桜ヶ丘第二中学の空手道部
僕の名前は宇都宮拳二。
少し僕らの学校、特に空手道部の話をしたい。
今年で僕は中学2年生になった。
区立桜ヶ丘第2中学校の空手道部の部員だ。
みんな僕のことを、ケン、ケンジ、ウツケンそんな風に呼ぶ。
空手道部は部員数は男女合わせて約30名、昨年からおじいちゃん先生の指導で、それまで単なる不良生徒のたまり場でしかなかった空手道部は大きく様変わりをした。
現在3年のキャプテンが言うには、おじいちゃん先生のくる2年前までは地獄だったそうだ。
キャプテンがまだ1年生の頃、3年の先輩には毎日のように稽古と称しては殴られ、蹴られた。
気に入らないことがあれば、即呼び出されて立てなくなるまで殴られた。
部活辞めようと思っても辞めさせてもらえず、実際にやめようとした部員は激しい追い込みにあい、不登校になってしまったそうだ。
毎日が苦痛で、学校に行くことがイヤでイヤで仕方が無かったそうだ。
キャプテンの一つ上の世代は、先輩たちの壮絶なシゴキが原因で全員やめてしまったそうだ。
不良の三年生が卒業した翌年。
つまり2年前におじいちゃん先生がやってきた。
おじいちゃん先生は元教師で、既に定年を迎えていた。
教師の指導でたまに学校に来ていた。
そこで、どうせ学校に居るのだからと言う理由で、空手道部の顧問を引き受けてくれた。
おじいちゃん先生は、キャプテンたち新2年生の指導を基礎から始めた。
毎日のように殴られ、蹴られたが空手らしいことは何一つやっておらず、素人同然の空手部だった。
だが、おじいちゃん先生は細かく上手に指導を行い、一刻も早く辞めたいと思っていた部員たちは、そこでようやく空手の楽しさに気がついたのだ。
キャプテンたちが真面目に練習に取り組んでから1年後、県の大会で上位入賞することができた。
勿論僕ら一年のスーパールーキーたちの活躍があったのは言うまでもないけれど!
「黙想!」
普段の練習はキャプンてんのこの言葉から始まる。
キャプテンの大きな一言で、正座をした全員は目をつぶり、しばし心を落ち着けるのだ。
空手の稽古は、準備運動の後、軽めのストレッチ。
その後に基本稽古と呼ばれる、突きや蹴り、受けを繰り返す。
テレビとかで見る1000本突きとか、あれのイメージだ。
それが終わると移動稽古という、空手の足運びの稽古を行う。
ここまでが基本。
その後に型稽古と呼ばれる、流派の型を行う。
その後に実践的な組手稽古と呼ばれる実践的な戦いの稽古となる。
時間にすると2時間半。
終わる頃にはクタクタになっている。
大会が近くなると更に練習は続ける。
組手の選手と型の選手に分かれて練習したりもするのだ。
空手道部は男女合わせて約30名。
空手の経験者はほとんど居なかったと思う。
僕や同級生の松崎など経験者は即戦力として扱われ、1年生の頃から試合に出ていた。
真面目な奴もいれば、あまり練習に来ないメンバーもいる。
監督であるおじいちゃん先生は、元教師であるが空手をずーっとやっていた人らしい。
噂では全国大会で上位入賞したり、沖縄に空手修行に行っていたという噂だ。
実際に教師を定年退職となってからは、しばらく空手の旅をしていたらしい。
若い頃は血気盛んで、米兵と喧嘩になったり、暴走族に加入した教え子を脱退させるために一人で殴り込んだりしていたそうだ。
そんなおじいちゃん先生も今ではすっかり丸くなり、ボランティアで小学生に空手を教えていた。
そんな時にウチの学校のピンチを知り、助けになるならという事で空手道部の監督を引き受けてくれた。
御年70歳!まだまだ元気なおじいちゃん先生だ。
日課にしている千本突きは、ここ10年欠かしたことがないらしい。
空手道部の練習も過去の経験に基づいて、タメになる練習が多かった。
そしてニコニコと僕たちの練習を見守ってくれていた。
そんな先生のもと、チームを纏めるキャプテンはイケメンだ。
今年中学3年で、生徒会の副会長までやっている。
頭がよくて常に成績は学年トップ3に入っていた。
僕らにも優しくて、そして面白い事を言う先輩だった。
当然モテにモテた。
この人目当てに空手部に入部した女子は実際にいたと思う。
隣にはキャプテンと同じく3年女子の副キャプテンが控えている。
たまに厳しい事を言う先輩だが、後輩たちの面倒見が良くて何しろ美人だ!
キャプテンと副キャプテンが完璧すぎて、僕らは常に憧れていた。
この二人付き合っているっていう噂もあったが、実際にはそんな風には見えない。
でもこの2人ならお似合いだと思うし、少しそうであってほしいと思っていた。
こんな先輩たちと、僕ら2年生は僕を含めて空手経験者が結構いた。
みんなお互いに切磋琢磨して、先月行われた地区大会では見事団体で優勝!
1年生も有望な選手が入部してきた!
僕ら桜ヶ丘二中の空手道部は正に絶頂期を迎えるのだろう!




