未知との遭遇
「あの‥‥すみません」
さとみ先生は、太っちょ先生に話しかけた。
「は、はい!」
太っちょ先生は、少し離れたところにいたが、信じられないスピードでさとみ先生の前にやってきた。
「すみません。私、今日用事があるので、体育館の鍵を閉められないので、申し訳ないのですが、鍵閉めお願いできませんか?鍵は職員室の鍵置き場に戻してもらえれば良いので、お願いできますか?」
「は、はい!よ、喜んで!」
太っちょ先生は、完全に声が裏返って居酒屋の店員のような返事をした。
「すみません。それじゃ‥‥」
と言って、さとみ先生は戻ろうとした。
太っちょ先生は、口をパクパクさせながら、何かを言いたげだったが言葉が出てこないようだった。
その顔は実に悲しげな顔になっていた。
「あ、先生、鍵は私が持っていきますから大丈夫ですよ。」
副キャプテンは、さとみ先生にそう言った。
「うちの先生は、ボランティアで来てくれてるだけだから職員室って言ってもわからないの。でもボランティアって言っても、毎日来てくれるからすごい助かってるんですよ」
「ええ!?そうなんだ。宇佐美先生の代わりの先生っていうから、てっきり臨時職員なのかとおもっていたわ」
さとみ先生は、副キャプテンにそう言うと、悲しげに見送っていた太っちょ先生の前にやってきて、ペコリと頭を下げた。
「ボランティアだなんて、凄いですね!この子達が宇佐美さんの時以上に活き活きしているので、すごい指導力なんだろうなって、思っていました。本当にありがとうございます」
さとみ先生は、にこやかな笑顔で太っちょ先生に再び頭を下げた。
「おいおい、あれヤバくね?おっちゃん落ちるぞ」
僕は松崎に耳打ちをした。
松崎はやはり同じことを思っていたらしく、心配そうに太っちょ先生を見ていた。
ふと見ると部員のほとんどが、何となくそのやりとりを気にしていた。
「あ、いえ、ぼ、ぼくは、、ちょっと、なんていうか、その‥‥」
太っちょ先生は、案の定、顔を真っ赤にしてしどろもどろだ。
「さとみ先生、先生も空手習ってみたら?二宮先生教えるのすごい上手いんですよ」
副キャプテンは、とっておきの笑顔で、さとみ先生にそういった。
よく考えてみたら、副キャプテンのクラス担任がさとみ先生だ。だから妙に親しげだった。
「へぇ、アナタがそんな事言うなんて、よっぽどなのね。私も護身術として習おうかな。一人暮らしだから私も怖くって」
と言って、パンチを出すジェスチャーをしながら「エイ!エイ!」と言った。
その言い方もパンチの出し方もまた可愛かった。
「な!?な、なんて‥‥」
と呟いて、太っちょ先生は絶句した。
目は漫画で言えば完全にハートマークになっていただろう。
確かにそのシーンのさとみ先生の破壊力は凄まじかった。
「あ、落ちた‥‥」
「ああ、あれは落ちたな‥‥」
僕は、素直な感想を口にした。松崎も同じ思いだった。
「あざとい!先生!」
不意に声がした。声の主はサラだった。
「え!?どうしてあざといなんていうの!?」
さとみ先生は、サラに大袈裟に驚いたように言った。
「普段、私達に鬼のようなトレーニングメニューを課してニヤニヤしている人が、何がエイエイ!ですか!?」
「あらー、先生はね。アナタたちに成長して欲しくて心を鬼にしてやっているのよ」
「チア部だけの時の先生の姿を見たら、心だけじゃなくて見た目も鬼ですもんね!」
「あらー、サラちゃん、アナタ何てこというのー」
そう言って、何故だかわからないが、女の同士のバトルが始まったので、副キャプテンですら、ちょっと引いていた。それを見て慌ててボクと松崎が、慌ててサラを引き離しにかかった。
「ちょっと、お前何言ってんだよ。ちょっと落ち着けよ!」
「なによ!私は落ちつているって!」
僕と松崎は暴れるサラを二人がかりで、遠くに引き離した。
とりあえずサラを落ち着かせて話を聞くと、さとみ先生が戻ってこないので、ちょっと見たら、何げに太っちょ先生と盛り上がっている!て言うのでマズイと思って来たらしい。
「あのさ、あの先生、生徒に対して好意を持つとかなさそうだぞ。多分‥」
「いや、所詮中学生なんて子供にしか見てないって‥‥」
(まぁ、ついさっき太っちょ先生が、その中学生に恋愛相談してたけどな)とは言えなかった。
「いいもん!卒業してからでもいいもん!大人になってからだっていいもん!だって素敵なんだもん!」
サラは涙目でそう言って、聞く耳を持たなかった。僕たちは複雑な思いだった。
いや、どこをどう捉えると、あの太っちょ先生が「素敵」になるのか理解できなかった。
副キャプテンに聞いてみようかとも思ったほどだ。
サラを何とか返してから、戻ってみると完全に毒された太っちょ先生が、無表情で正座していた。
正座しながらブツブツと何かを呟いている。完全に魂を持って行かれていた。
もう周りの部員も誰も先生を気にせずに、各自の練習や後片付けにはいっていた。
この姿を見て、何故だか分からないが、僕は人生で初めて殺意というものを覚えた。
ふと見ると松崎も拳を握って、じっとその拳を見つめていた。




