亀裂
おじいちゃん先生は腰の手術をするという事で、しばらく入院することになった。
そしてその一件以来、例の卒業生たちは姿を見せなくなった。
だが僕らは空手道部は複雑だ。
あの事件のせいで、監督である指導者のおじいちゃん先生を失ったのだ。
とりあえずやれる事をやろう。
そうやっておじいちゃん先生の指導を思い出しながら、キャプテンを中心に空手道部は活動を続けた。
まもなく県大会の予選が始まる。
3年生のキャプテンたちはこの大会を最後に引退する。
キャプテンのこの試合にかける意気込みは物凄いものがあった。
キャプテンは自分の練習もそこそこに、各部員たちの指導も行っていた。
僕たちはキャプテンに頼ってはいけないと、自分たちのできる練習を工夫して始めていた。
だが経験豊富なおじいちゃん先生が指導してくれたようには、みんな成長を感じられなくなった。
そして最後の大会の1ヶ月前にして、空手道部の結束が揺らぎつつあった。
キャプテンの指導方法や部活動の方針、試合の采配に納得いかない、部員が現れたのだ。
特に揉めるのが、チーム戦である団体メンバーだ。
個人戦は基本的に全員参加できるが、団体戦は選抜されたメンバーが男女1チームずつエントリーするのだが、おじいちゃん先生の代わりにキャプテンがチーム編成を決めた。
これがまたチーム内で納得の行かないメンバーがおり、反発をするのだった。
特にキャプテンに反抗するのは、同じ3年生の先輩たちだ。
3年生の町田先輩と海老名先輩は特に行動が目に余った。
元々キャプテンとは別の小学校から上がった2人は、事あるごとにキャプテンと衝突した。
キャプテンは成績優秀だったので、それも気に入らなかったのかもしれない。
キャプテンの最初に提示した団体戦のメンバーは、僕たち2年生が入っていた。
だが最後の大会だけに、3年生を中心にメンバー編成するべきだという町田先輩、海老名先輩の意見に、他の三年生も同意した。
確かにこれまでの大会の個人戦の成績だけで言えば、キャプテンを除く他の3年生よりも、僕や松崎の方が成績は良かった。
だが、実力自体はそんなに大きく異なるわけじゃなくて、町田先輩、海老名先輩含め3年の先輩たちと戦っても必ず勝てるという訳ではない。
だから試合に出たいという思いはあるけど、3年生の最後の団体戦の試合に、先輩たちを押しのけてまで僕や松崎は絶対に出たいという思いはなかった。
だけど、キャプテンは違った。
キャプテンはチームが勝つ可能性が1%でも高い方法を取るべきだと言った。
確かに過去の実績だけで言えば、僕や松崎の方がほんの少し上回る。
だが、このギクシャクがこの後に与える影響を考えると、辞退したいとさえ思った。
「先輩たちも、がんばったもんなぁ。」
松崎はしみじみと言った。
「そうだよなぁ。」
僕も素直に同意した。
だから3年の先輩達がいる中で、僕はキャプテンに言った。
「キャプテン。団体戦は僕や松崎よりも、3年の先輩たちを優先してください。」
「おい!お前ら本気でそう思ってんのか?」
珍しくキャプテンの表情が、厳しい顔つきになった。
「はい。3年の先輩たちがいたからこそ、僕ら頑張ってこれた訳で、先輩たちの思いも大事だと思います。」
僕はキャプテンにそう言った。
「そうか。だけどそれは違うぞ!」
キャプテンは僕らの目を見ていった。
「俺たち3年は確かに今回の大会が最後だ。だからといって思い出作りのために試合をしたい訳じゃない。やるからには勝ちに行く!その為のベストメンバーを選んでいるだけで、3年だかと2年、1年だからと言って関係ない!それは逆に失礼じゃないか?」
「‥‥。」
僕は何も言えずに黙ってしまった。
「いや、別に思い出作りでもいいじゃん。」
ずっと様子を見ていた町田先輩が言った。
「組手なんて、その時、相手の相性とかで、どうなるかなんて分からないだろ。それに圧倒的な実力差があるわけじゃない。現に普段の稽古だったら、マツケンコンビに勝つ3年だって俺たち以外にもいるだろ」
冷静な口調で町田先輩はそう言った。
「あの俺たち3年が地獄の1年の頃、空手なんてすぐに辞めたいと思ってた。だけども、こうして頑張ってきたんだ。認めてくれたっていいだろ。」
海老名先輩は、町田先輩に同調した。
キャプテンの考えたチーム編成は、キャプテン、町田先輩、海老名先輩、松崎と僕。
松崎と僕が抜ければ、同じく3年生の先輩が2名団体チームに入れる事になる。
確かに他の先輩たちと組手をやれば、5回中4回は勝てるだろう。
それでも団体戦にみんなで出たいという三年生の思いは十分理解できた。
キャプテンは、少しも考える素振りすら見せずに、俺の指示に従ってくれと毅然とした態度で言った。
「お前!何なんだよ!!頭硬すぎるだろ!」
町田先輩がキャプテンに掴みかかる。
慌てて止める海老名先輩。
それでもキャプテンは、頑なにいうことを聞こうとはしなかった。
女子チームを取り仕切る副キャプテンは何も言わなかった。
ここまで必死に頑張って、段々強くなってきたチームだが、ここに来て亀裂がチームに少しだけ入ったように感じた。




