第31話 ギスギスした雰囲気
ど、どうも皆さん……。お久しぶりです。
水瀬彩夏さんのマネージャーを務めている川島絵梨と申します……。
といっても、もう忘れていますよね……。多分。
近況報告といってはアレなのですが……。
ここ最近、仕事にやっと慣れてきて生活にも落ち着きが出てきました。
上司さんにも怒られることが少なくなってきましたし、水瀬さんからも頼られる事が増えてきました。
マネージャーとしての責務。
これはしっかりと果たしつつあるのではないかと思っています。
ですが……。
それでも芸能の世界というものは、非常に恐ろしい場所です。
平気で裏切りやら嘘やらが飛び交うため、何が真実なのかを見定める必要があります。
あ、怪しい役者さんは特に要注意です……。
あれは本当に危ないです。危険です。
だからこそ、事件が起こる前に誰かが防ぐ必要があります……。
皆さんは、この世界を華やかしい場所だと思う人が多数いると思いますが。
実際は全然そんなことはありません。
むしろ逆です。
怖い人達ばかりです……。
普通の人でも、権力のある者に大抵潰されてしまいます。
皆さん、金欲と性欲に埋もれて沈んでしまうのです。
ひ、非常に残酷です。
でも。そんな世界だからこそ、一矢報いて頑張ろうという気持ちにもなれます。
もちろん、才能があって実力で勝利を掴み取る者もいます。
誠実で真面目な方もたくさん。
私が担当している水瀬さんがまさにそうです。
今や誰もが知っている国民的芸能人。
トップクラスの実力の持ち主。
それでいて、一切他の人に対して甘えや隙は見せません。
また、権力を持つ者に対しても毅然とした対応。
や、やはり水瀬さんクラスともなると、そういった所は当然というべきなのでしょうか……。
改めて考えると、未だに彼女のマネージャーという実感が湧いてきません。
むしろ、憧れの方が強すぎて、まだテレビの世界を見ているかのようです。
も、もうちょっと真面目にならなければなりません。
これからもしっかりと、勉強して精進していかないと。
そんな私も、今日は休日返上でお仕事をしています。
事務所側から偵察目的である劇団四季のショーを見に行くように指示されました……。
み、水瀬さんにはもちろん内緒です。
きっと、なぜ休みを取らなかったのだと怒られてしまいますので……。
自分のことを心配してくれるのはすごく嬉しいですが、私自身もレベルアップしなければいけないです。
なので、今回ばかりは許してください。
それで……。
いつ指示されたかと言いますと、つい最近の事です。
上司さんから高価なチケットを渡されて、他事務所の俳優さんとも一緒にということで。
私はすぐにドジってしまうので、誰かがついていないといけなかったのでしょう。
まだ新人ですから、任せきりというわけにもいきません。
あれは上司さんの判断なので、致し方ないかもしれませんが……。
ちょ、ちょっとだけ悔しいです。
まだ一人前になれていないことの不甲斐なさを感じます。
しかし、今回は本当に助かりました。
その俳優さんが、水瀬さんの知り合いだったのです。
それはもう、最近では人気がうなぎ上りの男性俳優……江本和也さん。
この人は本当に凄い人です。
どう凄いかは具体的には言葉で表せないほどにヤバいです。
と、とにかく温厚で人格者とだけは言っておきます。
この人なら、どんな女性でもくっつきそうなものですが……。
驚くべきことに、彼女は一人も作っていないそうです。
というより、女性にはあまり興味が無いとの噂を聞いたことがあります。
ですので、恋愛関係絡みはあまり好きではないのか、あるいは……。
い、いえ。これ以上の詮索は止めておきましょう。
い、今はそんなことよりも重大な話を皆さんにしなければなりません。
そ、そうです。今私の目の前で起こっている現実をしっかりと解説しなければなりません。
それは先ほどまでパンダのぬいぐるみを着用して、尚且つ熱中症で倒れていた若い男性のことについてです……。
今から一時間ほど前、町中で倒れている所を救助したのですが……。
も、もちろん私一人では持ち運べなかったので、和也さんの協力を経てこの車まで運んでくれました。
普通であればすぐに救急車を呼ぶ場面ではあったのですが。
救助した後に、和也さんが「この人は頑丈だから呼ばなくても大丈夫だよ」と非常に爽やかな表情で言っていたのが少し恐怖に感じました……。
あ、あれは一体に何だったのでしょうか。
しかも、倒れていたお兄さんを見た時の和也さんの顔が……今までに見たことが無いくらいに驚いた表情をしていたのも、とても印象的でしたし……。
こ、この二人は知り合いなのでしょうか。
それとも、何か過去の因縁が……。
い、いえ。
それよりも私、重要なことを聞きそびれてしまいました。
このお兄さんとは数年前、どこかで会ったような気がするのですが……。
先程、和也さんが戻ってきてしまったため、致し方なく中断しなければいけなくなりました。
うう……。
私って、つくづく運の悪い女だなと感じます……。
もう少し話を聞けば、あの人かどうかを特定できたかもしれないのに……。
ま、まあいいです。
それはまたの機会にいくらでも話は出来ます。
今起こっている目の前の出来事が落ち着けば、きっとチャンスは来るはずです……。
で、ですが。
これは果たして……決着はいつ付くのでしょうか。
わ、私には分かりません……。
「く、くそッ! ハメやがったな! ぜ、絶対に許さんぞ……和也!」
「ふっふっふ! やっと君を捕らえることが出来たよ……大介君!」
複数のSPに取り押さえられて、悔しそうな表情を浮かべているお兄さん。
一方で、和也さんはその姿を見て不敵な笑みを浮かべています。
こ、これは一体どういう状況なのでしょうか……。
というよりも、和也さん。
そんな必死になって、どうしてこのお兄さんをそこまで……。
や、やっぱり当初推察していた通り、そっち系統の人なのでしょうか。
女性があまり好きではない理由も、きっとそれが原因で――。
う、ううううう……。
余計に頭が混乱してきました。
頭痛がします。非常に。
い、今まで以上に大混乱です。
ビッグニュースです。
か、川島絵梨。
この状況をどう打破していけば良いのでしょう……。
し、真剣に考えなければいけません。
これもマネージャーとしての、一つの試練なのでしょうか。
二人の関係性は本当によく分かりませんが……。
い、いずれにせよ。
このギスギスした雰囲気をどうにか変えていかなければなりません。
な、何とかしなければ。




