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「貴方が私を見ていないことなんて、とっくに知ってるわ」
――女がわらった。
こつ、こつ、こつ。
軽やかな靴音が夜半に鳴り響く。
歩道に立ち並ぶ新緑の木々はかすかな風に揺られ、さわさわと、誰に主張するでもなく乾いた音を空に届ける。
小さな商店が建ち並ぶ質素な街並み。各々の軒先を彩るわずかな花々が端々を照らしている。
人気のない夜に、一つの影が伸びる。
姿はほぼ闇に溶け、唯一さらけ出された顔と手の肌だけが、人体を形作るように白く映える。
のそりのそりと、脚も重た気に這う姿を、街の光だけが追っていく。
その姿から微かに煙る香り。
鉄錆の香りが、空気に染み出して行く。その足取りは目指す先を見ていない。
こつ、こつ、こつ。
軽やかな音だけが何処とも無く響いている。