婚約破棄ですか?上等です!
初めて投稿します。どうぞよろしくお願いします!
【ここ、ジェムディア王国の王都では王立学園の卒業記念パーティーが開かれようとしていた】
王立学園には十五歳から十八歳の貴族の令息、令嬢が通う。
今年は第一王子殿下も卒業されるので、卒業生の保護者に限らず多くの貴族が招待されていた。
そんな華やかな会場に、婚約者がいるにも関わらず、兄のエスコートで現れた私に周囲の人々は同情と好奇の目を向けていたわ。
「サフィニア!サフィニアどこだ、出て来い!」
人目もはばからずそう叫んだのは、私の婚約者であるモルス第一王子殿下だ。かたわらには桃色の髪に若草色の瞳の少女をはべらせている。親しげに肩を抱くその姿に私は内心で深くため息をついた。
第一王子といっても側妃様が産んだ御子で、国王陛下には正妃様との間に第二王子殿下もいらっしゃる。
「…この王子様は相変わらずだな」
「仕方ありませんわ、お兄様。第一王子だから王太子、と思い込んでらっしゃるから。ご指名ですので行って参ります」
「ああ。気を付けろよ」
「お呼びでしょうか、殿下」
「サフィニア・コランダム侯爵令嬢!今この時をもってお前との婚約を破棄する!そしてこのモルガン・ベリル男爵令嬢を新たな婚約者とする!」
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「白々しい!学園でモルガンに嫉妬して嫌がらせをしたそうだな。そんな女は俺の婚約者には相応しくない、この悪女め!」
「モルスさまぁ、サフィニアさまったらいつも冷たいお顔で睨んでくるし、すぐに怒るし、パーティーにも呼んでくれなくて……わたし、わたし……ぐすん」
「ああ、かわいそうにモルガン。忙しい俺を気遣って相談もできず我慢していたんだな。もう泣くな、これからは俺が君を守る」
「うれしい、モルスさまぁ」
頭の中がお花畑な二人にはお互いしか見えていないようだけど、ここがどこだか思い出してほしい。
学生も来賓の皆様も呆れた顔でこちらを見ているわ。
それに殿下が忙しいですって?
確かに曲がりなりにも王子殿下、まだ学生である今から国王陛下の政務の一部を手伝っていらっしゃるけれど…
「殿下、私は誓ってベリル男爵令嬢に嫌がらせなどしていません。婚約者でもない殿方にむやみに近づき、お体に触れてはならない。貴族令嬢たる者、むやみに感情をあらわにしてはならない、とご忠告申し上げたまで。パーティーにお呼びしなかったのは高位貴族と下位貴族ではマナーが違うからでございます」
「黙れ!そもそもお前と婚約した事が間違いだったのだ。その凍えるような冷たい銀の髪と青い瞳が、初めて会った時から気に入らなかったのだ!モルガンを見ろ、お前と違って春の妖精のようではないか」
なんですって?このバ…いえ王子。
髪の色はお父様から、瞳の色は今は亡きお母様から受け継いだもので侮辱される筋合いは無いわ。
婚姻するまでの息抜き、学園に通う間だけだからと、いろいろ大目に見ていてあげたのに。
──もう遠慮はいらないわね。
後ろを振り返ると、目が合ったお兄様はそれは素敵にニッコリ笑った。
『やってしまえ』
私も同じようにお兄様に向かってニッコリ笑い、正面に向き直って一歩前に進み出た。
「そこまで仰るなら殿下、婚約破棄、確かに承りました。
もうお会いする事もないでしょうから、最後に私からもよろしいでしょうか」
「ふん!まあ良いだろう。聞いてやるぞ」
「では言わせて頂きます。先ほど忙しいと仰いましたが、それは私や側近候補の皆様が先に目を通して精査した後に決裁印を押すだけ(本当に"だけ"!)の書類の事でしょうか?」
「なっ、何だと!?」
「それとも、ベリル男爵令嬢にバレないように好みの貴族令嬢やメイド、はてはお忍びでいらした下町の花屋やパン屋の売り子の女の子にまで鼻の下を伸ばした事でしょうか?」
「なっ、なっ…!」
「…モルスさま…?」
「ちっ、違うぞモルガン、誤解だ!これはほら、その、あれだ!サフィニアが俺達に嫉妬してデタラメを言っているんだ!サフィニアは俺を愛しているから!」
あらあら、ベリル男爵令嬢ったらちょっと引いてないかしら。
「誤解でも嫉妬でもデタラメでもありません。私があなたを愛している?殿下こそ、その気持ち悪い勘違いをやめて頂けますか?」
「…気持ち、悪い…?」
あら、何故そこで傷ついた顔をなさるのかしら。まさか本当に私があなたを愛していると信じていたの?
「初めてお会いした時の事をお忘れですか?挨拶もなく開口一番『なんだ、貧相な顔つきの女だな』そう仰ったそのですよ?そんな男のどこを愛せと?王子の身分をですか?」
「………」
「あら、だんまりですか」
周囲の殿下への視線がだんだん冷たくなっていくわね。
「…だっ、だが、その後すぐに婚約が結ばれたではないかっ。だからてっきり……」
「それは側妃様に、どうしても、とお願いされたからでございます。側妃様は伯爵家のご出身。正妃様は隣国ジュエルレスト王国出身の元王女。筆頭侯爵家である我が家、宰相である父の後ろ楯がなければ、あなたを第一王子とはいえ立太子させる事は難しいからと」
「そもそも成人も間近だというのにいまだに"王太子"ではなく、"第一王子"にとどまっている意味をお考えになった事はおありで?」
まあ、お兄様が参戦したわ。
「意味だと?」
「女癖は悪い。仕事は他人に押し付ける。学園の成績はせいぜい下の中。そのくせに教育係が気に入らない、とすぐクビにする。ああ、我が妹の成績は三年間常にトップ争いをしていましたよ」
「お兄様ったら、大きな声で恥ずかしいですわ。そんな訳で殿下、陛下も側妃様もこの三年間で何とかあなたに更正してもらいたかったのですが、無理でしたわね」
もはや周囲の方々は完全に引いているわね。ベリル男爵令嬢も殿下を見る目がだんだん厳しくなっているわ。
「ちょっと!モルスさま?わたしを王太子妃にしてくれるって言ったじゃない!嘘ついたの!?それに女癖が悪いって何!?わたし以外に女が何人いるのよ!?」
「ええい、うるさい!うるさい黙れ!お前達は黙って俺の言う事を聞いていれば良いんだ。俺は王子だぞ!!元はと言えばサフィニア、お前が俺に恥をかかせたせいだ!」
殿下が顔を真っ赤にして叫びながら私に向かって手を伸ばした、その時。
「黙るのはお前だ!愚か者め!!」
いつの間にか来ていた国王陛下の一喝が響いたの。
陛下の後ろにお父様の姿もあるわ。
あら?お父様の額に青筋が見えるような…?
「ち、父上、何故です!?こいつらは王子である僕に無礼を働いたのですよ!?」
「婚約者の令嬢に無礼を働いたのはお前だろうが!もう我慢ならん、王子の身分を剥奪する!平民とし、辺境の鉱山送りだ!」
「そっ、そんな!父上!考え直して下さい!平民なんて、鉱山なんて嫌です!そうだ、これからは心を入れかえますから!」
「……はぁ…もう遅いわ。今まで何度注意した?いつか、いつかと期待したのが間違いだった…コランダム侯爵令嬢、無理を強いてすまなかった」
陛下はそう言って力無く頭を下げた。
「そんな陛下、いけませんわ。国王たる者、簡単に臣下の娘などに頭を下げては」
「父上!なんでそんな悪女に頭を下げるのです!だいたい私がならずに誰が王太子になるのですか!?」
「うるさい黙れ!非があるのは明らかにこちらである。謝罪は当然だ。それに王太子には第二王子カラートを指名する!」
「そんな!はっ、母上、母上は?僕が平民なんて母上が許す訳がないですよね!?」
「側妃はこの騒ぎを聞いて寝込んでおるわ。まさかここまでとは思わなかった、と。責任を取って側妃の地位を返上し、北の修道院へ行くそうだ」
「そんな…母上…」
「そうですねぇ陛下、謝罪は当然ですねぇ。慰謝料についても詰めに詰めてお話しましょうかねぇ。ええぜひ、じっくりと」
「そっ、そうだな…い、痛いぞ、そんなに肩を掴むな宰相…」
殿下ったらすっかり落ち込んで床に座り込んでしまったわ。お父様、不敬罪で捕まりますわよ。
──◇─◇─◇──
私とモルス元殿下の婚約は、元殿下の有責で破棄され、王家からコランダム侯爵家には多額の慰謝料が支払われたわ。
元殿下は即日辺境の鉱山へ送られた。最後まで悪態をつきながら抵抗していたそうよ。
ベリル男爵令嬢はこっそり会場から逃げようとして衛兵に捕まり貴族牢に連れて行かれ、厳しく取り調べられ泣きながら謝っていたとか。
まあ、ある意味彼女も元殿下の被害者。男爵夫妻がどうか娘の命だけは、と平謝りだったので、二度と王都に足を踏み入れない事を条件に釈放させた。
その後ベリル男爵は爵位を返上、一家は奥方の実家の領地に引っ越したそう。
私はといえば、王太子となられたカラート殿下と新たに婚約のお話が持ち上がって、今日は顔合わせのお茶会です。
「子供の頃、兄上との顔合わせに来た貴女に一目惚れしたんです。兄上と正式に婚約したと聞いて、悔しくて悔しくて」
「王太子殿下、曲がりなりにも私は、一度は婚約を破棄された女です。王太子妃などと…本当に私でよろしいのですか?」
「貴女以外にふさわしい方などおりません。だからこそ私は誰とも婚約せずにいたのですから。また貴女が誰か他の人と婚約するかもと想像しただけで夜も眠れません」
「私達からも頼む、サフィニア嬢」
あら、国王陛下と正妃様までいらしたわ。後ろにお父様まで。
「サフィニア嬢、わたくしの息子はお気に召さないかしら?確かにちょっと甘えん坊な所はあるけれど、この子の炎のような赤い髪に貴女のその月光のような美しい髪、映えると思うのよ」
「母!?やめて下さい!せっかく口説いているのに!」
「王太子妃教育も優秀な成績で終えているし、今すぐにでも嫁いで欲しいけれど、カラートの成人まであと二年あるのよね…」
ジェムディアでは貴族、平民ともに結婚できるのは成人である18歳からだ。
二年くらいすぐです…と口をとがらせる王太子殿下に絆されてしまったわ。
「では王太子殿下、これからどうぞよろしくお願いいたします。お気持ちが変わりましたら、いつでもお申し出下さいね」
「気持ちが変わるなんてあり得ません、サフィニア嬢。いえ、サフィニアと呼ばせて下さい。それから私の事もカラートと名前でお呼び下さい。」
「はい、殿…カラート様」
「殿下!私の可愛い可愛い娘を本当に本当によろしく!お願い!します!ね!」
「さ、宰相、顔が近い。それにちょっと痛いです。そんなに強く手を握らないで下さい…」
お父様ったら、やっぱり不敬罪ですわね。
──◇─◇─◇──
こうして正式に婚約してから二年、カラート様の学園卒業から二ヶ月後に、私達は王都の大聖堂で盛大に結婚式を挙げた。
お母様の肖像画を持参したお父様とお兄様は、私やカラート様より泣いていたけど。
国王陛下と正妃様、国内外の王族、貴族の皆様も参列なさって、それはそれは華やかで素敵な結婚式でした。