プロローグ
そのヤクザの組長は自分の置かれた状況を理解できなかった。
10名の子分が目の前にいるのに、あっという間に組み伏せられ銃口を突きつけられている。
「悪かった!あの地域にはもう二度と近づかない!だからアンタの要求は呑むから!」
組長は半べそをかきながら懇願した。
「オイ!オヤジから手を話せ!」
「ふざけるなお前!ぶち殺すぞ!」
「ガキが!調子に乗るな!こら!」
「お前、ここから生きてでられると思うなよ!」
子分たちは、口々に”その人”に向かって罵声を浴びせた。
”その人”は一通り罵声を浴びたあとに、ニヤリと笑うと躊躇なく引き金を引いた。
「わあ!!」
組長はきつく目を閉じた。
銃口からは玉は出なかった。
「ん?コレおもちゃじゃん。笑える」
”その人”はおもちゃのピストルで組長の頭を笑いながら殴りつけた!
「てめぇ!ぶっ殺してやる!」
「おらあああああ!」
「死ね!!」
組員たちは刃物を片手に飛びかかった。
”その人”は、組長から離れると、あっという間に10名もの子分を片っ端から殴り倒した。
警察が騒ぎを聞きつけ、ヤクザの事務所に急行した時には、そこに居たのは床に横たわる10人の子分と失禁して気絶していたヤクザの組長だけだった。
そんな噂が広まったせいなのか、その組はその後やっていけなくなり、解散してしまったという。
下町の飲み屋の片隅で、”事情通”と自分で言った男は、こんな話を教えてくれた。
この地域の近年起こった事件だそうだ。
噂話は尾ひれが付いてどんどん大きくなっていったのだろう。
ひとりの人間がヤクザの事務所に殴り込んで、全員倒すなんてことは、子供の作り話程度のありえないおとぎ話。
そんな事はわかっている。
だが、確かにこの地域に最近出回る噂話は、皆同じような内容で割と一貫性があった。
裏社会の住人は”その人”の事を「疫病神とか死神」と呼ぶそうだ。アンタッチャブルな存在として語られている。
そして表社会の人々は「無敵の人」と呼ぶそうだ。
私は試しに事情通に聞いてみた。
「その死神ってのの名前は?」
事情通はこう答えた。
「名前だけは分かってんだよ。苗字は分からないが、名前はマサミちゃんって言うんだ。もしもアンタがそのマサミってのと出会ったら、すぐに逃げることだね。幽霊、妖怪のたぐいだって噂だぜ。だが魔除けの言葉があるらしいぜ」
「へぇ?どんな言葉?」
「ちょっと曖昧なんだが、Do it とか 胴体 とか どうして? とかそんなような(どーから始まる)言葉が苦手らしい」
「何だそれは……」
思わず苦笑いをする。
「それは幽霊なのかい?妖怪なのかい?」
「さあ?ただ聞く所によると、ガラの悪い男に囲まれた時に”マサミちゃん!”て叫ぶと、ガラの悪い男たちは逃げてくらしいぜ。試しにやってみたらどうだい?」
私はオカルト話に興味はないが、マサミちゃんという都市伝説には少し興味がわいた。




