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まずいことになったぞ①


 王都ではアベルが想いを募らせているなんて、まったく知る由もなく。遠く離れたカルボの町には、今日ものどかで平和な時間が流れていた。

 カルボの町は、村民全員が顔見知りになるほどの小さな町だ。毎日、村人達による物々交換なども盛んに行われる。

 

「あらクラリッサちゃん、今日も大漁ねー」

「そうなんです! おばさま、よろしければ少しいかがですか?」

「嬉しいわあ。だったらこちらはミルクをあげる。待っててね、お野菜も一緒に持ってきてあげるから」

「えーっ! ありがとうございます!」

 

(やった! 今日の食事は豪華になるわ……!)

  

 今日も湖でたくさん魚が釣れたので、ご近所の方々に野菜やミルクと交換してもらった。今のところ、こちらから提供出来るのはクラリッサが釣り上げた魚くらいしかないのだけれど、交換材料としてはおおむね好評だ。

 持つべきものは社交的な隣人と釣りの腕、そしてこの外面の良さである。 

 

 愛嬌は役に立つ。

 王都にいた頃、学園生活でもおおいに実感した。

 ニコニコしていれば、相手も概ね笑ってくれる。笑ってくれれば、場が明るくなる。頼みにくいことも、雰囲気ひとつで言いやすくなる。 

 学園では優等生として評判の良かったクラリッサだけれど、それはひとえにこの営業スマイルのおかげであったと言っても過言では無い。クラリッサの笑顔は男女問わずよく効いた。

 ある人物以外には。


(……お元気かしら、アベル殿下)


 アベル殿下――エルデリア王国第一王子、アベル・エルデリア。 

 クラリッサの愛想笑いが効かなかった、唯一の男。 

 彼は整った顔立ちに美しい立ち姿、頭脳も運動神経も人並み外れて素晴らしいものをお持ちで、一緒にいると同じ人間だとは思えぬほどだった。


 そんなアベル殿下は、一切笑わない。 

 表情筋が停止しているのだろうかと思うほど笑うことの無い彼は、学園の生徒会長を務めていた。 

 三ヶ月前まで、クラリッサは生徒会書記としてアベル殿下の補佐をしていたわけだが……彼は、まーとにかく笑わなかった。こちらが笑顔で挨拶しても笑わない、冗談を言っても笑わない、談笑中でも愛想笑いひとつしない。

 そのため、ついた通り名は『氷の王子』。

 あの凍りつくような美しさを前にしては、その通り名も納得である。

 

 あまりにも笑わないので、学園の皆は誰もアベル殿下に寄り付こうとはしなかった。

 どうしても彼に用事があるときは、生徒会のだれかが殿下との仲介役を買って出る――そのような仕組みさえ出来上がってしまっていた。生徒会のメンバーであれば、比較的アベル殿下の冷たい瞳にも免疫があるからだ。


(そういえば、よく殿下への伝言を頼まれたわね)


 教師達までもが『氷の王子』アベル殿下を敬遠していたために、頼まれごとはしょっちゅうクラリッサに舞い込んだ。それを、やんわりとアベル殿下へ伝えることがクラリッサの任務でもあった。そして殿下からの返事を、また教師へ申し伝える。 

 おかげで、クラリッサへの評価はすこぶる良かった。教師達からは感謝され、アベル殿下からもたまに労いの言葉をいただいたりして。

 なかなかおいしいポジションだったな……と今となればそう思う。当時はくたくただったけれど。

 

(今も、誰かが伝言役をしてるのかしら)

(少しくらいニコッっとすれば、人気も爆発しそうなものなのに……)


 ――なんて、余計なことを考えた。

 もうクラリッサには関係ない。王都から離れた今、学園には通えないだろうから。

 そもそも、あそこにいたメンバーはみんな雲の上の人間だった。もう、アベル殿下にお会いすることだって無いだろう。 


 

 そんなことを考えながら軒先で待っていたら、やっとご婦人が戻ってきた。彼女は町長の奥さんだ。手には、ミルクと野菜がどっさりと担がれている。


(わ、わあ……!)


 度々こうしておすそ分けをいただくけれど、なんだか今日は量が多い。多過ぎる。クラリッサの採れた魚なんて、たかかが知れてるのに。


「あ、あの。こんなにいただいては申し訳ないです。こちらが差し上げることができるのはお魚くらいですので……」

「いいのいいの。それよりちょっと相談があるんだけど」

「相談?」


 奥さんは、たっぷりのミルクと野菜をクラリッサにぎゅうぎゅうと押し付けた。そしてなにか含みのある顔でにっこりと笑う。


(な、なに……?)


 何か嫌な予感がする。

 そしてその予感は、大抵当たる。 


「ねえクラリッサちゃん、うちの息子のお嫁さんにならない?」

「え!?」

「息子ったら、クラリッサちゃん達が来てからずーっとクラリッサちゃんの話ばかりしているのよ。可愛い可愛いって、夢中になっちゃってね」

「は、はあ」


 町長の息子。たしか年齢不詳で独り身の、背が高く穏やかそうな男性だ。いつも道端で会えば挨拶や世間話を交わすくらいであったから、特に気にしたことは無かったが……まさかそんなことになっているとは。


「クラリッサちゃんだったら明るくて気だても良いし、我が家としても大賛成なの。どうかしら」

「え、ええと……突然のことでちょっと、今ここでお返事というのは……」

「返事はすぐじゃなくてもいいから。ね、考えておいてくれない?」


 手にはずっしりと期待を込めた、野菜とミルク。

 まずいことになったぞ……とクラリッサは思った。

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