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作り笑い①


「あの……あなたが女神様ですか?」

「いえ、私は女神ではありません」


「女神様、願いを聞いてくださいますか」

「残念ながら女神ではありませんので……ごめんなさい」


「やっと会えた、女神様!」

「すみません、私はただの人間です。お引き取りを」


 

(ああ……疲れた……)


 クラリッサは湖での釣りを諦め、トボトボと町への道を引き返す。

 今日も釣果はゼロだ。夕飯は余り物の野菜でしのぐしかない。魚嫌いのローランは喜ぶかもしれないけれど……

 それも、湖に現れる見物客のせいだ。

  

 最近、女神目当てに湖へ来る人間がやたらと増えた。 

 王都ではそれほどまでに噂が広まっているのだろうか。噂を聞き付けた者達はクラリッサの姿を見た途端、実にフランクに声をかけてくるのである。

 先ほど「女神様!」と声をかけられたのも、これで何人目だっただろう。もう数えてすらいない。クラリッサはそのたびに頭を下げ、女神であることを否定している。


 心底、後悔していた。カロリーナが可愛らしかったからといって、女神の真似事なんてするものでは無かった。

 自分がまいた種だとはいえ、とても困っている。いちいち否定するのも疲れるし、女神であると期待されるのも申し訳ないし――なにより、声をかけられるたびに魚が逃げてしまうから。


(もうこりごりだわ。カロリーナにも正体をバラしてしまおうかしら……)


 彼女を騙し続けることにも罪悪感が募り、ふと頭にそんな考えがよぎる。けれど――

 

『出来ればこのまま、カロリーナの前では女神でいていただきたい』

 トルエノの声色を思い出し、背中にゾクリと悪寒が走った。カロリーナを失望させてしまったら、また彼からなんと言われるか分からない。

 

 そのうえ……確かトルエノは、去り際にアベルの名前まで出していたはずだ。クラリッサが女神であると騙ったことについて、もしかして王家へ報告をされてしまうのだろうか。そしてその場合、なにか処罰などあるのだろうか。


(女神を騙った罪……詐欺罪? 女神への名誉毀損罪?)

(私が罪を犯したことがしれたら、ローラン達はどうなってしまうのかしら……)

(旧友のよしみで、温情をいただけないかしら……)


 日を追う事に思考はどんどんエスカレートして、悪い方へと落ちていく。落ち込んだ顔のまま村へ戻ると、道端でまた声をかけられた。


「クラリッサさん、今帰りですか」

「あ、町長さんの……」


 立っていたのは町長の息子だった。

 名はハリオ、歳は二十五。クラリッサとは七歳差で、村では『結婚するには丁度いい』らしい。好きな食べ物は鶏のロースト。趣味は森の木を使った家具作り。他にもまだまだ聞かされたが、覚えているのはその位のところだろうか。すべて、町長の奥さんからの情報だ。

 

 この間、町長の奥さんから結婚の話を持ち出されて以来、彼からはこうして毎日のように声をかけられるようになった。偶然を装っているようだが、クラリッサには分かる。彼はいつもの道で、クラリッサが通りがかるのを待っているのだ。偶然にしてはタイミングが良過ぎる。


「どうでした? 今日は釣れましたか?」

「い、いえ……それが全然」

「本当だ。桶が空ですね」

「あ……」


 ハリオは不躾にクラリッサの桶を覗き込んだ。そこには一匹の魚もおらず、今晩の侘しさを物語っていた。

 

 彼からは、毎回このように食卓事情を覗かれる。それがクラリッサとしては少し惨めだった。町の物々交換で助かってはいたけれど、クラリッサにだって少しばかりのプライドは残っている。赤の他人からこうもわざわざ貧しさの確認をされて、なんとなく良い気はしない。


「今晩も食べるものにお困りでしょう。うちの卵や野菜をお分けしましょうか」

「そんな、構いません。こちらはなにも差し上げるものが無いので」

「遠慮しなくてもいいのに。私達の仲じゃないですか」


(私達の仲……??)


 ゾワゾワした。彼の『仲』とは、いったい何のことを指しているのだろうか。

 ハリオは、町の住人、町長の息子だ。クラリッサにとってそれ以上でもそれ以下でもなく、むしろ今は対応に悩んでいるくらいであった。このところは差し入れもやんわりとお断りしている。


 しかし、住人達からは意味深な目で見られるようになっていることも薄々感じていた。

 こうして二人で話しているだけで、すれ違う町民達から生暖かい視線を感じるのだ。その視線を受けて、ハリオもまんざらでは無い様子で。この町に囲い込まれているような息苦しさを感じるのは、被害妄想が過ぎるだろうか。

 

「それとも、これから食事は私の家へご招待しましょうか。どうぞローラン君達も一緒に――」

「い、いえ! 私はこれから夕食の支度があるので失礼します……!」


 クラリッサは、言葉にできないような不快感を我慢できなくなってしまった。そしてハリオの言葉を無理矢理遮ると、急いでその場を後にしたのだった。

 

 


 

「そんなの、姉さんがハッキリ断らないからいけないんだよ」


 この日の食卓には結局、少しの芋と具の少ないスープが並んだ。質素極まる夕食だ。けど温かいものが食べられるだけでもありがたい。そんな食卓を囲みながら、ローランからはズバリ指摘された。

 町長の息子・ハリオとのことだ。彼への対応に困っている……とこぼしたところ、ローランからは一蹴されてしまったのだった。


「会えばいつもみたいにヘラヘラ笑って、結婚の話も保留にしてるんでしょ? そんな、気を持たせたままじゃ期待されても仕方がないよ」

「ローラン様。クラリッサ様にもう少し優しく……」

「だってばあや、本当の事じゃないか。このままじゃ、姉様は町長一家の良いようにされてしまうよ!」


(確かに……)

 

 クラリッサには言い返せなかった。その通りだったからだ。 

 顔を合わせれば、笑って挨拶をする。誰に対しても、ハリオにも。クラリッサはそれが礼儀だと思っていたし、人間関係を円滑にするためには作り笑顔でさえ必要だと感じていた。幼い頃から身体に染み付いているものだ。

 しかし笑顔は時に勘違いされることもあるらしい。今、身をもって痛感している。


(勘違い……させてしまったのよね。多分)

 

 こうなってしまったら、もうはっきりと返事をしなくてはならない。

 よそ者のクラリッサ達を歓迎してくれた町長一家には感謝している。けれど、結婚となると別の話だ。彼等は優しいが、クラリッサ達に対し優越感を隠そうとしない。こちらの気持ちを無視し、周りを固められることにも居心地の悪さを感じてしまう。

 クラリッサは無理だと思った。この町で引け目を感じながら、ハリオと一生を共にすることは出来ない。

 

「ねえ……ローランはハリオさんとの結婚、どう思う?」

「なぜ僕に聞くのさ。姉さんの結婚なんだから、それは姉さんが決めることだよ」

「そうよね……そうなのよね」


 ローランのためにも、一時は本気で「ハリオと結婚した方が身のためだ」と思っていた。トルエノには『馬鹿だ』と一喝されてしまったけれど、その通りかもしれない。

 今であれば、本当に愚かだったと分かる。ローランのため、などと言って、そんなのは責任逃れだった。自分でちゃんと向き合うべきだったのに。


 

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