選手選考
「よーし!それまで!」
太っちょ先生が叫んだ。
一人たったの2分。
時間にして14分間のスパーリングだった。
僕たちは、この14分間で何だかすごいものを得たような気がした。
そもそも何でこんな事になったのだろうか?
そうだ、先輩たちが団体戦メンバーで揉めて、それで太っちょ先生が提案したのがこのスパーリングだった。
でも、これで一体どうやってメンバーを決めるんだろう?
「それじゃあ、2ラウンド目な!次は奇数偶数で戦おう!」
太っちょ先生がみんなに向けて言った。
「ええ!?まだやるの!?」
「マジすか!?」
「こんなん何度もできないよ!!」
「もういいでしょ。これ‥‥」
皆一様に弱音を吐いた。
先生は全く聞く雰囲気はなかった。
「ほら!1,3来て!2,4は待機ね!ここからは2分ね!」
それでも僕らは抗議をするでもなく、単に太っちょ先生の言葉に従った。
2ラウンド目からは、より慣れてくるので更に過酷になってきた。
お互いにこのグローブでどうやったら戦えるのかを考え始めたのだ。
普段の空手の距離ではなく、よりカウンター狙いの戦い方になっていった。
2分間の戦いは非常に長い!
本気で2分も戦うと皆バテバテになった。
色んな人との戦いは、殴り殴られてもはや空手の面影はなかった。単に力と力でぶつかり合っているだけ。
相撲みたいな展開で、ステップを踏むものもおらず、パンチもキックもものすごく遅くなった。
グダグダのパンチとキックで、もはや当たる攻撃はなかったし、逆に相手に当てられる攻撃もなかった。
お互いに「はぁはぁ、ぜいぜい」言いながら2分が終わることを祈った。
2ラウンド目が終わると、もはやまともに立っているものもいなかった。
「よーし!3ラウンド目!」
太っちょ先生は容赦なく言った。
「嘘だろ‥‥」
キャプテンが一言だけ言うと、後のみんなは黙り込んだ。
3ラウンド目が終わると、すぐまた4ラウンド目が始まった。
こうして僕らは10ラウンド近くまで戦った。
もはや突きは体が重たくて、蹴りなんて殆ど出せなかった。
ヨロヨロと起き上がると、ヘッドギアとグローブを受け取る。
太っちょ先生は笑顔で容赦なく、参加者の番号を呼び続けた。
スパーリングに参加するものは、既に体力・気力を使い果たした部員たちが息も絶え絶えでスパーリングをするのみだった。
僕はみんなの汗を吸ったグローブをつけると、最早気持ち悪いとかも何も思わなかった。
重たくなったグローブは、戦うには不便だ。
もう家に帰りたい。疲れた。休みたい。
こんなの意味がない。なんでこんなことやってるんだろう。
10ラウンドが終わると太っちょ先生はようやくここで終了と言った。
もう誰も立てなかった。
「さて、この状況でもう一度自分自身で考えて欲しい」
太っちょ先生は僕ら7人に対してそういった。
「見ていたみんな。誰がふさわしいと思った?」
今度は見学していた女子や1,2年に聞いた。
「これを見ても、正直何の意味があったのかわかりません!」
女子をまとめる立場の副キャプテンは毅然とした態度で太っちょ先生に言った。
「そうかい?僕にはいろいろ見えたよ。君は何も思わなかった?」
そう言われると副キャプテンは、何かを言おうとして止めて俯いてしまった。
「じゃあ、戦った7人に聞くね。自分は団体メンバーに相応しいと思う人」
先生が自分で手を上げながら、僕らスパーリングをした7人に尋ねた。
手を上げたのは誰もいなかった。
「逆に自分はふさわしくないと思う人」
キャプテンと海老名先輩、町田先輩以外の4人が手を挙げた。
僕はもう正直どうでもよかった。
何故かっていうとみんな化け物みたいに強かった。
同じ2年の松崎ですら恐ろしく強かった。
こんなに強い人たちとスパーリングをしたのだ。
もう嫌だ!たくさんだ!って思うくらいだった。
たくさん殴ったけど、たくさん殴られた。
太っちょ先生がたまに本当にやばい攻撃が会った時は間に入って止めてくれたから、無事だったけどまともに食らってたらノックアウトしていたか怪我をしていたと思う。
僕は先生に止めてもらわなかったら、死に体の状態で少なくとも3回ほどは攻撃を受けていたと思う。
そう考えると、僕はこの場に出場するべきではないと思った。
「先輩たちみんな強かったです。組手のポイントとかそういうの抜きにして、強さだけで言えば、化物かと思いました、僕はまだ試合に出れるほどの実力はないです」
松崎が上を向きながらそう言った。
そしてニタニタと笑い始めた。
「お前!何笑ってんだよ!気持ちわりいな!」
僕は松崎に対してそう言うと僕も思わず笑ってしまった。
本当にどうでも良いと思ったし、この人たちと10ラウンド渡り合っただけで満足だった。
組手だけだったら、ポイントが取れたとかテクニックがどうとか考えてしまうけど、これは純粋な個人の強さの話で、先輩たちの方が圧倒的に強かった。
2年生の僕と松崎が笑い始めたのを見て、女子や他の1,2年は気味悪がったか、精神的に何かが崩壊したかと思ったかもしれない。
でもそれは3年生たちも同じだった。
「先生!すみません。俺も何かどうでもよくなっちゃいました。2年とか3年とかもう関係なしです」
笑いながらキャプテンがそういった。
「いや実際に、ケンジもマツも強かったわ。こんなに強いなら認めるわ」
いつの間にか鼻血を出しながら、海老名先輩も言った。
町田先輩、大崎先輩、渋谷先輩も同様にどうでも良いから好きに決めてくれといった。
みんな結局、笑っていた。
「お前、最初のキックあれマジでヤバイな!」
「えぐいパンチもらったわ」
「連打に対応できなかった」
「あいつの前蹴りちょっと卑怯じゃね?」
口々にスパーリングの感想を言った。
みんなもう満足していた。
逆にスパーリングを見ている女子や1、2年は何だかおいてけぼりを食った感じだった。
「みんな!お疲れ様!」
太っちょ先生は僕たちに対してそういった。
「君たちは空手をやってるんだろ?確かに大会や試合は大事かもしれないけど、そんな事よりももっと大事なことがあると思うんだよね。試合はその時に一番調子がいい人が出ればいい。今からいがみ合って、揉めても結局何も残らないよ。」
太っちょ先生の言葉にみんな下を向いた。
まだきたばかりの先生の全て見透かされていたようだ。
きっとスパーリングをしていなかったら、先生の言葉の意味を理解できなかったかもしれない。
「よし!それじゃあ、今から練習だ!スパーリング組は、ダメージが残ってるかもしれないから、後の時間は見学ね」
そう言って、女子と1,2年を集めて、個別の指導を始めた。
僕たちはボロボロの状態だったけど、満足だった。
キャプテンと他の3年生もわだかまりはきっと無くなったのだと思う。
「海老名先輩と町田先輩、よく素直にあの先生の言う事聞きましたね」
僕はふと聞いてみた。
「いや、だって、、なぁ!」
町田先輩は海老名先輩に同意を求めた。
「ああ、俺たちあの先生殴ったり、蹴ったよな。あの時感触があったんだ。でも触れた瞬間にまるで消えるかのように感触がなかったんだ。よく分かんないけど、あのスピードと状況で回避行動をしっかり取られたってことだと思う。どう考えても普通じゃないだろ」
海老名先輩はそう言った。
別の生徒を指導している太っちょな人は、ここから見る限りとても強そうには見えないのだけど。
これが僕たちと太っちょ先生の出会いだった。
もうすっかりペースを握られた感じだった。




