聖鎚
刻は半刻ほど前に遡る。キュクロプス工房から王都へ通じる田舎道を、一頭の白馬が疾駆していた。
「冷気――ですか?」
「あぁ、多分そうだ」
王国一番の駿馬と讃えられるだけあって、その疾走速度は尋常ではなかった。ぐんぐん高度を上げる太陽よりもなお疾いのではないかと思わせる馬の背に乗りながら、ベリックは手綱を握るクラセヴィッツに答えた。
「鍛冶屋なら常識さ。鋼みてぇな炭素を多く含む鋼は冷気に当たると、構造が単純化して簡単に砕けるようになるんだ。アンタも騎士なら覚えがあるんじゃねぇか? 真冬に剣を振るってて、今まで使ってた剣の刃が簡単に欠けたことが」
はっ、と、クラセヴィッツが息を呑んだ。彼にもその覚えがあるらしい。「それと同じさ。……たぶん“魔眼”の破砕の力は、その原理を応用してるんだ」とベリックは付け足した。
そう、あのとき滴った雫の一粒が、ベリックに謎を解かせた。あのとき“魔眼”に滴った水の一滴が凍ったのはその証拠――“魔眼”には急激な温度変化により、物質の脆弱性を自在に操る能力があるに違いない。アシュリーが投擲した岩を砕いたときに噴出したのも、“魔眼”の力の一旦――急激な温度の変化による熱破壊だと考えれば説明がつく。
「親方の考えそうなことだぜ! あの人は発想を転換したんだ。破砕の魔法は強力すぎて並の金属には定着しねぇらしい……だったら破砕の仕組みの方を変えちまえばいいってな! 冷気の魔法は剣に定着させるのもそう難しい魔法じゃねぇはずだ! だったら正解はこれしかねぇよ!」
「それでは、あなたの作ったその……聖槌ならばその力を無力化できると?」
「もちろんだ! ミスリルは偉くご機嫌取りが難しかった……いくら熱しても冷ましても簡単に変形しちゃくれねぇ。要するに熱の伝わり方がとんでもなく悪い金属なんだ。けど、だからこそ温度変化による破壊にはめっぽう強い! あの“魔眼”にも耐えてくれるはずだぜ!」
そのせいですっかりと時間がかかってしまったのは想定外だったが――とベリックは内心に付け足した。落ち着け、落ち着け、と尚早に駆られる自分を宥めながら、ベリックは布で包んだだけの聖槌を覗き見た。
完全に冷やし切る時間がなかったため、麻布に包まれただけの聖槌はまだほのかに温かかった。それでも確実に先程より冷たくなってゆくそれは、まるで刻一刻と削られていく残り時間を示しているように感じられてならない。
間に合え、間に合え――! 胸中に必死に繰り返すベリックを、やっと山陰から顔を出した朝日が照らし出した。その朝日のど真ん中に向かい、ベリックは煤だらけの顔で絶叫した。
「アシュリー! 今行くぞ!!」