ、そうだとも、彼はシキくん。中学演劇の後輩さ」
どよめきが走る。勘弁してくれ。
2年生の先輩3人が一気に俺を囲ってきた。
「未知先輩の後輩ってことは円舟中ってことっ!」
「あそこ、たしか、強い」
「シキくんもー、演劇部ー、入るのー?」
「あ、はい」
どよめきが歓声に変わる。
なぜ騒ぐ。別にいいだろ。そりゃ新入部員は嬉しいかもしれないが、そんなに喜ぶことか。
俺がいる以上、俺が入部するのは当たり前なんだから、そんなに騒がないで欲しい。目立つのは好きじゃない。いや舞台で目立つのは良いけど、今日の主役は先輩たちなんだから、そっちより目立つのは違うだろう。だいたいなぜ女子はそうやってすぐに騒ぐのだろうか。
ほら、そうやって騒がしくするものだから、客席で大人しくしている一年女子に睨まれてしまっているではないか。
ギロリと睨んでくる女子。狐のように吊り上がった目が、人を殺さんばかりに見てくる。
え、そんなに殺気込めて睨む?
「部員二人目だぁー、やったぁー」
「コンちゃんっ、これで一年一人は免れたよっ!」
麻野先輩が睨んでいる女子の腕を引っ張り連れてくる。
近くで見るとより強い目力を感じる。
「碇紺ちゃんですっ!」
「望美中学校演劇部出身、碇紺です……」
「ああ、ノゾ中――演劇部あったの?」
碇の眼力が更に強烈になった。
そんな力強く見ないでくれ。
「円舟からすれば、木っ端みたいな中学かもしれないけど……その言い方はないんじゃない」
「知らないものは知らないって言って何が悪いの」
なんだか喧嘩を売られたようなので、買ってみた。
視線と視線がぶつかり、火花が散る。
その視線を遮るように麻野先輩が飛び込んで来た。
「ちょーっと待ったっ! なんでそんないきなりバチバチしちゃうのっ!」
「先輩、喧嘩売ったのはあっちです」
「はぁ? 先に売ってきたのは――」
「ハーハーハー! 喧嘩するほど仲が良いって言うんだ、良いことじゃないか」
「「仲良くない!」です!」「「真似すんな!」」
野崎先輩のアホな発言に思わず反論すると、碇が一緒に言葉を返す。
なぜこんな喧嘩っ早い女子と声を揃えなければならない。
「ほら、仲良し」
「「違いますっ!」」
【トシドンの放課後】
季刊高校演劇 No.164 (2002.春)収録作品
もしくは晩成書房『高校演劇Selection 2003下』収録作品
【かぶりつき】
舞台の最前列の座席のこと。舞台から飛んでくるものを防ぐために「被り物」をした席だとか、ガブリと舞台に噛みついているような位置だとか、夢中になってみる(かぶりつくように)だとか色々言われている。
【潤色】
ジュンショク、と読む。
元々用意されている脚本を書き換えること。
脚色とは異なる。脚色は原作のある作品を舞台脚本にした際に使う。
脚本の分類は以下の6つに分けられている。
1.創作:オリジナルの作品。
2.脚色:原作のある戯曲以外の物を戯曲化した作品。
3.翻案:原作品の主題をそのままに細部を作りかえた作品(海外著作物の場合が多い)。
4.既成:既に上演がされたことのある作品。もしくは既に発表されている作品。
5.潤色:既成脚本を改変した作品。
6.構成:既成脚本を場面の組み換えなど大幅な変更をした作品。




