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氷の王子②


 アベルが恋心を自覚した今、とにかく一刻も早く彼の恋に決着をつけなければ。アベルは前へ進むことが出来ないばかりか、学園の平穏も戻らぬままだ。

 トルエノは早速、クラリッサ・フロレンシオ子爵令嬢のその後を調べ始めた。

  

 この学園においては、令嬢の退学は縁談によるものが大半である。そのため、クラリッサにおいてもそうなのだろうと、アベルは強く思い込んでいるようだった。

 三ヶ月もの間、彼が暗く沈んだ顔をしているのはきっとそのせいなのだろう。あれは失恋と嫉妬に苦しむ男の顔だ。本人に自覚は無かったようなのだが。

 

 確かに、年頃の美しい娘――クラリッサであれば、縁談も多く届いていたに違いない。ただ、もしかしたらそうでは無いという希望も、トルエノには捨てきれなかった。

 

 クラリッサはなぜ急に学園を辞めてしまったのか。

 今、どこで何をしているのか。 

 まずは彼女の家に聞くのが手っ取り早いと、トルエノはフロレンシオ子爵家を訪ねてみたのだが。



 

「クラリッサ、でございますか?

 ……あの子達ときたら、急に家出をしてしまったのですよ」


 フロレンシオ子爵の言葉に、トルエノは耳を疑った。


「クラリッサ嬢が……家出?!」

「ええ。クラリッサと弟のローランは、両親の死から立ち直れず……思い出の詰まったこの屋敷には居られないと、フロレンシオ家を出ていってしまったのです」

 

 三ヶ月ほど前、クラリッサの両親であるフロレンシオ子爵夫妻は事故に遭い、呆気なく命を落とした。その後、クラリッサ達姉弟は家出をしてしまったというのだ。

 

 そのため、この男――クラリッサの叔父が仕方なくフロレンシオ子爵として跡を継いだということらしい。目の前の男は美しく着飾り、まるで喪に服しているとは思えない出で立ちでそう答えた。


(あのクラリッサ嬢が、家出……?)

 

「まさか、そんな……だとしたら、クラリッサ嬢を連れ戻すご予定は?」

「い、いえ。まだショックも癒えないことでしょうし、無理矢理に連れ帰るのも可哀想かと」

「しかし心配ではありませんか。クラリッサ嬢は今、どちらにいらっしゃるのですか?」

「分かりません。行き先も教えずに出ていってしまいましたから」

「なんですって……?」

 

 フロレンシオ子爵は大袈裟なほど悲しそうに振る舞うものの、子供達の居場所すら知らないという。結局のところ、クラリッサがどこにいるのかは分からずじまいだ。


 しかし、まるで信じられなかった。

 トルエノから見たクラリッサ・フロレンシオという令嬢は、誰に対しても笑顔を絶やさず、常に空気を読んでいるような……どこかしたたかさも感じさせる人物であった。感情に任せて家出をするなどという、計画性の無い行動をとるとは思えない。

 

 とはいえ、ここでフロレンシオ子爵を問いただしたとしても、クラリッサの居場所は教えてくれそうにもなく――トルエノは子爵からクラリッサについて聞き出すことを諦めると、フロレンシオ子爵家を後にした。

  

 

 


「家出!?」

「ええ。子爵いわく、両親が亡くなったショックから屋敷を飛び出したとの事なのですが……」

 

 トルエノは、フロレンシオ子爵から聞き出したことをさっそくアベルへと報告した。 

 静かな生徒会室には、相変わらずアベルとトルエノ二人きりだ。他のメンバーは一体何をしているのだろうか。仕事は手付かずのまま、むしろ以前に増して書類の山は高くなった気がする。


 積み上げられた仕事を前にして、アベルもトルエノと同様、クラリッサの家出話に目を丸くした。

 いつも表情の乏しい男が珍しい。そのくらい、クラリッサが家出するなど想像もつかないことだったのだ。

 

「家出……そうか……」

「しかし、私にはどうもあのクラリッサ嬢が家出するなど考えられないのです」

「……結婚したわけではなかったのか」


 クラリッサは、欠席の予定があれば必ず申告をしてから休むほど、真面目な優等生だった。

 両親を亡くしたショックが大きかったとはいえ、家を飛び出すなど……クラリッサの行動として違和感がある。

  

 それに、いまいち煮え切らない子爵の言葉に、トルエノは懐疑的な印象を受けた。

 子供達が行き先も伝えず家出をしたというのに、なぜ捜索の届けも出さず放っておくのだろう。実子でないとはいえ、対応としては随分不自然だ。


「私としましてはどうも納得がいかず……前フロレンシオ子爵夫妻の死後を少し調べさせていただきました。

 それまでほとんど交流の無かった前子爵の弟が、跡継ぎとして突然現れたらしいのです。そうそう、その男は事業の失敗による多額の借金を抱えており、もしかすると子爵家の資産に目をつけて――」

「…………」

「アベル殿下、聞いてます?」


 ついつい一方的に喋り過ぎたトルエノは、先程から黙りこんだままのアベルを見下ろした。

 トルエノの報告を受けた彼はというと、顔を隠すように手で口を覆ったまま希望に目を輝かせているではないか。


「殿下……?」

「っああ、何の話だったか」

「現フロレンシオ子爵とクラリッサ嬢の間に、なにか確執があったのではと思ったのですが……殿下?」

「…………すまない、少し待ってくれ」


 アベルは姿勢を正し、改めてトルエノの話に耳を傾けようとするものの……やはり我慢がきかないようであった。

 その両手は、期待に満ちた顔を覆い隠す。


「殿下……」


 アベルはふざけているわけではない。

 こうして、必死に感情を抑えている。


 王子として、感情を表に出さぬよう教育されてきたアベル。

 けれど付き合いの長いトルエノには分かる。笑顔は無くとも、これは嬉しくてたまらないのだ。  

 

『氷の王子』と呼ばれる男が。

 ため息ひとつで、周りから人を遠ざける男が。

 クラリッサがまだ誰のものでもなかったというそれだけで、こんなにも喜んでしまっている。

 

「良かったですね、殿下」

「な、何を言う、俺は……」

「喜んでくださって何よりです」 


(アベル殿下がこのような顔をなさるなんて。殿下は本当にクラリッサ嬢のことがお好きなのだな)



 

 三ヶ月分の勘違いを吹き飛ばす報告は、劇的な効果をもたらした。

 クラリッサがいなくなってからというもの使い物にならなかったアベルであったが、まるで息を吹き返したかのように仕事の手を動かし始めたのだ。

 

 「アベル殿下も、噂の女神に会いに行ってみますか? 妹が言うことには、湖畔の女神は願いを叶えてくれるそうですよ。もしかすると恋の願いも叶えてくれるかもしれません」

「馬鹿を言うな。俺が会いたいのは女神などでは無い」

「そうですね……今、クラリッサ嬢はどこで何をしていらっしゃるのでしょうね」


 どこにいるかも分からぬクラリッサに想いを寄せるアベルが、トルエノは不憫でならない。


(どうか……クラリッサ嬢が見つかるといいのですが)


 トルエノは心からそう願ったのだった。 

  

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