スパーリング
スパーリングのルールは1試合1分、7人はそれぞれ番号を振られて、1番と2番が戦い、2番が残って3番と戦い、3番が残って4番と戦う。これを繰り返すというものだった。
最初にキャプテンと海老名先輩が対戦することになった。
海老名先輩は興奮していた状態から、少し落ち着いたようだ。
二人共覚悟を決めた顔をしている。
太っちょ先生はいつの間にか用意していたヘッドギアを二人に渡すと、注意事項を簡単に話した。
・追い打ちをかけないこと
・防御を優先すること
・掴み、投げ、金的、目潰しは禁止
・絶対に逃げないこと
コレだけだといって、ふたりを中央に促した。
太っちょ先生は、ストップウォッチを片手に二人の真ん中に入った。
「用意!はじめ!」
二人は、普段の組手のように少し距離を取ってステップを踏んだ。
本気の突きと蹴り。おそらく二人共ある意味初めての体験だろう。
ジリジリと距離を測るとあっという間に、20秒が経過した。
「残り30秒!」
太っちょ先生が大きな声で言った。
それを聞いた次の瞬間、キャプテンが一気に飛び込んだ。
海老名先輩の顔にめがけて、基本の攻撃であるワンツーを素早く打ち込んだ。
ワンツーは海老名先輩の顔を捉えるかと思われたが、海老名先輩はさっと避けた。
「ん!?」
キャプテンも海老名先輩も勝手が違うことに戸惑う。
普段の練習時に使っている拳サポーターと呼ばれる小さなグローブのようなものは、小さくて軽い。
だが、両腕につけているのは、16オンスグローブというドラえもんの手のような巨大なグローブだ。
実力者の二人でもかなりの違和感があるようだ。
二人は一気に距離を詰めると互いに月をフルスピードで出した。
だが当たらない。二人共に相手の攻撃を見切っているようだ。
大きなグローブは重く、普段のスピードが出ない。
また大きなグローブゆえに、的が大きくなり避けることが容易だった。
だがやはり本気のパンチは、恐ろしいものだった。
恐怖心が先に立って、体がうまく使えないのだろう。思い切りの良さが見られなかった。
二人共に積極的には攻めきれず、戸惑いが随所に見られる1分間だった。
結局二人は互いに一度も攻撃が当たることなく時間切れとなった。
だがたったの1分なのに、二人共信じられないくらいの汗をかいていた。
「次!2番と3番!!」
試合が終わると同時に太っちょ先生が叫ぶ。
今度は海老名先輩と町田先輩だ。
キャプテンはヘッドギアとグローブを外すと町田先輩に渡した。
海老名先輩と町田先輩のスパーリングは、静かな立ち上がりだった。
本来の空手の距離を保ちつつ相手の懐に、すっと入り込んだかと思うと突きを繰り出すが、大きく重いグローブでは、やはりなかなか当たらないのだった。
開始20秒、バン!と音がした。
町田先輩の攻撃で海老名先輩の顔面にグローブがあたっていた。
だが、思った以上にダメージがない。
今度はそこから構わず海老名先輩が構わずに町田先輩を殴りつけた。
重いグローブではなかなか当たりにくいのと、言うほどダメージが無いと判断した二人は、割と至近距離で打ち合いを始めた。
バン!と海老名先輩の中断に突きを入れたかと思うと、今度は町田先輩の蹴りが豪快に空ぶった。
流石にこれは、もしも当たっていたらと思うとぞっとした。
そしてこの試合もあっという間に終わった。
たったの2分しかスパーリングをしていない、海老名先輩は息も絶え絶えだった。
それだけの緊張感がこの2分に詰まっていたことだろう。
緊張感と疲労感から解放されて、海老名先輩は充実した笑顔だった。
そこら辺からは凄かった。
町田先輩はスパーリング開始と同時に、相手に殴りかかるというもう吹っ切れたスパーリングだった。
いよいよ僕の番が来た。
先輩からヘッドギアとグローブを受け取ると、グローブ自体が少しだれかの汗で湿っていた。
ちょっと嫌だなと思いつつも、僕は中央に歩み出た。
相手は大崎先輩だった。
前の試合をしている大崎先輩も、やはり2発か3発は殴られていた。
心臓はバクバクだった。
殴られるってどんなだろう?やっぱり痛いのかな?そんなことを思っていた。
試合開始と同時に、大崎先輩はすごい勢いで殴りかかってきた。
思わず腕を上げてガードをする。
ガードの上からグローブが当たってきた。どうやらしっかりと受けれたらしい。
衝撃は思った以上に大きくて、こんなのをもらったら無事に済むわけがない。
恐ろしく感じた。
今度はこちらからパンチを出してみる。いつものように制御した打ち方をした。
「よし!とった!」
心の中でそう思った。
だが、大崎先輩は全く動じずに、そのままワンツーを打ってきた。
体のでかい大崎先輩の攻撃をまともに受けてしまった。
ガン!という衝撃と同時に僕の顔は大きく跳ね上がった。
「あ、これが殴られたってことか!?」
僕は次の瞬間、やばいこのままだとやられる!?と思った。
なので、咄嗟に距離をとった。
大崎先輩はそのまま僕の上段に蹴りを打ってきた。
僕はギリギリで避けることが出来た。
目の前をフルスピードで足が通り過ぎていく様は、非常に恐怖だった。
恐怖を感じつつも、交代すると大崎先輩が突っ込んでくる。
僕は思わず前蹴りを出した。前蹴りは大崎先輩を捉え一瞬だけ動きが止まった。
僕は無我夢中で、突きを出した。
ドン!という衝撃があった。
グローブ越しに伝わってくる衝撃は、思いのほか生々しくて驚いた。
だが、大崎先輩は止まる事もなく、続けてパンチを出してきた。
人間ってこれくらいの攻撃は止まらないんだ。
僕は今度は思いっきりパンチを出した。
大崎先輩は見透かしていたように、合わせて蹴りを打ってきた。
僕はお腹に衝撃を受けたが、止まるほどじゃなかった。
僕は渾身のパンチを大崎先輩に打ち込んだ。
バーンと音がした!衝撃があった!
「よし!」と心の中で僕は叫んだ。
だが、大崎先輩には全く通用せず、構わずにパンチを出してきた。
僕の攻撃が通じない。もう手がなかった。
僕はコートを逃げ回るように避けた。
そこで時間切れ。
大量の汗が噴き出してきた。たったの1分。
息は乱れて、全身が熱かった。
「次!」
と先生の声が聞こえた。
ふと見ると、松崎が立って僕を待っていた。
考えるまもなくまた中央に進む。足取りは重たい。
松崎は始めの合図とともに、徐々に寄ってきた。
「恨みっこなしな!」
松崎はそう言うといきなり僕にパンチを浴びせてきた。
やばい!よけれない!と思った通りに、パンチは僕の顔面に当たった。
だが、不思議なくらいにダメージがなかった。
あれ!?大崎先輩のパンチ全然違う!だったら怖くない。
見慣れた友人のパンチが軽いとみるや、僕はワンツーを打ち込んだ。
松崎の顔が跳ね上がる!
同時に後ろに仰け反った!
「効いてる!チャンスだ!!」
僕は松崎の顔をめがけて、全力の蹴りを出した。
その瞬間、太っちょ先生の手が僕の脚を掴んでいた。
「よし!それまで!」
太っちょ先生は、何もなかったかのように僕の足を放すと、交代を告げた。
僕は肩で息をしていた。
最後はキャプテンと松崎のスパーリングだった。
僕は顔を打たれた痛みが今になって感じられた。
ジンジンと鼻の奥が痛い。よく見ると鼻血がちょっと出ていた。
でも、何とも言えない高揚感と満足感があった。
「すごい。凄いなぁ!!」
僕はキャプテンと松崎のスパーリングをぼーっと見ながらそう口に出していた。




