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異世界恋愛の短編小説

告白の前に

作者: eri
掲載日:2023/02/25



 街を歩いていると、すれ違った女性が突き飛ばされ、荷物を持ち去られた。


 カレンは驚きながらも、倒れ込んでしまった女性に手を貸し、助けおこす。

 犯人の行方を目で追えば、さほど遠く無い所で、男性に腕を捻り上げられていた。



 駆けつけた警邏隊が犯人を連れて行くのを見送り、ほっと息をつく。


 男性は、そんなカレンに目を向け、「君は大丈夫か?」と声をかけてくれた。

 犯人を捕まえた彼は、精悍で整った顔立ちをしている。

 気遣ってくれた優しさを嬉しく思いながら、カレンは大丈夫だと答えた。


「なら良かった」

 彼は表情を緩め、満足そうに頷く。

「あなたこそ、お怪我はありませんか?」

「全く無い」


 これが、ラリーとの出会いだった。

 



 ラリーは度々( たびたび)、カレンが営む雑貨店に足を運んだ。

 他愛もない会話の後に、カレンが刺繍したハンカチを買って帰って行く。




 そのハンカチを使っている姿を実際に目にした時、カレンは嬉しさで胸が苦しくなり、そんな自分に動揺した。


 商品をお客様が使用するなんて、普通の事なはずなのに、どうして……。

 疑問に思い、ハッとして、カレンは自分の恋心に気付き、頬を染めた。




 ラリーは魔道具師だった。顧客からの依頼をもとに仕事をしているという。


 魔道具について、彼が話してくれる事もあるが、言い回しが専門的すぎて、カレンにはほとんど理解できない。

 しかし、内容が理解できない事は彼女にとって、さほど問題ではない。


 何かに熱中した時、ラリーは他が(おろそ )かになってしまう傾向があった。

 周りが見えなくなった分なのか、全てを濃縮した様に力強くキラキラする青い目に、カレンは魅了されている。



 今日も、新しい魔道具を見せてくれるらしい。

 閉店後の明かりを落とした店内で、ラリーはテーブルの上に魔道具を置いた。


 球体のそれに、彼のすらりとした指が滑る様に触れると、真っ黒な表面にポツポツと光が灯っていく。

 その光によって、天井に満天の星空が映し出された。


「すごい……」

 単純な賞賛が口から溢れ、ラリーが得意げな顔をする。キラキラする青い目を見て、カレンは幸せな気持ちになった。


 幻想的な光景が、じわりと親密な空気を作り出していく。

 もしかしたら、告白するタイミングかもしれない。



 彼とは、何度も二人きりで会っているし、デートに出かけた事もある。

 好意は少なからず感じているけれど、それが恋人なってくれる程のものなのかはわからない。


 どうしよう、なんて言おう。言葉を探しながら、間をもたせるように彼へ尋ねた。

「ラリーには、恋人いる?」

 もちろん、いるだなんて思ってない。

 この質問は、あなたの女性関係が気になりますよ、という告白の前置きの様なものだ。




「恋人はいないが、婚約者がいる」


「……え?」


 彼の言葉にカレンは驚愕した。

 彼女の、まじまじとした視線を受け、ラリーは気まずそうな表情をする。


「俺には、親に決められた婚約者がいるんだ」

「……もっと、早くに言って欲しかった」


 好きになる前に。


「すまない。言うタイミングが分からなかった」


「ウチの店で小物選んで、これ婚約者にあげるんだ、とでも言えば良かったのよ」


 告白しようと、もじもじしていた自分がバカみたいで、その羞恥心から恨みがましい言い方になってしまう。そんなカレンに、彼は首を振った。


「それでは嘘になる。お互いが望んだ婚約では無いし、今も望んでいない。私的なプレゼントを交換したりしない」


 ラリーには悪いけれど、言い訳じみていて、全く心に響かない。

 浮気男の『妻とはうまくいってない。家には居場所がないんだ』などの常套句と同列に感じる。


 それより気になるのが、この男が、婚約者がいるにも関わらず、( 自分)と二人っきりで過ごしていた事だ。


 カレンからすれば、勝手に浮気相手にされていた様なものだ。

 友達のつもりだったと言うなら、それは独り身だから許される距離感だと説教してやりたい。


 ……まさか、私は愛人候補だったのだろうか? 


「ラリーって、もしかして貴族?」

「それは……」

 彼は眉を顰めて口籠った。


 貴族だとしたら、婚約者がいる方が普通なのかもしれない。

 それ以前に、平民の女を妻になんて、最初からあり得ないのだろう。


 別に、いきなり結婚を考えてた訳ではないけれど、愛人前提の付き合いなんて、カレンは求めていない。 



 ……諦めるしか、ないんだ。



「カレン」

 彼はひどく真剣な顔をして、強い視線をカレンに向けた。


「婚約破棄するつもりだ。だから」

「絶対にやめて!」

 何言ってるの?! この人!

 カレンの勢いに、彼は肩を跳ねさせ、目を見開いた。

「……え?」

「略奪愛なんて、私は絶対しないから! 婚約破棄なんてする人、ありえない!」


 ラリーが絶望的な顔をするが、カレンだってショックだ。

 婚約みたいな重要な契約を、まるで大した事ないかの様に言う彼が理解できない。

 

 居心地の悪い沈黙の後、「不快な思いをさせて、すまない」とラリーが、ぽつりと言った。

「実は、しばらく会えなくなるんだ。けど、絶対また会いにくる」


 会えないと聞いて、胸がずきりと痛んだ。諦めると決めたはずなのに。


「私は、婚約破棄して欲しいなんて思ってないからね」

「わかった」

 念を押すカレンに、ラリーは神妙に頷く。


 彼を見送ったカレンは、項垂れてため息をついた。

 彼があまりにも切ない顔をするから、会いにくるなとは言えなかった。いや、それは言い訳だろう。自分がまた会いたいだけだ。


 けれど、彼にパートナーがいるとわかった以上、今まで通りの距離感は許されない。

 





 宣言通り、あの日から彼は訪れない。


 このまま、二人の関係は会う事なく終わるのかもしれない。

 そうなってくれた方が、面と向かって拒絶するよりずっと容易い。


 浮気相手になるのは絶対に嫌だし、彼を奪って、相手の女性が傷つく罪悪感にも耐えられない。

 だったら、彼を諦めるしか無い。


 どちらにしても、身分差のある二人が結ばれるという未来は無いのだろうし。


「つらい……」


 それもこれも、ラリーが思わせぶりだったのが悪い。と、カレンは腹立たしく思った。

 



「婚約破棄の話、聞いたか?」


 夕食として訪れた食堂。隣のテーブルの会話が耳に入り、カレンは( むせ)た。


「第一王子の話か?」

「それだよ。王子様がパーティーでいきなり婚約者を名指しして、婚約を破棄する! って、言ったって」


 へえ、王子様の話かと関心を持ちつつ、カレンは胸を撫で下ろした。

 驚いた。ラリーの話かと思った。


「女を侍らせながら、婚約者を国外追放にしたんだって」

「うわ、ひどいな。ってか女って何? 王子、浮気してたって事?」


 ご飯が不味くなる様な話だった。やっぱりラリーは関係ないなと確信する。

 そんな酷い男が彼である筈がないのだから。



 



 あの噂を聞いてから数日後、ラリーが会いにきた。


 話をしたいと言う彼を、さっき閉めたばかりの店に入れる。

 こんな風に二人きりで会うのも最後にしようと改めて決意し、目の奥がジンと痛んだ。


「これ、つけて良いか?」

 星空の魔道具だ。カレンは頷き、明かりを消して、準備を手伝った。


 暗ければ、泣きそうになったとしても気付かれないだろうから。



 ラリーが作った星空の下、二人は向かい合って椅子に座った。



「改めて、元王子のローレンスだ。今まで通り、ラリーと呼んでくれ」


 カレンはぽかんとした。

 

 信じられない思いで「王子様なの? 本当に?」と、確認すれば「ああ。今は平民だがな」と真面目な顔で返された。


 困惑しつつも、とりあえず噂について尋ねれば、事実だと言われてしまい、カレンはもう言葉が出ない。



 彼が噂の王子様の様な行動を取るとは思えない。それなのに彼は事実だと言う。

 だとしたら、一体どんな事情があるんだろう。


 自身の思考の流れに、カレンはハッとした。


 結局の所、自分は彼の人柄を信じ、ひどい男だと思いたく無いだけなのだと気づいたからだ。


 彼は話をしたいと言った。カレンが知らない事実を話してくれるのだろう。

 それを聞けば、カレンの胸を淀ませている、彼の人物像の矛盾が解けてくれるかもしれない。



 彼女の聞こうという姿勢を感じ取ったのか、ラリーは話し始めた。


「俺は昔から、弟の方が次の王として相応しいと思っていた。だが、兄である俺が王太子になる事は生まれた時に決まっていた」


 彼は椅子に深く腰掛け、膝に肘をついて指を組んだ。


「俺は、広く人を、物事を見るのが苦手だ。( まつりごと)よりも、魔道具を作ってる方が( しょう)に合う。問題を解決しようと集中すると、それ以外が見えなくなってしまうんだ。視野が狭くて自己中心的なのが悪いとわかっているが、どうやってもコントロール出来ない。俺は、与えられた仕事をこなす側の人間なんだ」


 彼の自己分析は、カレンの知るラリーと重なった。

 そんな彼の性質を、改善するべきものとする環境に、ラリーが身を置き続けてきたと知り、息苦しさに切なくなった。

 


「俺とは違って弟は優秀だ。弟を立太子させる方法を兄弟で模索した。しかし、お互いが傷つかない穏便な方法は思いつかなかった」


 淡々と吐露する彼に、カレンは口を挟む事なく相槌を打つ。


「そうこうしている内に、俺の婚約が結ばれた。彼女と交流した俺は、この人は婚約を望んでいないのではと感じた。調べると、彼女は十年前まで認知されず、他国で庶民として生きていたとわかった」


 ラリーは、自分が政治の采配を振るには力不足だと悩んでいた。

 なら、元庶民である彼女は自分の立場をどう思っているのか。

 さらに調べる事で、彼女の心はこの国ではなく、他国の故郷( ふるさと)にあると彼は確信した。


 そこで思いついたのが婚約破棄だと言う。



「俺は弟に相談した。弟を納得させた後は宰相に相談し、話を詰めて、最後に両親を説得した」


 カレンは目を丸くした。

「両親って、王様とお妃様?」

 ラリーは頷き、「両親も俺の悩みは知っていたからな」と、薄く笑った。


「俺が望んでいる以上、弟に王位を継がせる方が、兄弟にとって良いと思ってはいたらしい。……父上は、王家の醜聞と、未来の王の性質を天秤にかけた上で」

 そこでラリーは唇を震わせ、閉じ、こくりと喉を鳴らした。

「俺の幸せを願って、計画にのってくれた」


 カレンはラリーに走り寄った。彼の足元に膝を突き、そっと手を重ねる。

 手を握り返した彼は、カレンに顔を向け「前置きが長くなって悪い」と、微笑んだ。


「パーティー当日、俺に粉をかけていた令嬢を連れて、愚かな王子として婚約破棄を宣言した。婚約者に冤罪をかけて国外追放。その日の内に、元婚約者は国外へ旅立っていった」


 噂の出来事が、当事者によって語られていく。


「城へ戻った俺は、陛下に呼び出された。『公爵令嬢に冤罪とはなんて取り返しのつかない事をしたんだ』と、臣下達の前で叱責された俺は、継承権剥奪に加えて、王家からの追放となった」


 彼は、椅子に背中を預けた。カレンの手の甲を、彼の親指が撫でる。


「俺にアプローチしてきた令嬢の黒幕についても、弟が証拠を集め終えた。元婚約者の父である公爵には、顔に泥を塗った事で借りができてしまったが、弟としては権力を削ぐこともできたから問題ないらしい」


 ふっと視線を柔らかくして「あいつは本当に凄いんだ」と言いながら、ラリーは目をキラキラさせた。

 第二王子の事が、よっぽど自慢らしい。

 カレンが微笑ましく思っていると、彼は椅子から()り、カレンの向かいに座り込んで、目を合わせた。



「婚約者がいると言った日、君に婚約破棄をする人は嫌だと言われ、俺は……途方に暮れた。婚約破棄は、君と会う前から決めていたから」

 

 彼は緊張した面持ちをしながら、膝の上で拳を握りしめている。


「カレンが言った、浮気や略奪愛も、意味がわからなかった。だって俺達の婚約は政略で、本人の意思じゃない。愛なんてかけらも無いのに」


 カレンの心にモヤモヤとした澱みがよみがえる。言い返したくなるのを、唇を引き結んで耐えた。


「婚約者がいるって、もっと早く言ってほしいって言ってたけど、そんな事話せば、君が距離を置いて、仲良くなれなかった筈だ。そう考えた時、俺はやっと自分が、わざと婚約について言わなかった事実に気付いた」


 ラリーは自己嫌悪に眉を顰めた。


「婚約を隠して、君と親密になろうとした。浮気だと言われた意味もわかった。俺の後ろめたい行動が、君にそう感じさせたんだ。傷つけた俺を君が怒るのは当然だ」


 カレンの肩から、強張りが抜けていく。


「初めから婚約者がいる事を話して、適切な距離で友人として過ごし、婚約破棄をしてから、距離を詰めれば良かったんだよな……?」


 (うかが )う様な顔をする彼に、カレンはうんと頷いた。少しだけ口元を緩めた彼は、頭を下げた。


「傷つけてごめん」

 カレンの顔に、自然と笑みが浮かんだ。

「良いよ」

 ラリーが勢いよく頭を上げる。信じられないという様な顔に、カレンはふふっと笑った。


「許して、くれるのか?」

「うん。私が傷ついた事に気付いてくれて、何が悪かったか真剣に考えてくれたから、もう良いの」

 自分について、真面目に悩んでくれたのが嬉しい。あんなに腹を立ててたのに、我ながら単純だと思う。

 

「ありがとう」

 ラリーは噛み締める様に言った。

「カレン」

「ん?」

「俺には、婚約者も恋人もいない」

「……うん」


 彼の作った星空の下。ラリーの真剣な表情(かお )。カレンの心に、もしかしてという期待と、がっかりしたく無いが故の否定が急速に膨らむ。



「カレンを愛している。結婚してほしい」


 彼の煌めく瞳に見入りそうになりながら、カレンは震える唇を開いた。


「わたし、平民だよ?」

「俺もだ」

「そっか、そうだね」


 カレンが頷くと、髪が頬に流れた。ラリーがゆっくりと手を伸ばし、そっと耳にかける。

 一瞬触れられた耳が痺れる様に熱い。


 胸がいっぱいになったカレンは頬を紅潮させ、花咲く様に笑った。


「ラリー、大好き。お嫁さんにして下さい」



 目を見開き、顔を真っ赤にしたラリーは、勢い良くカレンを抱きしめた。





 

 最後まで読んで下さりありがとうございました。


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