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中継の宿③


 クラリッサは改めて優等生の顔を作ると、アベルに向かって頭を下げた。


「私、お礼も申し上げないままでしたので……アベル殿下、今日は助けて下さり本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」


 まず、アベルには感謝を伝えることにした。

 ハリオに襲われた後、クラリッサは気を失い、次に気が付いたのは馬車の中だった。間一髪のところを助けてもらったにも関わらず、アベルにはお礼も言えていなかったのだ。下車の際に彼から差し出された手も、弟ローランによって拒絶してしまった。

 

 考えてみれば、王子相手に失礼なことばかりだ。無礼だと言われても仕方がないのに、アベルもトルエノも旧友であるクラリッサ相手に何も言わないでいてくれる。気を遣われているのだろうが……その優しさがとてもありがたい。


「詳しい話は、君の弟やばあやに聞いた。あの町では大変な思いをしていたみたいだが」

「いえ、町の方々は親切にして下さいました。私がうまく馴染めば良かったのですが……どうしても、あの(かた)との結婚を受け入れられなくて」


 不意に、ハリオの顔を思い出してしまった。

 湖で組み敷かれた時、クラリッサは彼の裏側を見た。普段の柔和な笑顔とは全く違い、欲深く黒い微笑みが恐ろしくて、怖いのに声も出せなかった。あの時のことが頭をかすめるだけで、思わず身震いしてしまう。


「……受け入れられなくて当然だ。大丈夫か」

「は、はい。少し思い出してしまって……」


 あのまま、アベル達が現れなかったらと思うとゾッとする。

 町の皆は親切だったけれど、クラリッサの味方なんてローランとばあや以外にいなかった。ハリオから何をされたとしても、きっと皆はハリオの肩を持っただろう。既成事実を作られてしまえば、そのままなし崩しに結婚まで持ち込まれていたに違いない。

 考えれば考えるほど恐ろしい。アベル達には心から感謝した。


「本当に……アベル殿下には、何とお礼を申し上げていいのか分かりません」

「いや、礼など構わない。俺はクラリッサ嬢が無事ならそれで……」

「いいえ! アベル殿下、何を仰っているのです。クラリッサ嬢からはちゃんと見返りを頂きませんと」 


 二人の間に突然、トルエノが割って入った。

 クラリッサとアベルの憂いに満ちた空気が、彼によりさっさと切り替えられる。


「……トルエノ? こんな時に何を言っているんだお前は」

「いいですか、アベル殿下。こういう時こそチャンスでしょう! 何のために仕事を詰め、馬を走らせてまで来たのですか」

「だが、しかし……」

「クラリッサ嬢自ら、礼をすると言っているのですよ。このような機会をみすみす逃すというのですか」


(私、お礼をするとは言っていないのだけれど?!)


 なぜか目の前で、アベルとトルエノの口論が始まった。

 

 トルエノとしては、助けた見返りとしてアベルに謝礼が欲しいらしい。確かに、王子にここまでさせておいて「ありがとうございました 」だけでは済まされないのかもしれなかった。

 とはいえ、クラリッサには財産もなく、アベル達が満足するような礼が出来るとも思えない。トルエノだってクラリッサの置かれた状況は分かるだろうに……内心、困惑してしまっている。


(勢いに任せて仕事をもらいにきただけなのに、まさかお礼を要求されるなんて思わなかったわ。お礼……必要かもしれないけれど、あいにく手持ちは無いしどうしたらいいの……)


 頭を抱えるクラリッサを、トルエノはキッと睨んだ。


「クラリッサ嬢。あなたも、このまま逃げ切れるとは思っていないでしょうね?」

「え? ええ……でも、お恥ずかしながら今の私達には持ち合わせがありませんので、ご満足いただけるような謝礼がご用意できるかどうか……」

「そんなことは分かっています。なら、アベル殿下のために働けば良いのです」

「えっ!?」


 クラリッサは耳を疑った。

 そんな、願ってもないことをトルエノから言い出してくれるなんて。


「殿下のために、働く……?」

「ええ。アベル殿下には恩を感じているのでしょう? なら働けますよね、殿下のために」

「そ……それは……お給金は出ますか?」

「当たり前です。アベル殿下が、給料も支払わないとお思いですか」

「お城で、雇っていただけるということですか……?! 出来れば、ローランとばあやも住み込みで働かせていただけるとありがたいのですが!」


 思わず、図々しい本心が漏れてしまった。けれどアベルもトルエノも、頷きながら聞いてくれている。


「もとより、君達のことは保護するつもりでいた。子爵家を取り戻すまでは、離れにある客室でも提供しようかと……だからトルエノの言いなりになって働く必要は無いのだが」

「いえ! ぜひ働かせてください! 私、アベル殿下のために精一杯働かせて頂きます!」

「俺のために……」


 行くあての無い不安から解放されたクラリッサは、喜びのあまりアベルの表情に気付かない。

 目の前で、頬を染める氷の王子。彼の恋心に気付いているのは、満足げに頷くトルエノだけだった。 

いつも読んで下さり、本当に本当にありがとうございます!

次回から王都へ戻りますが、これより不定期更新になります(すみません!)

マイペースに投稿して参りますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
トルエノは相変わらずトルエノですね(笑)
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