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「恋してたんだわ。ずっと。貴方が生まれる、ずっと前から」
――女がわらった。
豪奢な文化を継承する煉瓦造りの街並みは、既に深い宵を迎えている。
街の中心から伸びる大通りの最奥に佇むかつて豪華絢爛を築いたシャトーは、今や苔生した街の一遺産に過ぎない。日中は入館料を徴収し、ぼちぼちと生き長らえる廃墟同然の扱いを受け、経済を巡回させる一つとして機能している。
宵の街。路頭に点る灯りは、煙草の火と、家の窓からのぞく蝋燭。
栄華を極めたかつてから見れば幾分も廃れた街には、自然と格差が生まれる。軒並ぶ家々の煉瓦作りの壁を隔て、暖炉の火を持つものと路頭の陰に潜むものは、互いを見て見ぬふりをする。
外界の者からすると、本来同じ肌の色を持つ彼らは、肌、髪、瞳、風貌、すべてが異なっているように見える。
それほどまでにこの街は荒廃と栄華が交錯している。
その異常事態にさえ、当人たちはさして関心を持つわけでもない。
既に人々の他人への関心は薄れ、己に点る灯りだけを頼りに生きる術を見出している。己に陰が差せばそれは死に近付く兆しであり、光指す場所には自ずと生が芽生えた。
激しい争いのあとにそれらは顕著であり、光指す者達でさえ時には搾取の対象となった。
人間、すべての生き物が、この街で生きることに苦慮し、いつしか自分本位な生き方を自然と強いられるようになった。
毎日利用するバス停の隣に座った者の顔ですら、どうでも良いという風に。
――それ故に、気付く者は少ない。
宵に溶ける色の長髪と、地面まで届く煉瓦色のローブを纏った淑女の唇が、己の項に触れようとしていることなど。
それが、己の命までをも奪うことなど、もっての外である。