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鍛冶屋から貰った聖剣がバールだった件

 アシュリーは混乱した。何故バールなのだ? 何故、聖剣が入っているはずの布袋からバールが出てくるのだ? 聖剣はどこへいった? バールとは何だ? っていうかバールって……!


 百もの「何故」を繰り返しているアシュリーに、「隊長……」という遠慮がちな声が掛けられ、アシュリーははっと我に返った。


「何がなんだか私にはさっぱりわかりませんが……打ち込んでもいいんですよね?」


 返答できないでいるアシュリーに、クラセヴィッツ副官が念を押すように問う。


「ハンデのつもり……なのでしょうか。恐れながら、私もナメられたものです。……全力で打ち込んでいいと、そういう意味なんですよね?」

「あは、あはははははっ!!」


 アシュリーは大笑いした。考えてしたことではなかった。ただただ――この状況では笑うしかないな、と思ったのである。


「あぁその通りのようだな! よいぞ、どっからでもかかってこぉい!」

「では、遠慮無く!」


 副官は地面を蹴った。疾い。攻守ともに全く隙のない突進だった。並の兵士なら一撃で首を取られるだろう。



 アシュリーはバールの端を握りしめた。



 やるしかない、と言い聞かせ、アシュリーは手汗で濡れる手のひらに力を込める。


「隊長! フェリシティア隊長ォッ!!」


 飛び込んで来たクラセヴィッツの眼鏡が光った。


「私は今、あなたを超え――!」


 副官が言い終わらぬうちに、バールを握ったアシュリーの身体がバネ仕掛けのように動いた。




 ガン! という、鈍い音がした。




 練兵場の兵士たちがうおっと声を上げたのと、それはほぼ同時だった。何か重い物が着地する鈍い音が遠くに聞こえ、兵士たちの視線がきょろきょろと虚空を泳ぐ。


「あれ……副隊長は?」


 土煙に煙る練兵場には、アシュリーしかいなかった。


 しばらくして、一人の兵士が悲鳴を上げた。


「あ、あれ、副隊長じゃねぇか!?」


 見ると、練兵場を囲う城壁の上。いつもなら歩哨が立っている辺りに、クラセヴィッツのものと思われる具足の足がハミ出ていた。


 尋常な飛距離ではなかった。如何に馬鹿力で斬られた――いや、殴られたとはいえ、今副官が立っていた場所から城壁まではゆうに十メートルはある。あんなところまで大の大人が――宙を飛んだというのか。


「た、大変だ! 副隊長を助けろ! あと衛生兵!」


 誰かが言った途端、兵士たちは我に返り、狼狽えつつも散り散りに走り出した。


 そんな中、ひとり練兵場のど真ん中に立ち尽くすアシュリーは、自分の右手に握られたものをじっと見つめていた。



 バールである。



 バール以外の何物でもなかった。



 聖剣など――どこにもなかった。

 



 ブチッ、と、アシュリーの頭の中で何かがちぎれる音が聞こえた。




「あんのクッソ鍛冶屋ァァァ! おのれェ、私を謀ったなァァァァ!!」




 王都中に響くような声でアシュリーは怒鳴った。


 王宮の窓はビリビリと振動し、厩舎の馬は嘶き、噴水の水は逆巻く。もはや人間のそれを遥かに超えた怒声は落雷のようにあらゆる物を鳴動させ、驚かせ、天にまで轟いたのではないかと思わせた。


「おのれおのれおのれェェェ! どいつもこいつも私をナメ腐りおって! 待っていろ野暮天が! このバールでメッタ打ちにしてくれるぞ! 覚悟しておれぇぇぇぇっ!!!」


 頭から湯気が出るような怒りに我を忘れ、アシュリーはバールを右手に矢のように駈け出した。


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