自分の性壁を詰め込んだキャラのいる世界に転生したら
最後の最後のどんでん返しに目ん玉ひん剥いてください。
雨が降っている。体が、冷たくなっていく。私、死ぬのかぁ。こんなバカみたいなことで…
こんな、高校生の時に書いた黒歴史小説を山奥に埋めようとして、死ぬだなんて…!
*****
「真弓!あんたの部屋、掃除しといたほうがいいわよ!私、掃除するの忘れちゃってたから♡」
「はいはい…」
私の名前は園田真弓。都内のしがないOLで、今は有給消化のために実家に帰省中だ。
「掃除を忘れたって…いつからされてないの…?」
下手すると、私の上京した5年前から掃除されてないことになってしまうのだけど…
意を決して入ってみると、…存外、というか私が上京した時のままのような。
お母さんは、あぁ言っていたがやはり定期的に掃除をしてくれたんだろう。親への感謝と共に、懐かしさから私は部屋を漁り出した。
すると、
バサっ
「ん…?」
ノートのようなものが本棚から落ちてきた。表紙には大きな㊙︎印と共に、こう書かれていた。
『THE NIGHT〜ごく普通の高校生が、世界のラスボスを倒して、完璧王子とゴールインするまで〜』
その瞬間、私に脳内で完全抹消していたはずの記憶が蘇る。
『うへへ…主人公は、黒髪黒目の私みたいなセミロングで〜、最強で〜、ヒーローは金髪碧眼イケメン王子!!』
「ヒョォォォォォォォ……!」
声にならない声が出た。
急に禍々しい雰囲気を醸し出してきたノート…思わず手が震える。ノートの中身を開く勇気さえもない。
これは…これは…私が高校生の時に書いた主人公(私♡)最強の黒歴史小説だぁぁぁぁぁぁ!
今すぐ…今すぐ処分しないと…!!
「お、お母さん!ちょっと山奥まで行ってくる!!」
「え?あんた、掃除終わったのかい?」
「昨日雨も降ったから、すぐ戻ってくるんだよ!」
__って言われてたのに、見事に山道のぬかるみに足を取られて運悪く脇にあった崖に落ちて、今これ。
そろそろ視界もぼやけてきた…。右手には埋め損ねた黒歴史小説がある。
せめて…私が死んだ時に、このノートが見つからないように…!
私は動かない体の最後の力を振り絞って、小説を投げた。
あぁ…どうか…どうか見つかりませんように…!そして、環境保護団体さんごめんなさい…!
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マユミの書いた小説は、マユミからそう遠くない所へ投げ出され、その衝撃で、ノートが開きました。
その見開きにはひとつの人物紹介が書かれていました。
__ノヴァ・ファタール ←顔面国宝!
グレイア王国最強のギルド魔法兵
所属ギルド:アルカナ
得意魔法:氷魔法 異次元の魔法が使える!!
戦場への度重なる出兵の影響で、表情を表に出さないように
でも、心を開いた相手にはこれでもかというほど溺愛する
貧困街で、アルカナに拾われ、以来忠誠を誓う。
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「…マ…スター…マスター…」
耳の中に直接響くような鋭い低音ボイスが聞こえる。
何?これは…こんな私好みの柔らか低音ボイスが聞こえてくるなんて…。
「マスター。起きてください。始業時間です。」
始業時間という言葉に私はばっと体を起こす。悲しきかな、社畜人生。
…って。なんで私体を動かせてるの?!さっきまで血溜まりができてこりゃ死ぬわって思ってたのに…!手が動く…足が動く…、それどころか若返ったように体が軽い。
それに、このふわふわのベッド…さっきまで地面は土と草だらけだったのに…
「…マスター。始業時間が過ぎました。」
私のベッドの横に、まっすぐ立っている低音ボイスの持ち主。
「ふぇ…(歓喜)」
あまりにも私の性癖にブッ刺さるような顔をしている。切れ長の淡い水色の瞳。ストレートショートの白銀の髪。その髪と似たような白いスーツの中に着た、体に張り付くようなインナーの上からは、豊かな胸筋を支えるかのように付けられた黒い胸ベルト。片方の太ももにもそれがある。
口角は機能しておらず、その無機質な表情が逆に美しい。そんな彫刻のような彼が、なぜか私を『マスター』と呼んでくる。
なんで?
「あの…失礼ですが、貴方様のお名前は…?」
「何をおっしゃるのですか。私は、貴方の唯一にして忠実なる僕。ノヴァ・ファタールです。」
ノヴァ…?ノヴァ・ファタール…どこかで聞いたことがあるような…
「はっっ!!」
思い出した…!私が隠そうとした黒歴史小説でヒロイン、ヒーローを差し置いて私の1番のお気に入りキャラになったあの、ノヴァ・ファタール!!
高校生の私の性癖を全てぶち込んだ最高傑作!!あまりにも最高のキャラすぎて、ヒロインとくっつけるのが惜しくなって、結果的に半・モブみたいな扱いになってしまった…
「あの、ノヴァ・ファタール?!」
でも、なんでノヴァが目の前にいるの?これが本物の天国ってこと?
「…早く身支度をしてください。マスター。」
眉間に皺を寄せながら、私の目の前に鏡なるものを持ってきた。
「…ん?誰、これ…」
目の前に映るのは、茶色の髪に、水色の瞳を持っている17、8歳くらいの少女。先日まで鏡で見ていたハリのない肌を持った25歳とはどう見ても別人の、可愛らしい女の子。
そこで、私は気づいてしまった。
私の書いた小説のキャラが目の前にいる+私の体じゃなくなっている
=異世界転生だということに。
「………(絶望)」
ちょっと待って!よりによってなんで私の書いた黒歴史小説の中入っちゃうの…?しかも、ノヴァの所属するギルドって確か…
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ギルド・アルカナ
構成員全員が世界で最も希少とされる氷魔法の使い手である、精鋭魔法団。
金さえ積めば、どんなに不利な戦場も1日で勝利へと導く。
ただし構成員はリーダーによる徹底的な洗脳によって戦いにしか快感を得られなくなり、戦いに出ない間は、洗脳を受けていないノヴァ以外の全員が牢に繋がれている
ノヴァ・ファタールの所属しているギルドで、ノヴァが唯一従僕するアルカナのリーダーを…
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確か…『マスター』って呼んでいた。
…つ・ま・りー♡私が転生したのは、国一番の戦闘狂の集まるギルドを束ねるリーダーでぇ、これから私は戦場とかに出て戦わないといけない…ってことぉぉぉぉ?!
終わった…私の人生。頭を抱えながらベッドで蠢いていると、
「マスター…5、4、3、2…」
なんのカウントダウンか分からないが、このカウントダウンに間に合わなければ首が飛ぶと錯覚してしまうほど恐ろしい殺気を放ちながら、変わらずノヴァが立っている。
これじゃあノヴァが私の主人みたいじゃない!!
死に物狂いでどこから着るのかもわからないごちゃごちゃした服を力技で装着し、ベッドの隣に用意されたテーブルの前に着席した。
着席すると同時に、朝に合う心地よい音楽と、アロマの香りが漂い、目の前には美味しそうな朝食が用意された。
まずは、ノヴァ淹れたての紅茶を一口…
「では、今週の出征予定を報告いたします。まず、今日はグレーダスと、フィリア、2つの戦場を回ります。」
「ボブフォッ!」
思わず紅茶を吹いてしまった。ノヴァの真っ白のスーツにもかかってしまった…
「あぁ…!ノヴァ、ごめんね…」
「…大丈夫です。」
生活魔法だろうか、一瞬ノヴァの服が光ったと思うと、いつの間にか汚れがなくなっていた。
わぁすごい!…じゃなくて!転生初日に戦闘狂共と戦場を駆け巡るなんて聞いたことないわよ!
どうやって指揮をしろっていうのよぉ!
「…マスター?今日は、‘スコープ’は使わないのですか?」
何?!スコープって!
てかそもそも、ギルドの設定はノヴァのためだけにあるから、『マスター』の設定なんて何も考えていないって!5年前の古い記憶を必死に辿っても、『マスター』についての描写はほぼ無い。実質モブだ。
紅茶に添えられたジャムクッキーを食べて、心を落ち着かせる。
そして、今度こそノヴァの紅茶を飲む。
__カチャン
「ふぅ。」
落ち着いて
この小説は私が創作したものだから、設定は全て私の思考(高校生)が基盤になっているはず…!だとすれば…
「スコープ!グレーダス!」
手で輪っかを作り、それを覗く。
輪っかの奥に洗浄の様子が浮かび上がってきた。ビンゴ!
たくさん人が戦っている。馬に乗って剣を振りかざす者、遠方から魔法射撃を行う者、回復魔法を使う者…。
なるほどなるほど。めっちゃ戦してるね。血まみれだね。
で、これを見てどうしろと?
という顔を思わずノヴァに示すと、
「戦況はどうですか?赤色のスカーフを巻いた者達が今回我々が勝利させる軍です。」
なるほどね。じゃあ、さっきと同じ容量で、
「サーチ!」
頭の中にグラフとデータが浮かび上がった。赤の勝率は…29%!?これで勝てるの…?
「勝率29%だって…」
ノヴァの表情は変わらない。それどころか少し余裕を持った雰囲気だった。
「29%ですか。いつもより楽ですね。1時間で済ませましょう。」
まじかー、いや確かにノヴァ含めたギルド・アルカナは、国内随一の戦闘力設定にしたけれど、それでも勝率29%の軍隊を1時間で勝たせられるなんて。
すごいなーと感心しながら、目の前に用意されていたいちごのクリームサンドを口いっぱいに頬張る。
はぁぁ!最っ高!幸せドーパミンかな?頭の中がふわふわ温かくなる。前の人生では朝っぱらから生クリームいっぱいのフルーツサンドなんて食べれたもんじゃなかったからね!
思わずかぶりついてしまった。
「失礼。マスター。口周りにクリームがついています。」
ノヴァの顔が私の目と鼻の先にある。ハンカチで優しく私についたクリームをとってくれた。
近くで見ると、やはり顔面国宝だ。陶器のような肌に、バッサバサの白まつ毛。通った鼻筋に、口元のほくろも
「ふぃふふぃふぇふぉい。(実にエロい)」
「マスター。今なんと?」
まずい。思わず声に出してしまっていたか。急いで、口の中に入っていたいちごサンドを飲み込んで
「あ、ありがたいって言ったのよ!」
「6文字だった気がしますが…」
「聞き間違いね…!」
「そうですか。失礼しました。…それにしてもマスター。今日はどうされたのですか?」
どきっ。もしかして、元のマスターと性格が違う?異世界転生に驚きすぎて、何にも考えていなかった。
「いつもはスコープの際は、目を瞑っているでしょう。今日はなぜ、奇妙なポーズまでしてスコープなどとおっしゃったのですか?」
えー。衝撃の事実。スコープと言わずとも目を瞑ればできてしまったらしい。まぁ、それくらいのことなら、言い訳は簡単だ。(というか、自信満々でスコープとか言っちゃった私を滅して…!)
「き、気分転換よ」
ドキドキしながらノヴァの方を見るが、彼の表情は全く読めないので意味がない。
「…そうですか。」
意外とあっさり納得してくれたノヴァに感謝した。
次に、もう一つの戦場、フィリアもスコープする。(もちろん目を瞑って!)
…あらら。
「…勝率は1%。」
「…了解しました。でしたら、そちらはだいぶ時間を要します。早めに出立するといたしましょう。」
机に並ぶお菓子を口の中に詰め込む私の腰を、ノヴァがガッチリと掴んだ。
一瞬視界が揺れると、目の前に彼の美しい胸筋があった。
「行きます。」
「え?行きますって…まさかこの状態で、戦場へ??嘘よねぇぇぇぇ!」
ノヴァの足元が光り、気づけば先ほどいスコープした戦場、グレーダスに来ていた。数十メートル行けば、その戦いに巻き込まれるほどの距離。
後ろを向けば、アルカナの紋章・雪結晶の描かれたスカーフを巻いた者達が100人ほど並び立っている。
誰もが鼻息を荒くたて、戦場へ行くことを心待ちにしていた。
その様子を見て、何かがカチッと動いた気がした。ノヴァの腕から降りて、私の口は勝手に開く。
「総員!これより我らアルカナは、このグレータスの地において、弱者を蹂躙する悪人共を制圧する!勝率は10%!1時間で終わらせる!第1部隊、および第3部隊先発!第2部隊自陣の防衛!前回の戦でまるで役に立たなかった4、5、6部隊のノロマ共は先発に続いて、せいぜい敵の首を1人10は持ち帰ってこい!準備はいいかぁ?!ノロマ共!」
「「「「「「了解!!!!!」」」」」」
元・しがないOLだった私の口から出るとは思えない文句に、地面が割れるほど大きな返答が返ってくると同時に、目の前にいた兵達は一瞬で姿を消した。
残ったのは私と、ノヴァだけ。
「マスター、調子が戻ってきたようですね。」
「ノヴァ。あなたは戦場に行かないの?」
私の小説の設定では、このギルドで1番強いのは、ノヴァのはず。流石に戦場に1人でいるのは嫌だけど、ノヴァが戦場に参加すれば、1時間と言わず、30分で終わってしまうんじゃないか。
けれど、ノヴァは、こちらに視線だけ向けて即答した。
「私は、マスターを守るための存在ですから。」
どうせお世辞だろうと思ったけれど、作り笑顔さえ作らない、その表情が逆に真剣さを出しているようで、気恥ずかしかった。
*****
ノヴァの言っていた通り、グレーダスでの戦は1時間で終わった。想像以上にギルド兵達は強いらしく、1人として息を切らしていない。
「戦績は。」
ノヴァが労いの言葉もなしに、直球に聞く。
「第1部隊130。死者なし」「第2部隊50。死者なし」「第3部隊293。死者1」________
部隊で取った首の合計と、部隊の損害を淡々と述べる。
「だ、第6部隊、42。死者…3」
おや。最後の部隊の戦績が著しく悪い。また、勝手に口が動いた。
「この愚図共がぁ!そんなお前らに2つも選択肢を作ってやった!戦場で死ぬか!今ここで死ぬか!」
「「「「「「「戦場で死にます!!!」」」」」」」
「よし!もし、次の戦が終わった後に第6部隊の1人でも残ってみろ!私が直々に首を刎ねてやろう!さぁ!次の戦場へ行くぞ!」
*****
フィリアでの戦いが始まった。戦況を見ていると、確かに敵との戦力差が10倍にも及んでいて、数の暴力に、ギルドの精鋭達も苦戦しているようだった。
「ノヴァ。出なさい。」
「……」
ノヴァの返事がない。
先ほどの戦で、兵達は確かに疲れた様子は見せていなかったものの、確実に疲労は蓄積している。その上で勝率は1%。負けるわけにはいかない。最終兵器が必要なのだ。
「行け、と言っている。」2度目の命令に、ノヴァは大人しく
「了解。」
と、戦場へと出ていった。
お得意の氷魔法で次々と敵の首を切り落としていく。
戦場一帯が赤色に染まる中、真っ白なスーツに返り血の一つも浴びないノヴァは、戦場から少し離れた山の上からもよく目立っていた。
「…あれ?」
敵軍の部隊の中に、これでもかというほど兵を固めて一向に動かない集団がいた。
怪しく思って、スコープをすると、そこには、黒目黒髪のセミロング、私の高校時代の学生服を着た私を10倍くらい美化した少女と、金髪碧眼のいかにもな王子がいた。
あの人物設定…身に覚えしかない…
「あれ…、『THE NIGHT』のヒロインとヒーローじゃん…」
ってことは、ちょっと待って?『THE NIGHT』はヒロインが絶対チート。負ける描写は一切描いていない。
「この戦、私たちの負け確…?」
思わず口からこぼれた言葉に首を横に振る。
落ち着け。私はこの小説の著者。つまりこの世界のルール。私がこの戦に介入すれば、こちら側が勝つ!
まずはヒロインの能力分析。
「サーチ。」
…さすが私の理想を全て詰め込んだキャラクター。
ほぼ全ての数値がバグっている。常人の戦闘力が50であるのに対して、ヒロインは999。魔法値、知性…その他もろもろもほぼ同じだ。
チラリとノヴァのステータスを見ても、戦闘力が500、魔法値は600と凡人とは比べ物にならない高い数値であるものの、ヒロインには敵わない。
「…私が動こう。…トラベル。」
頭の中に自然に浮かんできた転移の言葉。気づけば、囲んでいた兵達をすり抜けて、ヒロイン達の前にやってきていた。
「!だ、誰よ!このブス!」
…まるで戦場に似合わない豪華な装飾のついた服と、この大層な性格…大方私の理想を欲望のままに詰め込みすぎたが故に、最高に性格がひん曲がってしまったみたいだ。
「私は、アルカナの『マスター』。」
「あ、アルカナって!あの一度も戦に負けたことがないという…!?で、でも…アルカナに『マスター』なんて聞いたことが…」
王子が気の抜けたアホずらで驚く。最後の方は極小ボイスすぎて聞き取れなかったが、とりあえず話を進めた。
「つまり、この戦でお前達に勝たれると、その称号に泥を塗ってしまうのでね。大人しくおうちに帰ってくれないか?」
「そ、そんなバカなことを聞くわけがないでしょ…?!」
「そうか…それは残念だ。」
私が指をパチンと鳴らすと、私たちを囲む兵士たちが、端から順にどんどん頭がすっ飛んでいく。
流石のヒロイン達も動揺している。
「これは、時限爆弾。この周りにいる兵士たちの全ての首が吹き飛び終わったら…最後は…」
「「ヒィィィィ!」」
…逃げるの速いな。(そういや設定で50メートル4秒とか書いてたかも…)
遠くの方に構えていた魔法兵をブンブン揺らし説得して、大人しくお城へと転移していった。
「ばいばーい」
やはりサーチでヒロインのステータスのなかで、根性だけが人並み以下だったのを見つけられたのは当たりだった。一応戦闘に備えて、透明防護壁も張っていたが要らない世話だったらしい。
女は、女の嫌がることをよく知っているからね!(ドヤァ)
特に私の作ったヒロインは(一応)人を慈しめちゃう系女子設定にしてたはずだから、周りの知った兵がどんどん血を吹き出しながら首を吹き飛ばせていけば、普通の高校生設定の貴女は、恐怖で逃げることしか頭の中に残らないと思ったのよ。
さて、これで脅威は去ったわけだし、自陣に戻ってノヴァの活躍を見るとしましょう。
「トラベル…」
…ん?足元が光らない。そういえば、体力とは別に感じていた力が空っぽになってしまったような…
…もしかして
「魔力…使い切っちゃった?」
カチャン
…ていうか待って。私今まで何してた?周りの敵兵達の首、飛ばしてたよね…?え、殺した?私が…?
さっきまで、全く違和感どころか、高揚感を覚えていたけれど、周りは1秒に1人といってもいいほどの勢いで、アルカナのメンバー達が人を殺していっている。
ご飯を食べたあたりから、なんか自分の道徳心みたいなものが薄まったような…
なんで?もしかして…ノヴァが…?
「マスター…」
心地よいと思っていた聞き覚えのある低音ボイスに、恐怖からか、思わず肩が跳ねる。
すると、今まで聞いたことのないようなその輝かしいフェイスからは想像もできない恐ろしく低い声が聞こえた。
「あぁ…戻ってしまいましたか…」
「の、ノヴァ?な、何が起こって…ム!?」
ノヴァにお姫様抱っこをされたかと思うと、唐突に、彼と私の唇が触れ合った。
あ、柔らくて、少し冷たい…じゃなくて!何何何!?ここ戦場だよね!?てか『戻ってしまった』って何?
口の中に、ノヴァのひんやりとした舌まで入ってくる。
「ムグッ!?」
ちょっと!何してるの!私の、ファーストキス!
…でも、不思議なことに冷たい冷気を放っているのに口の中に温かいエネルギーが入ってくるように感じる。
「ん…っ…」
え、と…私さっきまで何を考えていたんだっけ…?
頭の中に、温かい記憶が流れてくる。
あぁそうだ。私が調子に乗りすぎて魔力切れになってしまったから、恋人のノヴァにキスで魔力を分けてもらったんだった。
「マスター。魔力を無駄遣いしないでください。」
「はいはい…分かったわ…」
また、ノヴァに叱られた。一応恋人なんだから、少しくらい多めに見てくれてもいいんじゃないの?
「戦況は?」
「第6部隊の捨て身の進軍で順調に攻略しています。」
「へー?なんで第6部隊が?」
「…マスターがおっしゃってたんですよ?」
「そうだったっけ?まぁいいや。じゃあさっさと終わらよう。ノヴァ!どっちがいっぱい殺せるか勝負よ!」
「了解。マスター。」
*****
そんなこんなで、私達はもちろんフィリアでの戦いに勝利。
今では、ノヴァは私の恋人から夫となり、毎日甘々な生活を送っている。
「マユミ。今日の朝食ですよ。」
「う〜ん。やっぱりその‘マユミ’って名前しっくりこないな。」
「だからって自分の妻をマスター呼びする夫がどこにいるんですか。あなたの本当の名前なんですから、それを呼ぶのが道理でしょう?」
「う〜ん、でも本当に懐かしみの無い名前だから、自分の名前だって認識しにくいんだよね〜。」
「ふふふ。」
マスターとして接していた頃とは違って、ノヴァは私によく笑顔を向ける。
あー、あの小説に書いた通りだ。
…?
…あの小説?って…
「ほら、マユミ。あなたの大好きないちごサンドですよ。最近忙しくて、まともに私のご飯を食べてくれなかったですからね。」
笑顔で私の口に、いちごサンドを押し付ける。
「モギョ!」
ノヴァの作る料理は、どれも確かに美味しいんだけど、いきなり口に突っ込むのはやめてほしいところだ…。
「…何か、考え事をしていたんですか?」
…何を考えていたんだっけ?
「いや?特に…?」
「さぁ。では、今週の出征予定を報告しましょう。」
「はいはい…」
______________________
こうして、マユミと私は末長く幸せに暮らしたのです。
私はマユミを愛しています。彼女の吐き出した紅茶のついた服を、衣服交換魔法で、彼女についたクリームは、状態保存魔法をかけて、私の秘密の部屋に保管しています。
…最後にそちらの世界の皆さんに、アドバイスをして差し上げましょう。
小説を書かれる時は、人物紹介欄に『異次元の能力を持つ』のような類の言葉は書かないことをお勧めします。文字というものは純粋ですから、本当に異次元でも使える能力をキャラクターが手に入れてしまうかもしれません。
そうすれば、私達は自分たちを作り出したあなた方の存在を知って、執着をしてしまうかもしれません。
ある者は、その思いが強過ぎたあまり、彼女の本棚から、とある本を落とし、彼女自身さえも落として、こちらの世界へ招き入れてしまったのですから。
可愛い私のマユミ。貴女は5年の月日であの小説の細かい設定は忘れてしまったようですが…、アルカナのギルドのリーダーは生前も、『マスター』とは呼ばれていませんでした。
なんと呼ばれていたかは、忘れてしまったのですが。
あれは、貴女の席のために、すでに殺してしまいました。
貴女を『マスター』と呼んだのは、私の本当の創造者であるから。
私の全ては、貴女の為に、あるのです。
.... .- .--. .--. -.-- . -. -..




