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(仮)芸能事務所の社長からクビを宣告されたので、大人しく田舎のBarで働くことにします。  作者: 空白さん


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第29話 ゆるふわ系女子=女神

 炎天下の中。

 周囲の目線に晒されながら一生懸命走るコスプレイヤーの『パンダ』。


 派手なぬいぐるみを着用して出来るだけ人目の居ない場所へ移動しようとしても、中々辿り着かないという地獄のマラソン大会。


 そして、後から追ってくるかもしれないあの凶悪ビッチの存在。


 何から何まで運の無い男。


 また最初から最後まで無表情のパンダの正体……それが俺、斎藤大介。


 普段からBar店員を営んでいる人物だ。


「ぜぇ……ぜぇ……。ま、まじで死にそう」


 厚着のせいで上手く外の空気を吸うことができず、かつ体内の水分が徐々に奪われていく。


 代謝も激しく、汗が吹き出ているせいで体の動きも鈍くなってきている。


 先程、ナンパで囲まれて、困ってそうな女性を見かけたため助けたが、あの出来事のせいで自分の体力が半分ぐらい失ったと言っても過言では無いだろう。


 ナンパ男達の攻撃からこのぬいぐるみを着用した状態で避けるの、まじで大変だったんだからな。


 それに、何よりもクソ重いし。暑いし。苦しいし。


 こうなった原因は全部あの一之瀬さんのせいなんだが……。


 ま、まあいい。

 ここで愚痴を言った所で事態はそう簡単に片付かないしな。


 とりあえず、これまでの経緯を説明しよう。


 あれから何があったかは皆は想像しにくいと思うが、とにかく色々と俺だけが悲惨な目に合ったことだけは理解してくれるはずだ。


 あの後、一之瀬さんに捕まって仕方なく昼食を一緒に取ったのちにぬいぐるみショーがこれから行われる予定があったそうで、そこで彼女に参加しないかと誘われたのだ。


 まあ、もともと俺に最初から拒否権は無かったため渋々と付いていったのだが……この選択が最悪な形となってしまった。


 まず、今日出るはずだった出演者の中で一人だけ体調不良を訴える人がおり、予定通りに開催が出来ずに時間が遅延してしまっていたらしいのだ。


 そこで、近くに居た主催者であるおっさんが俺を見かけて、()()()()()()()()()を着用してどうか出演してくれないかとの依頼があった。


 身長もなるべく高く、体格がしっかりしている男性が欲しいとのことで子供にも優しく接してくれる気前の良い人が必要だとか何だとか。


 これを聞いた瞬間、条件が多くて面倒臭いなと思ったため、俺はきっぱりと断ろうとしたのだが――。


 隣にいた一之瀬さんが「この人ならその条件に全部当てはまっていますので、大丈夫ですよ! おじさんっ♪」なんて下手に言い出したのが全ての元凶だ。


 やはり、彼女は俺の味方のようで、最初から敵なのではないかと勘繰ってしまう。


 いや、実際にそうなのだろう。


 ただ、ここまではまだ良かったのだ。


 俺の体力が徐々に削られていったのはここからだった。


 出演して上手くその場のノリで開催出来たは良いものの、子供たちに中身の正体を知られてはいけないという暗黙の了解があるらしい。


 そのため、出来るだけ人前ではこのぬいぐるみを脱がないように何重にも外側から細工してある。


 つまり、他の人手が無いと簡単には脱げない仕様になっているということだ。


 これは他のリスやカエルのぬいぐるみを着用していた人から聞いた話なのだが、あくまでもキャラクターとして演じるためのプロとしての意識が必要らしい。


 そこで、最初は普通に握手なり挨拶なりをしてそれなりに過ごしてはいたのだが、参加者の中でパンダ好きの人が意外に多く、自分の周りには大量の子供たちが群がり始めて、しまいには鬼ごっこに発展するハメに。


 会場の主催者側は止めるように注意していたが、子供たちの暴走は収まらず、カオスの状況と化していった。


 そこから俺は一方的に逃げ回るために、出来るだけ遠くの方へと走り続けて今に至るという訳だ。


 会場は大いに盛り上がったと思うが、中の俺にとってはもはや地獄でしかない。


 なぜだ……。

 なぜこうも神様は俺ばかりに災難を持ち込んでくるんだ。


 そう諦めの言葉を気持ちの中で吐露しながら、今現在もパンダ人形として必死に走り続けている。


 「それはそうと……」


 ()()()()()()


 眼鏡とマスクをかけているせいで最初分からなかったが、よくよく観察したら気づくことが出来た。


 彼女は、自分がマネージャ―として担当した女優……()()()()


 流石に長年付き合いのある人間とは、どんなに変装してもすぐに分かってしまう時がある。


 なぜアイツがあんな場所に居たのかは定かではないが、そんな理由は今の俺にとってはどうでも良いことだ。

 

 もう俺は、アイツのマネージャーではないのだから。


 だが、困っている人が居れば話は別。


 相手が水瀬でなくても助けていたことには間違いないだろう。


 しかし……ここが東京だからとはいえ、いくらなんでも世間狭すぎるだろ。


 一体どうなっているんだ。

 この自分の悪運の強さは。


 芸能の世界から引退して時間が結構経過しているため、彼女の動向は詳しく知らない。


 だが、水瀬は昔からそれなりに仕事熱心だったため、そこまで不調に陥ることは無いはずだ。


 今現在、どういうスケジュールで動いているのかは少し気になるところだが……。


 まあ。

 もう不良品の俺にとっては全く関係のない話だけどな。うん。


 アイツもアイツで、俺がマネージャ―業務から外れて清々しているだろうし。


 俺も俺で、田舎のBarで元気に楽しく働けている。


 それで良いじゃないか。


 それに、お互い、ああして関わることはもう二度と無いだろう。


 今回はたまたま助けた相手が水瀬だったというだけの話。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 六年間、マネージャ―として務め上げただけの関係性はこの空白の期間で変化するものだ。


 相手がどう思っていようが興味も無いが、勝手に何も言わずにマネージャ―業務を辞めたことに対しての義理はこれで果たせただろう。


 というか……俺。

 この恰好だけど、アイツにバレてないよな?


 いや、うん。バレていないはずだ。絶対に。


 まあ、向こうも気づいてなかったぽいし、きっと大丈夫だろう。うんうん。


 それに、もし勘付かれたとしても、俺の居場所を特定されることも無いだろうし。


 向こうもこっちに一ミリも興味無いだろうしな。うん。


 後は、野となれ山となれ。

 劇場の件さえ片付けば、田舎に帰ってのんびりと――。


「ってあれ……。なんか、視界がぼやけて……」


 そう思った途端。

 突然、ぐるりと体が揺れて、バタンと倒れてしまう。


 あれ、ちょっと待て。

 これってもしかしなくても、結構危ない状況なんじゃないか。


 まさか熱中症?

 くそ、こんな中途半端な場所でまだ倒れるわけにはいかないっていうのに。


 だが、一度体が倒れてしまってから。どうも力が入らない。


 パンダのぬいぐるみの重量が意外にも重いせいか……。

 いや、汗が滲んで重たく感じてしまっているのか。


 いずれにせよ、このままだと非常に危険なことだけは確かだ。


 いくら体を鍛えているからといって、流石に自分でも暑さには抗えない。


 く、俺は一体どうすれば――


「あ、あの……。だ、大丈夫、ですか?」


 その一声を聞いて。

 女性だろうか。


 聴覚も少し鈍ってきているせいで、状況判断も乏しい。


 それ以上に、体が水分を欲しているせいか上手く声を発することも出来ない。


 それでも、何とか。

 重たい首を上に動かしてみる。


 すると――。


 そこには、少しおどおどしながらも、心配そうにこちらを見つめている……ゆるふわ系の女神が居た。



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