女神の降臨
その日は水曜日で、チアリーディング部と体育館での練習日だった。
チアリーディング部との練習は、可愛い子を見れるという点では良かったのだが、練習用の音楽が大音量で掛かるのが厄介だった。何しろ声が聞こえない。
真剣に練習をしているのに、どうにも音楽に気が散ってしまうのだ。
太っちょ先生はそれでもいつもと同じく、特に気にする風でもなかった。
「先生!ちょっとチア部に掛け合って、音を小さくしてもらいましょうか?」
キャプテンが太っちょ先生に言った。
「いやいや、いいよいいよ!彼女らも一生懸命やってるんなら、それを邪魔する事はできないよ」
「でも、これじゃあ、こっちの練習に身が入らないですよ」
「うーん、それじゃあ、僕がちょっとお願いしてみるよ」
太っちょ先生は、チアリーディング部の練習エリアに歩いて行った。
「はい!バク宙で回るからね!ちゃんと見ててね!」
チア部の顧問さとみ先生が、部員に向かって声をかける!
「さとみちゃん、相変わらずやるねぇ」
松崎は僕に話しかけた。
「ああ、さとみちゃんのバク宙、大迫力だよなぁ」
さとみ先生は、筋金入りのチアリーディング部の出身で、大学時代はアメリカの大会で優勝したこともある超エリートだったそうだ。一時はプロを目指そうかと思うほどのレベルだったらしい。
しかも見た目も可愛らしかったので、プロになってたとしても、十分通用したと思う。
年齢は教えてくれないが、噂では教師歴10年近いとの噂もあるがその辺は不明だ。
さとみ先生は、バク転・バク宙などのアクロバティックな技を実演して指導していた。
太っちょ先生は、指導者が誰かわからずにウロウロしていた。
「あの、すみま‥‥え!?」
ちょうどその瞬間、太っちょ先生はチア部の人に声を掛けようとしていたところだった。
さとみ先生が助走をつけて、側転からのバク宙をした。
高くしなやかに舞い上がった彼女は美しく飛び、重力を感じさせないゆっくりとしたバク宙を行い、しなやかな着地をきめた。
周りの生徒たちは、拍手して盛り上がった。
その様子を間近で見ていた太っちょ先生は、さとみ先生に話しかけるでもなく、猛スピードで戻ってきた。そしてたまたま近くにいた僕たちの所にやってきた。
「あれ!!誰!?なにあれ!?」
興奮冷めやらずという感じで、太っちょ先生は言った。
「あれは、チアリーディング部の顧問の先生ですよ」
「まじか!?凄いぞ!ちょっと見た!?」
太っちょ先生は、これまで見たこともないくらい慌てている。
「はぁ!?ちょっと、先生どうしたんですか!?」
ボクと松崎は驚きの声を上げた。
「な、何なんだあの美しさ、神々しさ!?天使だ!?いや、女神に近い!」
「ちょ、先生、何いってんですか?バク宙でしょ。チア部は皆できますよ!」
ボクはちょっと呆れながら、太っちょ先生に言った。
「違う!違うぞ!君たち!いいかい。バク転やらバク宙をやる人自体、そんなに多くない。例えば体操選手だ。体操選手は小柄な選手が多い。だからこそ体重は軽く、アスリートの体で飛ぶんだ。つまりそれは技だ!彼女たちはアスリートなんだよ。だから飛べるんだ。」
「は、はぁ‥‥」
太っちょ先生の突然の力説に、僕らは反論する気にもならなかった。
「だが、さっきの‥‥あの女性‥‥」
「さとみ先生ですか?」
「さとみ先生っていうの!?な‥なんて美しいのだろう。そうは思わないのかい?彼女のような成人女性、しかも大人の女性の体だ!もはやアスリートではない、少しだけぜい肉を感じる腕周り、乳房は程よく膨らみを抑えつつも強調されたボディライン!酸いも甘いも知り尽くしたような、物憂げな表情で天高く舞い、そして自然に水鳥のように舞い降りる。まさに天使じゃないか!だが、多少の重さのせいで、着時事には床に衝撃が走り、僕はその衝撃を感じた。そしてその刹那、彼女の乳房は大きく揺れ、きっと彼女の膝はわずかな悲鳴を上げたであろう。だが、そこに技を決めた満足感はない、指導と言う名の使命感。なんて清廉で健気なんだろう。なんという美しさだというのだろう‥‥」
そう言うと、太っちょ先生は天井を見上げた。
「いや、ちょっと先生、何言ってるんですか?」
「すまん!僕はちょっともう‥‥」
太っちょ先生は、苦しそうにそういった。
「いや、ちょっと良くわかないですが、ちょっと極端過ぎませんか?そんな一目見て苦しいとかなんとかって、しかも単にバク宙したの見ただけでしょ」
松崎が冷静に太っちょ先生に言った。
「君たちはまだ若い!若さゆえに知らないことも多い。だが恥ずべきことじゃないぞ!それは若さゆえの無知なのだから!見ただろう君たちも!着地したときおっぱ‥じゃなくて、乳房がブルルン!ってなったんだよ!ブルルンって!これは凄いことじゃないか!哲学だよ哲学!あ、違った!美術だよ!違う違う!美学だよ美!これぞ究極の美だよ!そうは思わないのか?君たち!」
「ええ‥そこかぁ‥‥」
一人浮かれ、はしゃぐ太っちょ先生を尻目に僕たちは脱力するしかなかった。
なんだか分かり易すぎて、僕たちはそれ以上何も言えなかった。太っちょ先生の意外な一面を見ると同時に、とりあえずサラに、これは言えないなと思った。




