ツンデレヤンキーの恋心
東雲有咲でございやす。
やっぱりね、王道のツンデレヤンキーが見たくなって書いたやつ。
天然ワンコ✕ツンデレヤンキーというわいの性癖スペシャルセットをどうぞお楽しみくださいませ。
*キャラ設定*
志波 雅人 (しば まさと) [攻め]
「天然王子」と呼ばれるほどには天然。ワンコ属性。嫉妬深い。イケメン。いつも笑っている。
支倉 一翔 (はせくら かずと) [受け]
ツンデレヤンキー。志波のことが好き。クラスメイト達からは恐れられている。甘いものが好き。
最近ツンデレがいないと受け攻めが決められなくなっている…。
禁断症状☆
まぁ、雑談はこの辺で。
じゃあ、ぜひ最後まで読んでってください!
帰り道にコンビニで買ったアイスを頬張りながら志波と帰る。
それが俺の最近の日課だ。
「ん!これ美味しいね。一口食べる?」とアイスを差し出してくる。
「は!?べ、別にいらねーし。っていうか、もうお前食べたんだろ?」
…か、間接キスじゃねぇか!!
ちょっと嬉し……。
いや、そ、そんなことねぇし!!
「うん。食べた。けど、まだここは食べてないよ」
指で今食べたところの反対側を指す。
「っ〜!そーいう問題じゃねぇ!!」
お前が食べたってだけでなんか…。
なんか……。
国宝級なんだよ!!
「えー…。美味しいのにー」
そりゃあ美味いだろうな!
お前が食べたあととか死にそうで食えねぇっての!!
もうおわかりの方もいるだろうが、俺は志波が好きだ。
「じゃあ、一口ちょーだい」と言って口を大きく開ける。
歯並びきれ……。
じゃなくて!
俺が意識するからダメなんだって!
「…ダメだ」
できるだけ平静を装いながら言った。
「なんでなんだよぉー!いいじゃんかー!」と唇を尖らせている。
ダメだ…。
頬が緩む……。
「いや、逆になんでそれがいけると思ったんだよ」
真顔、真顔…。
なんか、別のこと考えろ。
気を逸らすんだ……。
「あっ…」
後ろから車の音が聞こえたからか、すっと右に来て車道側を歩いてくれる。
…そーいうとこがダメなんだよ!
そんなことしたら女子からモテモテじゃねぇか!!
これだから、イケメンのやることは……。
っつーか、俺、男だぞ!?
そんな気にかけてくれなくても、別に大丈夫だっての。
「なんか、守ってあげたくなるんだよねー。支倉って」
「は!?な!何いってんだよ…!俺、男だぞ!?」
「んー。でも、小柄だし、可愛いし」
さらっと可愛い発言すんな!
あと、人のコンプレックスを言うんじゃねー!
「そこら辺の女子より可愛い顔してるし」
「か、顔かよ…」
ちょっと焦った…。
志波が俺のこと可愛いとか言うはずないのに。
ましてや、好きだなんて…。
ないよな。
「まぁ、性格も可愛いけど」
やめろ!
し、心臓が、持たねぇ…。
「俺は可愛くねー!!」というのが精一杯だった。
俺が志波のことを好きになったのは、一ヶ月ほど前のこと。
放課後に、忘れ物をして教室に戻ったら声が聞こえた。
『なんか、冷たいんだよねー』
『ほんとそれ。無愛想っていうか、なんていうか』
『そー、そー。近づきにくいんだよねー』
『ま、ヤンキーだし、仕方ないか』
『だねー。…支倉くんとあんまり関わらないようにしたほうがいいよ?』
『いつ襲われるかわかんないし!』と言って笑っていた。
チッ。
タイミング最悪。
よりによって俺のこととか…。
どうせ、言い返してもまた言われるだけだろ。
黙ってると、そこに志波が現れた。
何しに来たんだよと言いかけると、無駄に長い人差し指を口の前に当てて「しー」と言った。
『えー。俺は、支倉、小柄で可愛いと思うけどなー』
窓から顔を出して、なんなく言った。
はぁ…。
何いってんだ、こいつ。
と思いながら大人しく聞いていた。
『『志波くん!』』
ころっと態度を変えて〜にすり寄る。
『まだ帰ってなかったのー?』
『一緒に帰ろうよー』
『ごめん。先約があるから…』と言ってちらっと俺を見た。
『ざんねーん』
『じゃあ、また今度!一緒に帰ろー!!』
かわいこぶりやがって。
『さっさと帰りなよー。暗くなったら危ないから』
『うん!』
『またねー!』
手を振りながら教室を出ていった。
志波に言わたら素直に帰んのかよ。
あー、くそっ。
イライラする…。
『大丈夫?』
手を差し伸べてくれた志波はなんだか輝いて見えた。
俺とはまるで世界が違って、毎日楽しんでんだろうなって顔。
俺はその手をはねのけ、忘れ物があることなんか忘れてさっさと階段を下りる。
『あー、待って、待って!一緒に帰ろうよ!』
『…好きにしろよ』
『やった』と微笑んだ志波の顔が忘れられなかった。
それから、志波は何かと絡んでくるようになった。
「天然王子」と名高い志波と、「冷たいヤンキー」と言われている俺が、交わるはずがない。
そう思ってた。
志波はこの世界に引き込んじゃいけない。
わかってる。
けど、もっと一緒に居たいと思ってしまった。
「支倉、大丈夫?」
顔を覗き込んでくる。
近い!
ちょっと離れろ!!
顔面偏差値つよつよ顔面め!!
「……大丈夫だっての」
あ…。
もうこんなところか。
いつもこの十字路で別れる。
俺は左、お前は右に。
「そっか。じゃあ、また明日ねー!」
ぶんぶんと手を振っている。
控えめに手を振り返し、何を急いでいるのか走って家へと帰る志波の背中をしばらく眺めていた。
なんで志波は俺なんかと一緒に居るんだろ。
角を曲がって、志波の姿が見えなくなるまで見送ってから反対へと歩きはじめる。
俺も惚れっぽいな。
そんなことで惚れるなんて。
でも、あのとき。
ちょっと、ほんのちょっとだけ、王子と呼ばれている理由がわかったような気がする。
だってかっこいいし!?
マジであの顔面やめてほしい。
破壊力が…。
なんであんなに人を引き付けるんだ?
確かに、各パーツが整ってるからイケメンなんだろうけど。
でも、それだけじゃないっていうか。
…引き込まれる。
そう、それだ。
あの目だ。
普通の人よりもちょっと大きくて、くりっとしてる。
目を見開いたときなんか、もっと大きくなって、引き込まれるんだろうな…。
ん?
目を見開いたとき。
見たこと、ねぇな…。
なんか、いつもニコニコしてて内側が見えないっていうか。
まるで心の内を隠しているみたいだ。
いや、見せないようにしてる、か。
…無理して笑わなくていいのに。
って、なんで志波のこと考えてんだよ!
頭の右上辺りをパタパタと手ではらって、家に帰った…はいいけど、肝心の鍵が見当たらない。
家の中には誰もいない。
親は共働きで、家には誰もいない。
終わった…。
どうすんだよ、これ…。
絶望のあまり、ドアの前に座り込む。
ポケットにスマホ…。
少し腰を浮かしてズボンのポケットを探るが、見当たらない。
…どこやった?
なんか色々見つかんねぇんだけど!?
と、とりあえずスマホ…。
かばんの中をかき回してなんとかスマホを見つけた。
誰かに電話…。
って、誰に電話したらいいんだ?
親…は仕事中だし。
友達…と呼べる友達もいねぇし。
ふと頭に浮かんだのは志波だった。
電話したら迷惑…か?
うろ覚えの番号を押しながらホントにいいのかとちょっと不安になる。
プルルル…。プルルル…。
「はい」
硬い志波の声がすぐ耳元で聞こえる。
「…志波?あー、俺、家の鍵どっかでなくして…さ」
受話器の向こうで志波が笑う声がした。
「わ、笑うなよ!」
「ごめん、ごめん」と言いながらまだ笑っている。
見たいな。
志波が素で笑ってるところ。
どんな顔して笑うんだろう。
「それで?どした?」
「あ……。えと…」
何も考えてなかった…。
な、なんて言ったらいいんだ?
暇だからちょっと話し相手なってくんねぇ?とか?
それって意味なくねぇ?
さすがに家に入れてくれって言うわけにもいかねぇし…。
押しかけるのも迷惑だし?
「…とりあえず家来る?」
と、とりあえず!?
とりあえずってなんだ!
っていうか、志波の家…。
「い、いや!悪いし!!」
迷惑だし!
何より俺がもたねぇ!!
「全然大丈夫だってー。支倉こそ、ちゃんと親御さんに言ってから来なよ?俺だって誘拐犯にはなりたくないからね」なんていうジョークも笑えない。
家…。
志波の、家…。
行く?俺が?
心臓バクバクいってる…。
「ぇ、マジで行っていいのか?」
声かすれた…。
緊張すると声かすれる癖、抜けねぇんだよな。
「支倉がいいなら全然いいよ」
「あ、えと、じゃあ、お言葉に甘えて…?」
「ん、分かった。…場所、わかんないよね。近くまで行くから。…えっとねー、コンビニ!アイス買ったコンビニで待ち合わせね」
「わかった。迷惑かけて悪い…」
「全然!じゃあ、また」
「お、おう。また」
「うん!」と嬉しそうな声がして電話が切れた。
ツー、ツー、ツー…と音を鳴らしているスマホを見ながら思う。
正直言って超嬉し……いけど、別になんもしねぇし!
そもそもなんで家行くんだ?
わかんねぇけど、せっかく志波の家行くんだし!
空気…持って帰ったら怒られるか…?
何考えてんだ、俺!
自分で自分をひっぱたく。
いつも、ここの空気ー!とか言ってはしゃいでるやつらバカにしてんのに、自分もそうじゃねぇか!!
でも、何持っていったらいいのかわかんねぇ…。
とりあえず、学校のカバンと、ビニール袋を持って家を出た。
コンビニまでは歩いて十分、十五分ほどだ。
志波、もう来てんのかな。
バタバタしたから、もう来てるかもな…。
早く顔見てぇ…。
とか、お、思ってねぇしな!!
走っていこうとしたけど、やめた。
な、なんか、これじゃあ俺が期待してるみたいじゃんか!
顔熱い……。
恥ずかしくなったらすぐ赤くなんのやめたい。
マジで恥ずい…。
これから志波に会うのに。
「あ、支倉!」
コンビニの前で手を大きく振っていた。
バカ!
そんなことしたらバレバレだっての!!
でも、なんか、志波らしいっつーか。
と苦笑して走って志波のところまで行く。
「…悪い、待たせた」
「走ってこなくても良かったのに」
だって走らなきゃお前、今度は大声で呼んだりするだろ。
という言葉を飲み込んだ。
「いや、待たせたから」と言ってそっぽを向く。
目を合わせると嘘がバレそうな気がしたからだ。
「あー、かわい…」
「は?」
おい、絶対今可愛いって言いかけただろ。
俺は可愛くねぇっての。
「ううん!なんでもない。行こっ!」
俺の手を取って歩き出す。
もうそれだけで鼓動が早くなる。
俺より大きい手。
しなやかで、骨ばってて、指が長い。
なんでこんな指長いんだよ。
俺なんか、お前の指の半分も…。
って、それは言い過ぎだよな!
俺だって、人並みに手くらい……。
空いている右手をまじまじと見る。
志波の手と比べると小さくて、指も短い。
それから、左手を掴んでいる志波の手を見た。
やっぱなんか違くねぇ?
すごい勢いで振り向いて、手首を掴んでいる手を目の前に突き出して、こう言った。
「手首細過ぎない?」
手首を親指と中指で作った輪の中に入れ、そのあいてるところを見せてほら、と俺に見せる。
それは、あれだろ。
自分の手でやんなきゃ意味ねぇだろ。
「はぁ?」
それよりも、ち、近い!
早く離れろ!!
という俺の思いとは裏腹に、志波はもっと近づいてくる。
「なんでこんなに細いの?ちゃんと食べてる?」
俺は離れようと若干のけぞりながら「お前はおかんかなんかよ!」とツッコむ。
志波は微笑んで、また歩き始めた。
ほっとしながら、手を引かれるままについていく。
「もうちょっとだからね〜」と歌うように言いながらどんどん歩いていく。
周りは住宅街で、全然知らないところだった。
それから数分ほど歩いて、志波が立ち止まった。
「ん!ここ!」
そこはごく普通の一軒家……。
じゃねぇ!?
「ほ、ほんとにここなのか…?」
「うん!そうだよ?」
平然と言ってみせる志波に俺はもう一度聞いた。
「ほんとにほんとなのか?」
「ほんとだって!」と笑った。
どうやら間違いないらしい。
ま、まさかここが……。
志波の家?
改めて目の前の志波の家を眺める。
いや、家というより…。
店?
目の前にあるのはオシャレなカフェ。
看板には「カフェ 柴犬!」と書かれている。
その横には肉球と柴犬の絵が書かれている。
…可愛い。
俺が看板に見とれてるうちに、志波は「ただいまー」と慣れた様子で中に入っていく。
え、これ、俺入っていいのか?
戸惑いながらも志波の後に続いて中に入る。
茶色や黒といった落ち着いた色で統一されている店内。
淡いオレンジ色の照明がぼんやりと店内を照らしている。
なんでこんなオシャレなんだよ…。
っていうか、こんなところ初めて入った…。
「あ、平田さん!こんにちはー」
お客の方に走って行って、話しかけている。
客の柄悪くね…?
気のせいか?
「おお!志波さんの坊か!」
柄の悪いスーツ、黒いサングラス…。
まぁ、見た目だけで決めんのはあれだよな。
志波、何にもされねぇよな?
「もー。その呼び方やめてくださいってー」
なんか、張り付いてる…んだよな。
いや、俺が言うのもなんだけど。
ちょっとだけ話して俺のところに戻ってきた。
「ごめん。じゃあ、ゆっくりしていってよ」
「は?」
どういうこと、だよ。
お前、どっか行くのか?
俺を置いて?
「ん?」
そりゃあ、店の手伝いとか色々忙しいんだろうけどよ…。
「その……。俺はお前と話しに来た、んだけど……」
恥っず!!
志波も何言っちゃってんの?って顔してるだろ!
「や、やっぱ迷惑だよな!俺、帰るわ!邪魔して悪かっ…」
掴んだいた手をぐいと〜のほうに引っ張られる。
前のめりになって、こけそうになったところを抱きとめられた。
ん゛ん゛ん゛
行動がイケメンなんだよな…。
いい匂いするし…。
って、こんなんじゃ俺がへ、変態みてぇじゃねぇか!
「迷惑じゃない。っていうか、俺から誘ったんだし。支倉放っていくわけないじゃん。こう…、なんていうか、くつろいでいってね、みたいな?感じだから。…俺の言い方も悪かった」
「勘違いさせんな!バーカ!!」
ああ、またこの顔。
ちょっと困ってるような顔。
困るよな。
こんな態度してくるやつとか。
女だったらちょっとは可愛いのかもしれねぇけど、俺、男だし。
可愛くないもんな。
「悪ぃ、俺やっぱ帰るわ」
このままここに居たら気を悪くさせちまう…。
なんか、泣きそうだし。
もう志波を困らせたくねぇし。
「なんで!?なんか、用事あった?」
顔を覗き込んでくる。
俺は目をそらしながら「別になんもねぇけど…」と口をもごもごとしながら言う。
なんか、見透かされそうで怖いんだよな。
志波の瞳って。
キラキラしてて、透き通ってて、すごく綺麗だ。
けどどこか影がある。
時々ふと物憂げな表情をする。
そのときに影が落ちる…ように見える。
「っ!とりあえずこっち!」と言って奥に連れて行かれる。
この志波のちょっと、いや、かなり強引なとこ、嫌いじゃない。
中に母屋があるらしい。
なんか色々と複雑なところを通ったけど、よく覚えてない。
志波の部屋に連れて行かれて、ドアに押し付けられる。
手をドアにバンッと音を立ててつける。
…これっていわゆる壁ドンとやらでは!?
「なぁ、俺、なんかした?」と言って俺を睨みつけてくる。
「…なんもしてない」
今までこれでもかというほど睨まれてきたのに、なんかこいつに睨まれると…。
怖い。
迫力が違ぇんだよな…。
一回も怖いだなんて思ったことなかったのに…。
「じゃあ、なんで泣いてんの?」
な、泣っ!?
頬に手をやると、濡れている。
「聞くなよ、バカ…。俺だってわかんねぇんだもん…」
「はぁ……」
ため息…。
なぁ、俺って、そんなに困らせてる?
また視界がにじんでくる。
もう嫌だ…。
袖で涙を拭っていると、ふいに抱きしめられた。
「俺、こーいうときどうしたらいいのかわかんないからさ。…これであってる?」
お、俺だって、そんなの知らねぇ…し。
まただ。
柔軟剤か?
わかんねぇけど、すんげぇいい匂いする…。
っつーか、身長差のせいで苦しいんだって。
あー、これだから身長ちっさいの嫌なんだよ。
ってか、そうじゃなくても気にしてんだよ!!
示しつかねぇじゃん…。
タイマン張ったときとか、相手のほうがぜってーでかいし。
生意気なガキに見られるし。
って、何の話だよ!
まずこの状況何とかしてくれ…。
幸せすぎて窒息しそ……。
このまま死ねるなら本望…、いや、まだ生きて志波を拝みたいからやっぱパス!
胸をどんどんと叩いて限界だって伝える。
「ああ、ごめん」と言って離してくれた。
やっと開放された…。
「はぁ…、窒息する…」
はにかむように笑った。
「なんでそんな笑い方すんだよ」
あぁー!!
俺のバカ!
志波も気にしてるかもしれねぇのに!
でも、気になっちまったから…。
「え?」
「…困ってるみたいな、はにかむみたいな笑い方。俺、志波を困らせてんなら謝るし、なおす…し。なんでそんな笑い方してんのかな…って」
これじゃあ何言ってんのかさっぱりわかんねぇじゃん!
もっと上手く言わねぇと、伝わんね…。
「緊張…してるっていうか」
恥ずかしそうにそっぽを向く。
「はぁ!?」
志波が俺相手に、き、緊張!?
何言って…。
「支倉、可愛すぎて困る。あと、上手く笑えなくなるんだよな。支倉の前だと。支倉以外だったら上手く笑えるのに」
それって、愛想笑いってことだよな。
なんでそれが癖づいて…。
もしかして。
俺はピンときた。
たぶん、ちょっと考えれば誰でも思いつくような話だったが、俺は少し自慢気に「…これから言うのは俺の憶測だ」と前置きしてから言った。
「喫茶店っていうのは、基本的に接客業だ。お客と話す場合も多い。その時に愛想良くしないとって思って愛想笑いしてたらそれが身についてしまった…みたいなことか?…もし違ったら悪ぃ」
「支倉の言うとおりだよ」
うつむいてため息混じりに言った志波の顔は、沈んで見えた。
志波の瞳に影が落ちる。
「誰にも気づかれたことがなかった」
あるいは、誰も言わなかったのかもしれないのかもな。
いや、単純に愛想笑いだって気づかなかったんだろうな。
俺はわかるぜ。
だって、目が笑ってねぇもん。
「でも、素で笑うときもあるんだろ?」
「まぁ……」
「あ、支倉と居るときは素で笑うことが多いかも」と言って笑うこの顔は愛想笑いなのか?
っつーか、天然がすぎるだろ!!
そ、そんなこと言われたら…。
誰でもドキッとしちまうだろ!
「支倉」
「ん?何だよ?」
志波は視線を泳がせたあと、諦めたように「……何でもない」と言った。
「あっそ」
また可愛いとか言うのかと思ってちょっと期待し…。
てないからな!?
全然!!
可愛いって言われるのが嬉しいとかじゃなくて!!
「親御さん、何時に帰ってくるの?」
「六時…くらい」
ホントは七時。
日によって違うけど、だいたいそのくらいの時間だ。
これ以上志波に迷惑かけらんねぇし…。
「そっか。ご飯は?食べていく?」
「いや、そこまで世話になるわけには…」
「いいって、いいって!ただ、連絡だけしておいてね?」という志波の圧に負け、「わかった」と答えてしまった。
いや、お前と飯とか!!
なんか恥ずいじゃん…?
っつーか、お前が飯もぐもぐしてるその光景だけで飯食えるわ!
「あのさ、一個聞いてもいい?」
「なんだよ」
「なんで喧嘩すんの?」
よく聞かれる。
なんでって。
理由は簡単だ。
むしゃくしゃするから。
それだけ?ってみんな言う。
悪ぃかよ。
お前だって、イライラして誰かに当たりたくなることなんかざらにあるだろ。
それを発散する方法が喧嘩ってだけだ。
それを志波に言うと、ちょっと分かるかもと言われた。
「わかるって…」
何がだよ。
お前はそんなことやらないだろ。
人を殴ったり、蹴ったり、したことないだろ。
「俺もそう思うときあるから」
思うのか…。
こいつボコボコにしてやりてぇとか、思うのか…。
ちょっと意外だな。
「こんなこと言っちゃダメなんだろうけど、時々、殴り飛ばしてやらたいなってときもあるよ」
爽やかな顔してそんなこと思ってんのかよ…。
ギャップ!!
ギャップがすげぇ…。
これがギャップもえってやつか?
「お前…。見た目に反してなかなか凶暴だな…」
「いや、それは支倉のほうじゃん!」
ふふんっ。
そうか、お前は俺が凶暴だと思うのか。
ちょっとでも強く見られたことが嬉しくて舞い上がっていた。
けど、志波の次の言葉で叩き落された。
「可愛い顔してんのに、めっちゃ凶暴だし」
「なっ…!」
確かに幼い顔立ちではある。
もう顔については散々いじられ続けてきたからわかる。
華奢な体つきなことも相まって、昔は女の子みたい、だなんて言われてた。
そんな自分が嫌だった。
俺は強くなりたかった。
それがきっかけだったのかもしれない。
でも、自ら悪の道に進んだわけじゃない。
嵌められたんだ。
「支倉?大丈夫?」
「ん…、あー、ちょっと、考え事してただけだ」
昔のことを思い出した。
そう、俺がヤンキーになった時のこと。
もうずいぶん前のことだ。
ガラの悪いやつ三人組に話しかけられた。
『君、やってみない?』
何をだよ。
闇バイトはやらねぇからな。
絶対に。
というと、そんなんじゃないよと言いながらすり寄ってくる。
『…簡単だよ。ちょっとやったら、ボコボコになっちゃうし』
全く話の先が見えない。
とにかく、俺は面倒くさいことはごめんだ。
その場を立ち去ろうとしたとき、肩を掴まれて引き止められた。
『そうそう、ひ弱な君でも…』
ひ弱という言葉が俺の何かを切れさせた。
『ひ弱ってなんだよ!』とがむしゃらに拳を勢いよく突き出すと、そいつの顔面に当たった。
そいつは鼻をおさえながら後ろによろける。
『何してんだこの小僧!』と襲いかかってきた二人をなぎ倒し、その場を去った。
楽しい。
そう思った俺は狂っている。
もうすでに喧嘩の世界に、ヤンキーに魅せられている。
「俺…って、おかしいよな」
「なんで?全然おかしくない」
ダメなんだ。
志波におかしくないって言われると、そうなのかって。
俺はおかしくないのかって思っちまう。
親にも見放された俺が、おかしくないわけがない。
喧嘩に魅せられた俺は、狂ったように喧嘩をふっかけて、ふっかけられて。
病気だと思われて、病院にも連れて行かれたけどなんにもされなかった。
あるとき、もうあんたの好きにしなさいと言われた。
そう、見放されたのだ。
それから、親と話さなくなった。
「だって、親にも見放されたのに、俺……」
「俺は見放さないよ」
そんなの、嘘だろ。
ぜってぇ見放すに決まってる。
どうせ、俺が狂ったように喧嘩してたら、すぐに見放すくせに。
「絶対、見放さない。だって俺、支倉のこと好きだし」
そんなこと言って。
どうせ嘘なんだろ。
俺はわかってんの!
一ヶ月も経たないうちにもう見きれねぇ!って言い出すに決まって……。
なんて言った?
今、こいつ…。
「好き、って言ったのか?」
あり得ない。
こいつが、俺のことを好きだなんて。
これは、夢か。
そうか、それなら納得が…。
「うん。俺、支倉が好きだよ」
もしかして俺、明日死ぬ?
いや、もしかしなくても死ぬな。
なんでこんな至近距離で好きとか言われて、真顔でいれるやついる?
死なないやつ、いる?
いねぇ…、よな…。
「は、」
言葉が出ない、とはまさにこのことだ。
俺の聞き間違いじゃなければ、こいつ、今…。
俺のこと、す、好きって!
言ったよな!?
え、こ、これって、俺も好き…とか言ったら両思いになれるやつ!?
「ごめん。俺、考えて喋んの苦手でさ、思ったことすぐ言っちゃうんだよね。支倉、迷惑だよね。ごめん」
しゅんと大型犬がうなだれているみたいな格好をする。
なんでそんな耳が見えんだよ!
大きなふさふさの耳と尻尾が丸見えなんだよ、バーカ!!
そして、なんか言うタイミング失ってんじゃん、俺!
俺は脳みそをフル回転させてなんて言ったら志波は俺の気持ちをに気づいてくれるかを考える。
俺は志波みたいに素直じゃねぇし、どっちかって言うと嫌な態度取っちまうほうだし…。
あー!もう!
どうしたらいいんだよ!
もう嫌になって、頭をかきむしる。
ボサボサになった頭を大きい手が優しく撫でる。
「俺も、支倉みたいにちゃんと考えて喋れたらなー」
おい、それは人の頭をわしゃわしゃと撫でまわしながらいうことか。
でも、なんか、上手く言えねぇけど。
…撫でられんのってこんなに嬉しいんだな。
大きい手でゆっくりと優しく撫でられる。
よく頑張った、って褒められてるみたいで、悪い気はしない。
「…俺は、お前のなんも考えないで喋れるところが欲しかった」
「えー。それ、褒めてる?」と笑う志波はちょっと無理をしてるみたいだった。
「その…。好き、だ」
タイミングミスったー!!!
なんで今言うんだよ、バカ!
脳内でショート起きたか?
恥ずかしすぎて目も合わせられない。
うつむいて、真っ赤になっているであろう顔を両手で覆い隠す。
ちらりと志波を見ると、手を止めて目を見開いている。
そりゃそうだよな…。
なんで今言うんだよって感じだよな…。
「悪ぃ…、今のは…」
なし。
と言いかけとき、志波が遮るように言った。
「びっくりした」
だろうな。
俺もびっくりした。
「けど、すごく嬉しい。ほんと?」
「何がだよ」
何度も言わせんな!
俺は大事なことは一回しか言わねぇ質なんだよ!
「今の。支倉が俺を好きって、ほんと?」
じりじりと志波が迫ってくる。
「俺は、嘘なんか言わねぇよ」
だーかーら!
近い!
そのつよつよ顔面を間近で見れねぇからちょっと離れろ!!
「もう明日死んでもいい…」
それはこっちのセリフだっての!
「支倉は俺のこと嫌いなんだと思ってたから…」
「はぁ?そんなわけねぇだろ!」
「え、そうなの?」
しまったー!
つい、癖で…。
「俺だってお前のこと好き、だし…」
もうヤケになって、そう言うと、志波が抱きついてきた。
「くっつくなって!」
「なんで?暑い?」
なんでこんな子犬みたいな目で見るんだよ。
俺はこの目に、この顔に弱い。
知ってた。
「そ…、じゃなくて…」
頭に「?」を浮かべて、じっと待ってくれている。
ほんとに犬見みてぇ。
「その、なんつーか…。心臓持たねぇからくっつくなって言ってんだよ…」
「何それ。可愛い。余計やめない。もっとする」
さっきよりも強い力で抱きしめてくる。
「お前、今何聞いてたんだよ。やめろって言ってんだよ」
ちょ、これはガチで苦しい。
けど幸せだからもうなんでもいい。
「だって、そんな可愛い理由言われたら、余計やめたくないじゃん。むしろ、もっと困らせたい」と目をキラキラと輝かせる。
こ、こいつ…。
性根が悪い……。
まぁ、俺ほどではないか。
「んー」
肩にぐりぐりと頭を押し付けてくる。
どうしたらいいのかわからず、手をさまよわせる。
「俺さ、親がずっと仕事につきっきりだったから甘えたこともなくて」
俺と同じだ。
昔から親は二人とも仕事に出ていて、帰ってきたらくたくたで遊んでもらう余裕なんてなくて。
甘える暇もなくて。
「だからさ、交換条件!」と明るい声で言った。
「俺が支倉に甘えて、支倉が俺に甘える!それなら平等じゃない?」
「ま、まぁ…、それなら…」
まるで人懐っこい犬みたいだ。
いつも後ろをついて歩いて、時々ねだるように上目遣いでみてくる。
…犬飼ったことねぇけど。
イメージだけど。
そんな感じじゃん!?
「志波って、犬みてぇだよな」
さっき撫でられたみたいにわしゃわしゃと頭を撫でる。
甘えさすってこんなんでいいのか?
「それを言うなら、支倉だって。猫みたい」
猫ぉ?
俺がぁ?
俺はそんな可愛い動物じゃねぇよ!!
も、もっと凶暴な…。
凶暴な……。
凶暴な?
ラ、ライオン、とか?
自分でもわかってるっての!
的はずれなこと言ってることはわかってるんだよ!
けど、なんか、あんな毛玉みたいなもふもふのちっさい可愛い生きもんが俺に似てるだなんて…。
なんか申し訳なくねぇ!?
え、そう思うの俺だけ?
ってか、もうちょいかっこいい動物が良かった…。
けど、仕方ないよな。
なんせ、俺は小さくて可愛いんだもんな!
自虐的になっちまった…。
だって、志波がちっちゃいだの可愛いだの連呼するから…。
「あったかい」
思考を遮ったのは志波のつぶやきだった。
「は?」
あったかい、か。
なんか、今までずっとあったのに言い慣れない言葉だ。
「あったかい、んだね。人って」
「確かに、あったかいな」
ぎゅうっと抱きしめられている手から伝わる体温を確かめながら言った。
「初めて知った…。もっと……」と言いながら俺を持ち上げて膝の上に座らせた。
…俺ってこんなに軽かったっけ?
「ちょ、志波」
首に息が……。
かかってんだよ!
とりあえず、離れてくれねぇ…?
腕を外そうとするが、がっちりホールドされてて身動きが取れねぇ。
ってか、こいつ…。
寝てる!?
反応がない…し、規則正しい寝息が…。
クソっ!
こんなところで寝るなよ!!
風邪引くだろ!
しゃ、しゃーねぇから俺が湯たんぽ代わりに……。
なりてぇけどなれねぇ!!
神様!
俺は来世は湯たんぽに…!
って、何バカなこと言ってんだ!
「おい、志波!起きろって!」
肩を揺さぶるが、まったく起きる気配はない。
「んぇ?」
目を開けたかと思えば、首筋に噛み付いてきた。
「ひゃっ!…バッ!…何してんだよ!ちょ、やめろって!!」
舐められたり甘噛みされたり好き勝手された。
汗だくだから汚ねぇし!!
っつーか、フツーにくすぐってぇからやめろ!
「寝ぼけんな!!」と頭を軽くはたく。
「ダメだった?」
こいつの前世、ぜってぇ犬だろ。
いや、狼か…?
「ダメに決まってんだろ、バーカ!」
「えー、支倉のケチー」
「ケチじゃねぇ!くすぐってぇからやめろって言ってんだ!」
「へぇ〜。くすぐったいんだ」
ギラリと光るその目は肉食獣そのものだ。
やっぱ狼だなー。
なんて悠長なことを考えている暇もなく、押し倒された。
そう、この俺が。
腕っぷしの強さでは学年一を誇ると言われたこの俺が。
強い。
本能的にそう感じた。
こいつにはそーいうオーラみたいなもんがある。
「頭打ってない?ごめん、ちょっと前に倒れて……」
あたふたとしている志波からはもうさっきのオーラは感じ取れなかった。
隠してんのか。
わざとなのか、はたまたこいつお得意の天然なのか…。
まぁ、なんでもいい。
不覚にもドキッとしてしまった…。
こいつ、こんな一面も持ってやがるのか…。
ますます面白い。
というより、かっこいい!!
あのギラついた目!
まるで今から獲物を食すみたいだった…。
狩られる側の気持ちがちょっとわかった。
ような気がした。
も、もう一回今の、やってくれねぇかな…。
睨んでほしい。
とか言ったら志波、ぜってぇ引くよなー…。
「はぁ…」
思わずため息をついた。
「なんか嫌なことあった?」
「なんで」
気づくんだよ。
いらねぇんだよ。
その優しさ。
俺に優しくすんなよ。
「ため息ついてるから。ほら、さっき甘やかさせてくれたでしょ?今度は俺の番!」と手を広げる志波に、俺は素直に言うことにした。
「じゃ、じゃあ言うけどよ…。さ、さっきの、もっかいしてくんね?」
「さっきの?」
志波は怪訝そうな顔をして俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
だーっ!
そーうことじゃねぇんだって!
と思いながら大人しく撫でられていた。
「撫でられるの好き?」
手が頭から頬に移る。
「…別に」
頬に添えられた手があたたかくて。
大きくて。
安心する…。
「嬉しそうな顔するくせに」
志波が聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで言った。
俺はそれを聞き逃さなかった。
「バッ!そんな顔してねぇし!」
反論すると、志波は首を傾げた。
「じゃあ、無意識?」
そう言われると何も言えない。
ずるい。
天然って、ずるい。
「もうこんな時間か…」
部屋の時計を見てぽつりと言った。
五時を少し回ったところだ。
そろそろ帰ったほうがいいのしれない。
「志波、俺そろそろ帰るわ」
立ち上がろうとすると、袖を掴まれた。
「えぇー。もう帰るの?」
まるでだだをこねる子供みたいだ。
「だってこれ以上居ても迷惑だし……」
「せめてご飯の時間まで居てよ。俺、支倉と話すの好きだから」
なんでこんなストレートに言えんだよ。
俺は無理だ。
俺は志波に憧れているのかもしれない。
素直になれない自分を変えたいと思っているのかもしれない。
もしかして、俺は志波が好きなんじゃなくて…。
という考えをもみ消した。
「やっぱりだめ?」
「いや、志波がそこまで言うなら…」
「やった!じゃあ、ゲームでもして待っとく?」
うきうきとした様子でゲーム機を探す志波に声をかけた。
「なぁ」
「ん?何?」
「志波はなんでそんな…素直になれんの」
なんか日本語トチ狂ったー!
ストレートに言えんの、つったら皮肉に聞こえそうだったからやめた。
代わりに素直に言えんのって言おうとしたらミスった…。
「良い感情は前面に。悪い感情は後面に」
冷たい声で言い放ったその言葉が、心に刺さってなかなか抜けない。
昔からそう教えられてきたのか?
なぁ、志波。
俺はお前の感情全部を見たい。
悪い感情なんてねぇよ。
喜ぶのも、怒るのも、泣くのも、楽しいのも、全部お前の感情じゃんか。
「…俺はお前の全部が見たい。お前が笑うところも、泣くところも、怒るところも、全部見たい」
言いながら俺は泣いていた。
ぽたぽたと目から溢れた滴がズボンを濡らしていく。
「なんで支倉が泣いてんの。…でも、ありがとう。俺、ちょっと楽になった」
楽になったならそれでいい。
俺はお前が幸せだったらそれでいいんだ。
なんで、そんなこと…。
思うんだよ。
俺は、こいつが好きなんじゃなかったのか?
志波も俺のこと好きだって言ってくれて、嬉しかったのに。
なんで、俺はそれを素直に喜べないんだよ。
「支倉?」
「俺、お前みたいに素直じゃねぇし、思ったこともすぐに言えねぇし、ヤンキーだし、最低だよな」
ああ、もう。
ぐちゃぐちゃだ。
「なんで?そこが可愛いんじゃん」
「は、?」
「照れ隠しで言ってるの気づいてるし。反応が可愛いからつい意地悪したくなっちゃうんだよなー」
気づかれてた。
志波は、ちゃんと気づいてた。
だから、こんな俺に好きって…。
「志波のバカ!」
俺が照れ隠しにそう言うとこんなふうに笑うのも、全部気づいてたから?
初めて敗北を味わったような気がした。
相手のほうが一枚上手で、俺のことをちゃんと見てくれてて、意地悪なこいつに、負けた。
「あと、俺…」
ぐいぐいと距離を詰めてきて、耳元で囁いた。
「支倉の泣き顔が一番好き」
「っ〜!!」
泣いてるとこなんか、誰にも見せたくなかったのに。
天然って怖ぇ…。
ずかずか入ってきてほしくねぇところまで入ってきて、踏み荒らしていって、心ん中ぐちゃぐちゃにして…。
「もうほんと、お前サイテー……」
「あー、可愛すぎて困る」と言って抱きしめてくる。
ぐっ。
窒息するからやめてほし…。
でもまぁ、幸せだからちょっとくらいは許す。
その後、飯ごちそうになって(すごく美味かった)家に帰った
次の日から志波はどこへ行くにも俺の後をついてきた。
「支倉!」
一緒にお昼食べよ、だろ。
「わかってるっての」
ほんと、志波はおれにべったり…。
って、なんだあれ。
女子が志波と腕組んでる…。
ボディタッチにしてはやりすぎじゃねぇ?
っつーか、なんで志波が許してんだよ。
俺だって腕組んで、えぇー、あれはヤバいだろー、だって、パセリなんだぜ?とか言いてぇ……!!
べったりじゃねぇか。
ん?
なんか渡してる…?
可愛くラッピングされた何かを手渡している。
は!?
おい、今日はバレンタインじゃねぇぞ。
ってか、あいつ……。
モテるのかよ!
いや、知ってた。
知ってたけど…。
改めて見るとなんか嫌だ!
とか言ったら俺のわがままになるしな…。
で、問題はそれを笑顔でもらってる志波だ!!
そんなニコニコする必要ねぇだろ!
ありがとーくらいでいいんだよ!
別に、そんなやつに愛想つかされても特に困んねぇだろ。
適当に流してこっち来い。
昼飯食う時間なくなるだろ。
とか思ってたら小走りで俺のところに来た。
「ごめん、ごめん。引き止められちゃって」
なーにが引き止められちゃってー、だ。
「…あっそ」
素っ気なく答える。
態度悪い…よな。
けど、お前が悪いんだからな!
お菓子とか、断われっての!!
「今日は何食べるの?」
前の席の椅子を反対に向けて座る。
「別に。いつものやつ」と言いながらコンビニで買ったパンを頬張る。
「購買で買ったやつ?」
弁当を広げながら聞いてくる。
どーでもいいだろ、そんなこと。
「購買は混むから。コンビニ」
「そうなんだー」
気まずい…。
っつーか、距離近いんだよ。
みんなと距離近ぇじゃん。
俺とだけだったら。
なんて、俺のわがままだよな。
バレンタインでもねぇのに!
菓子なんかもらいやがって!
別に羨ましくなんか…。
…わかった。
お前がそのつもりなら俺も対抗してやる。
待ってろよ、バレンタイン女子ー!!
とっさにつけた名前だが、案外しっくりきている。
いや、そうじゃねぇんだよ。
何あげたらいいんだ?
やっぱ、対抗するなら菓子か…?
でもあいつ、甘いの苦手だって言ってた気がする。
「…お前さ、甘いの苦手だったよな」
「うん。あんまり好きじゃないかなー」
教室にさっきの女子が居ることを知って知らずか〜はそこそこ大きい声で言った。
女子は青ざめている。
中身は相当甘いのだと見た。
じゃあ、抹茶とか…。
そんな感じのがいいのか?
「でも、これは好きとか食べれるとか言うのはあんだろ」
「んー。ビターチョコとかは好きかな。あと、抹茶」
じゃあ、ティラミスとか?
抹茶…はパウンドケーキとか?
こんなにスイーツがぽんぽんと出てくるが、俺は一つも作ったことがない。
俺が甘党だから食べたいなって思っただけで…。
でも、作り方とか知らねぇし…。
誰に聞くかが大事だよな。
残念ながら俺に女兄弟はいない。
だから、誰に聞けば……。
さすがに女子に聞くのは気まずい。
っていうか、その前に逃げられるだろ。
なんか、恐れられてる?らしいし。
じゃ、じゃあ!
最終手段だ。
家庭科の教師?いただろ。
そいつに聞こう!
それならパウンドケーキだかブラウニーだかも怖くない!
「家庭科の先……生誰か知ってるか?」
少し迷ってから先生に変えた。
ヤンキーは先公と呼ぶという暗黙のルールみたいなのがあるらしいが、今の時代に使うと死語だ。
「西山先生でしょ?ほら、あのほっそりとした女の人…」と廊下を指差す。
そこにはおっとりとした感じの女が歩いていた。
女なのは気に食わねぇが、仕方がない。
背に腹はかえられねぇし。
それに、こいつがほんとに俺のことを好きならし、嫉妬とかしてくれ…。
ぶんぶんと頭を左右にふる。
いや、そんなわけねぇよな。
「俺、行ってくる」
がたんと音を立てて、椅子から立ち上がる。
「え、どこに!?」
志波の声を背中で聞きながら教室を飛び出して家庭科の先生を追いかける。
抹茶か、ビターチョコ…。
何が良いのか全然思いつかねぇし…。
なんか聞いたらわかんだろ!
「あの!俺に、菓子作り教えてほしいんすけど!!」
ヤケクソ気味に放った言葉が廊下に響く。
先…生はゆっくりと振り返る。
「お菓子?」
透き通るような声だった。
これは影でモテるタイプだろうなと柄にもなく思う。
「あ、えと、抹茶かビターチョコで作りたいんすけど…」「あ!で、できれば簡単なやつ……」
しどろもどろになりながらなんとか要望を伝える。
「うーん……」
腕を組んだまましばらく考えあぐねていた。
や、やっぱ簡単なやつとか無理だよな。
だって、菓子作んのとかむずいだろうし。
もうむずくてもいいんで!と言いかけたとき、遮るように言った。
「じゃあ、ロールケーキとかは?」
「ロール、ケーキ?」
あのスポンジ焼いて、クリーム乗っけてくるくるするやつ…?
それなら俺でも…。
って、そんなに簡単じゃねぇよな。
「うん。それなら味も変更もできるし…。どうかな?」と微笑む。
「じゃ、じゃあ、それで…」
もうこの際はなんでもいい。
「わかった。いつ渡すの?」
「いや、いつとは…。って、知ってんのかよ!」
思わずタメ口になる。
先生は気にすることなく笑いながら去っていった。
「なんだあれ…」
まぁ、とにかく、教えてもらえるならいいか。
教室に戻るともう志波は食べ終わってたらしく、自分の席に戻ってる。
俺まだ食い終わってねぇのに。
ちょっと待っててくれてもいいんじゃねぇ?
俺は、お前と話しながら食うのが好きなのに…。
こーいうとこがダメなんだよな。
わかってる。
でも…。
ちょっとくらい欲張ってもいいじゃんかよ。
それか、俺があんな態度取ったからもう嫌になったのか?
今謝りに行くか…?
でももう授業始まるしな…。
本鈴がなるまであと五分。
急いで菓子パンを腹の中に詰め込む。
くそっ。
時間がねぇ…。
余裕もねぇ…。
上手いこと言ってんじゃねぇよ、と自らツッコむ。
それから、志波とはギクシャクしたままもう一週間が経とうとしていた。
家庭科部のみんなと練習してみたら?と言われ、部員と一緒にコツを教わりながらロールケーキを作る練習していた。
失敗に失敗を重ね、ようやく食えるほどにはなってきた俺のロールケーキ。
「えー、めっちゃうまそー」
家庭科部の数少ない男子、笹山が話しかけてくる。
チャラチャラしてっけど、悪いやつでは無い…と思う。
「え、それな!」と食いついてきたのは鈴木だ。
鈴木は明るくて俺なんかにも話してくれる数少ない女子だ。
最初はビビってた家庭科部の部員たちも、俺がただの甘党だとわかると気兼ねなく話しかけてくるようになった。
「いや、まだまだだろ。もっと、美味くしねぇと」
出来上がった試作品を、口に運びながら言う。
もうちょい抹茶強くてもいいか…?
いや、上から抹茶の粉みてぇなのかけるし、このままで…。
「ストイックだなー」
「別に、そんなんじゃ…」
「やっぱり、恋人とか?」
かぁっと顔が熱くなる。
こい、びと…。
なんだよな。
なんか改めて言われると恥ずい…。
「図星だぁ……」
ニヤニヤしながら鈴木が言う。
「え、誰、誰?」
「…言わねぇ」
別に、志波が男だからとかそーいうことじゃない。
ただ…。
恥ずかしかっただけだ。
「えぇー、そんな事言われたら気になるじゃん!ねぇ?」
鈴木に同意を求めるも、「まぁ、だいたい察しはつくけど」と冷たく返されていた。
「はぁ!?」
「なんで?誰?なんでわかんの?」
「だって、バレバレじゃん」と苦笑する。
「うるせぇ!!」とそっぽを向いたときに扉の前で悲しそうな、起こってるような顔をしている志波が見えた。
「あ………」
もうバレたらしょうがないと思ったのか、ずんずんと俺のほうに来る。
「ちょっと支倉、借りて行ってもいいですか」
返事も聞かず腕を取って歩き出す。
なんか怒ってる…よな?
空き教室に連れて行かれた。
あ、ここ、俺の昼寝場所。
屋上は最近あちぃから、ここで寝てるんだよな。
「やっぱり女の子が良かった?家庭科部、入るの?それとも、あっちの男子のほう?」
なんか、めちゃめちゃだ…。
ってか、そんな心配しなくてもお前意外興味ないっての。
って言いてぇけど、ロールケーキのことがバレたらまずい…。
「関係ねぇだろ」
「そうだね。俺には関係ないもんね。どっちと付き合うか知らないけど、仲良くね」と言って出ていこうとする志波を呼び止める。
「何?」
気だるげに言ってるところも絵になる。
イケメンこえぇ…。
って、そうじゃねぇ!
ちゃんと、俺の気持ちを伝えねぇと。
恥ずいけど、ギクシャクしたまんまは嫌だから。
「俺はお前しか興味ねぇから!俺もこそこそやってたのは悪ぃけど…。も、もともと、お前が悪いんだからな!!」
「つまり、支倉は俺のことしか好きじゃないってこと?」
「っ〜!!」
恥ずい。
超恥ずい。
なんでそんなストレートに言うんだよ。
「で、なんで俺が悪いの?」
ギ、ギラギラしてる…。
やっぱまだ怒ってんのか?
「菓子…ニコニコしながら受け取ってたじゃねぇか。それで、俺もその…。対抗しようとして……」
「対抗!?」といって笑う。
久しぶりに見た。
素で笑うところ。
やっぱ、お前はそっちのほうが楽しそうでいいな。
「なっ…!!笑うことないだろ!こっちは真剣だってのに……」
「だから面白いんじゃん!」
どこが面白いんだ、と頬をふくらませる。
ひとしきり笑った後ふと真面目な顔になって「でも、支倉が真剣に考えてくれたの、嬉しい」と微笑んだ。
もうバレたなら仕方がないと思って、
「その。えと…。まだ試作品だけど、ロールケーキ、食うか?」
「うん!」
「で、でも、まだ練習だからまずいし…。今日は上手く出来なかったし…」
急に自信がなくなってきた。
誰かに食べてもらったことなんかねぇし、こいつの好みに合うのかもわかんねぇし…。
「大丈夫だよ。支倉の気持ちが嬉しいから。だから、ね?上手く出来てなくても、大丈夫だから」
志波は必死そうだった。
きっと、俺が泣きそうな顔をしていたからだろう。
バカみたいだ。
俺なんかのためにそんなに必死になって。
とか言いながら泣いてる自分が一番恥ずかしい。
「ほら、そんな顔してたら心配されるよ?」
別に、そんなことはどうでもいい。
また泣き顔見られた…。
もう、こいつといたらドキドキしっぱなしだ。
「早く拭って」とハンカチを差し出してくる。
それと、行動と顔がイケメンすぎるんだよ、バーカ。
「…わーってる」
とりあえず今お前の顔見れねぇからちょっと離れろ。
今ぜってぇ顔赤いし、変な顔してるから見んな。
「言ったからね」といって頬にキスを落とした。
「は?え、あ?俺、の!ファ!?…バッ!」
あまりのことに心も頭もぐちゃぐちゃだ。
パニックになる俺をよそに、志波はくすくすと笑っている。
空き教室を出て一緒に家庭科室に向かう。
「…もうロールケーキ食わしてやんねぇ」と冗談まじりで言ってみる。
「えぇー、やだやだ。支倉のロールケーキ食べてみたいもん!」
子供みたいにだだをこねる。
嬉しいような、くすぐったいような。
「死ぬほど甘くても?」
「…うん」
「死ぬほどまずくても?」
「うん」
自分が言わせたくせに、やっぱり恥ずかしい。
…お前、優しいな。
きっと俺はこれからもその優しさに救われるんだろうな。
「しゃあねぇなぁ…。今回だけだからな!」
「やだ。もっと食べたいし」
「そ、そんなに言うなら…」
って、何流されてんだ、俺!
勢いよく扉を開ける。
「あ、帰ってきた」
「なぁ、まださっき作ったやつあったよな」
「うん、あったと思うよー」
志波に適当に座って待っててくれと言って、まだ試作品段階のロールケーキに抹茶の粉を振りかける。
「バレたんだ?」
皿とフォークを持ってきてくれた鈴木が聞いてくる。
「ん…。なんか、ギクシャクしたまんまは気まずかったから。バラすことにした」
「へぇ〜。ヤキモチ?」
「…そんなんじゃねぇし」
そっか。
俺、知らない間にヤキモチ焼いてたのか。
志波が誰かと話してるだけで不安になるし、もう俺なんかとは話してくれないのかなって思って…。
俺は思ったよりめんどくせぇやつだったのかもしれない。
でも、めんどくせぇのは志波も一緒だし?
はは、似た者同士ってわけか。
ある意味お似合いだな。
「…ぜってぇまずいけど、文句言うなよ」と言って志波にロールケーキを差し出す。
志波は黙ってフォークで一口大に切り分けて口に運ぶ。
俺が食うからってちょっと抹茶甘めにしたんだよな。
「どうだ?」
甘かったら悪ぃ。
お前が食うとか知らねぇし。
「…すごく美味しい。ありがと、支倉」
誰かにお礼を言われるのも、悪い気はしない。
「バッ!べ、別に……」
大したことじゃねぇし。
俺の気が向いたら作ってやってもいいぜ。
なんて、上からすぎるよな。
美味い、美味いと言って食い進める志波を見てると、俺のまずいロールケーキも本当に美味しそうに思えてきて。
「よかったね、支倉」
「何がだよ。なんも良くなんか…」
ちょっと褒めてもらったからって、調子に乗ってたらまた…。
志波は気を遣って言ってくれてんだぞ。
だって、俺のが美味いわけ…。
「あぁ〜あ、泣かせちゃった」
はっとして顔を上げる。
慌てて頬を触る。
けど、滴は流れてなかった。
「は?泣いてねぇし!」
「えぇー?泣いてんのー?」
笹山がからかうような口調で言ってくる。
「だから、泣いてねぇって!!」
いつもは照れ隠しとかだけど、今回はホントなんだからな!
志波が何か呟いた。
なぁ、今なんて言ったんだ?
と聞く前に「ごちそうさま!」と言って立ち上がった。
「ほら、行くよ!」と俺の手を取って歩き出そうとする。
「は?いや、片付けとか…」
あるし行けねぇよと言おうとしたら笹山と鈴木が任せな!と言わんばかりにグッドサインをしている。
「はぁ…。悪ぃ」
かばんを持って志波に手を引かれて一緒に帰る。
そう言えば、一緒に帰るの、久しぶりだ。
最近は菓子作りで忙しくて、こうやって二人きりになる機会もなかったし。
また、こんなに近くで見れるんだな。
「支倉ってさ、俺の顔、好きでしょ」
「は、はぁ!?」
好き。
じゃ足りないくらい好きだ。
初めは顔だけだった。
イケメンだなって。
思って、気になってた。
目が大きくて、いつもニコニコしてて、鼻筋が通ってて、みんなから愛される「天然王子」は俺と住む世界が違って見えた。
俺が見てたのはそれだった。
けど、今は違う。
お前の優しいところも、嫉妬深いところも、俺をからかってくるところも。
全部ひっくるめて好きなんだ。
「ばーか」
そんなのじゃ足りないくらい、好きじゃ足りないくらい好きだ。
って言ったら志波が調子に乗るから言わねぇ。
ちらりと志波を見ると、目があった。
ふと微笑み、「可愛い」とつぶやいたのが見て取れた。
恥ずかしくて何も言い返せなかった。
いや、言い返さなかった。
俺は夕焼けのように赤く染まった顔を背けた。