表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/16

王子は絶好調②


 カルボの町から馬を駆け、休憩を挟みながら翌日――トルエノはやっとのことで王都へと戻った。

 

 とにかく学園へ向かわなければ。

 一刻も早くクラリッサのことを伝えなければ。

 田舎道を走り続け、残り僅かとなった力を振り絞って向かったのは、学園の生徒会室だ。

 そこで、トルエノは己の目を疑った。


 アベルの机上がやけに広々としている。あんなに雑然としていて、手の付けようがなかった陰鬱な机が。

 数日前まで、仕事が山のように積み上げられていたはずだ。なのに、すっかり跡形もなく消えてしまっている。


 アベルも憑き物が取れたような顔をして、何事も無かったかのごとく座っている。

 脇にある大きな作業机には、生徒会メンバーであるモンド、ブレア、ランス。これまでアベルのことを怖がりすぐ逃げてしまっていた三人が、今日はヨレヨレのまま倒れ込んでいた。

 

「アベル殿下……これは一体どうされたのです?」

「とりあえず、積んであった仕事は終わらせた」

「終わらせた!? こんな短期間で片付く量では無かったでしょう!?」

「彼らに協力してもらった。おかげで、これから俺はクラリッサの捜索にあたることが出来る」


 アベルはトルエノに構わず立ち上がる。そして作業机に突っ伏したままのモンド、ブレア、ランスに「また改めて礼をしたい」と感謝を伝えた。


「そんな……お礼なんて構いません!」

「僕達はやっと、アベル殿下のお役に立てた気がするのです!」

「生徒会メンバーとして光栄です!」


 仕事をやり切った三人は、なんとも良い顔をしている。疲れてはいるようだが、彼らの声色は充実感に満ちていた。トルエノがいない間に、アベルとの距離はずいぶんと縮まったようだった。


「クラリッサ嬢の捜索をされるのですか?」

「無事に見つかりますよう、お祈りしております!」

「アベル殿下とクラリッサ嬢、とってもお似合いでしたから……」

 

 彼らの言葉に、アベルの動きがピクリと止まる。


「クラリッサ嬢と俺は、お似合い……だろうか?」

「えっ? あ、はい! とても!」

「打ち合わせをなさるアベル殿下とクラリッサ嬢は、まるで絵画のようだとメンバー間でも話しておりまして」

「いつご婚約なさるのだろうかと、賭け……予想していたのですよ!」

「そ、そうか……!」


 アベルは笑顔こそ無いものの、わずかに頬を染め、満足そうにしている。

 トルエノには見える。彼の後ろに、ブンブンと振り切れんばかりのシッポが。


(なんと分かりやすい……)


「アベル殿下、そのクラリッサ嬢ですが――」

 

 おそらく、クラリッサを探すために急いで仕事を片付けたのだろうが、アベルが捜索する必要も無くなった。


 彼女の居場所は分かる。カルボの町だ。クラリッサは町近くの湖で釣りをしながら、妹相手に女神のふりをしていた。

  

(さて、どのようにお伝えしようか)

  

 しかし、いざとなるとこの事実を伝えることに躊躇した。

 トルエノですら、湖で彼女を『女神』だと紹介された時、しばらく思考が停止してしまった。カロリーナが『女神』と崇拝していたのが、偶然にもクラリッサその人であったから。

 突然学園を辞めて、王子を自暴自棄になるまで追い込んでおいて、何故こんな田舎で女神のふりなどしているのかと怒りさえ覚えた。


 しかも話を聞いてみれば、クラリッサ達は家出などでは無く、一方的に子爵家を追い出されてしまったのだという。カルボの町ではクラリッサ自ら家事を行い、湖にいたのも食料として魚を得るためであったらしい。あまりに王都での暮らしとはかけ離れていて、聞いていて心苦しいものだった。

 

 さらに……クラリッサは町の青年から求婚されていると言っていた。あの口ぶりからして、彼女は結婚に対して乗り気だったのだろう。結婚をして生活の基盤を整える、だなんて世にも恐ろしいことを言っていた。トルエノが止めなければ、あのまま求婚を受け入れていたかもしれない。アベルのことを思うとゾッとする。


(ああ……このような報告、したくないですね……)

  

 だって目の前のアベルは浮かれきっている。絶好調だ。

 そんな彼に面と向かって、事実を伝えるのが恐ろしかった。クラリッサが子爵家から追い出されたこと、カルボの町で求婚されていること。せっかく機嫌の良いアベルに、わざわざ伝えるのも酷な気がして――しかし伝えるべきでもあって。

 

 トルエノはごくりと喉を鳴らして覚悟を決める。


「……あのですね。落ち着いて聞いて下さるとありがたいのですが。結論から申しますと、クラリッサ嬢を探す必要はなくなりました」

「どういうことだ? 家出から屋敷に戻ったのか?」

「違います。子爵の言う『家出』とはデタラメでした。彼女はフロレンシオ子爵家を追い出されています。弟と一緒に」

「何……?」


 案の定、一気に室内の空気が凍る。

 アベルの放つ怒気のせいで。


 事実を伝えただけとはいえ、やはりこうなってしまった。絶好調からの落差が激しい。先程までの和やかな雰囲気から突然変わった空気に、モンド、ブレア、ランスが怯えてしまった。思わず同情する。


「トルエノ、それは本当か?」 

「本当ですよ。クラリッサ嬢本人から聞いたのですから」


 トルエノがそう答えると、さらに部屋の温度が冷えたような気がした。

 アベルは鋭い眼光でトルエノを睨みつけてくる。


「なぜ、お前がクラリッサ嬢と?」

「そのような怖い顔はおやめ下さい、アベル殿下」

「まさか、俺に隠れて二人で会っていたというのか」

「偶然ですよ、本当に偶然、彼女を発見して話を聞くことができたのです」

「そんな偶然あるものか」

「それが、あるのです。驚きましたよ。私も妹とともに女神へ願い事をしようと思いまして、湖へ行ってみたら……噂の『女神』の正体がクラリッサ嬢だったのですから」

「なんだと……?」

 

 なにも、トルエノは女神を信じていたわけではない。

 けれど駄目元であっても、託してみたかったのだ。どこの誰も分からない()()とやらへ、「クラリッサ嬢が見つかりますように」と――幼馴染の恋心を思って。


 まさか女神そのものがクラリッサであるとは、思いもしなかったけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ