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前哨戦③

 サボスは苛立ちを隠さない声で言った。


「馬鹿も休み休み言って頂きたい。あの剣はエーデン王国が把握する限りでは最強の魔剣だ。一度見たのでしょう? あれは触れた全てを破砕する究極の魔剣。並の剣なら切り結ぶことすら出来ない。だいたいあなたは野鍛冶だ。剣なんて打ったことがないでしょう? どうやってあの剣を――」

「あぁそうだ、俺は剣なんか打てねぇしその自信もねぇ。だけどな、聖剣ってのは要するに魔を祓う剣ってこと……違うか?」


 その言葉に、一瞬虚を衝かれたように弛緩したサボスの顔が、やがてはっと何かに気づいた表情になった。同じ結論に達したらしいサボスに、ベリックは力強く頷いた。


「おい鍛冶屋! 時間稼ぎもいい加減にするんだ! これ以上執政官殿を煩わせるなら――!」

「い、いや、待ってください副官!」


 大きな声でクラセヴィッツを止めたサボスは、しばし額に手をやって虚空に視線を泳がせた。物凄い勢いで何かを考えているらしい。


 ほんの数秒の間、サボスの眉間に皺が寄った。それがあまりにも不確かな賭けであることに思い至ったのかもしれない。それでもそれも一瞬のこと、白の多い眼に何かを決意したかのような色が戻った。


「なるほど。それなら――なんとかなるかもしれません」


 クラセヴィッツが「ほ、本当ですか?!」と弾かれたようにサボスに詰め寄った。


「えぇ、もちろん成功するとは限りません。だが、あの魔剣だけでも止められる可能性があるなら――我々にも勝ち目はまだ残っている」


 サボスはすぐに別の何かを考え始める。ブツブツと何事かを呟きながら、凄まじい勢いでそのための手段を組み立てているらしい。


「……処刑は明後日。それが出来るのは明日一日です。どう頑張ってもそれしか猶予はない」


 サボスはそう言い、出来るな? というようにベリックに目配せした。やるさ、と大きく頷くと、サボスが今度はクラセヴィッツを見た。


「クラセヴィッツ副官」

「は、は!」

「あなたはこれから彼の護衛と助手を勤めていただく。彼をキュクロプス工房まで護衛し、聖剣が完成するまでに仕事を手伝い、なおかつその身を守ること。不測の事態も有り得ます――できますね?」


 矢継ぎ早に指示を出すサボスに、クラセヴィッツは「了解しました」と強い口調で応えた。


「しかし……これはかなり大掛かりな仕掛けになりますよ。城中、いや、国中を巻き込んだ仕掛けになる。こんなイリュージョンは私だけでは無理だ。私以外の役者が必要ですね……さて、その大役は誰にやってもらうとするか……」


 そう言うものの、サボスのその声には何故か少しだけ楽しげな雰囲気があった。


「アンタ……一体何を考えてやがる」

「何を考えている? ふん、アベニウス騎士団長のキンタマを縮み上がらせるためのセレモニーの算段ですよ」


 その言葉に、ベリックだけでなく、クラセヴィッツも目を瞠った。


「彼は我々をずっと裏切っていた。裏切り者には至上の裁きを下すのが天下の法というもの。あの聖人面をひん剥いて野獣の顔を晒し、恐怖と恥辱で縮み上がったキンタマの皮を自分の両手で丁寧に伸ばしながらうなだれきってごめんなさいごめんなさいと繰り返す時の情けないツラを見てやりたいと……そう思ったんですよ」


 ケッケと意地悪く笑ったサボスの目はらんらんと輝いている。この男、想像を絶して悪趣味である。


「い、いえしかし、ウィルフォード執政。状況は圧倒的に不利ですよ。第一、我々にはアベニウス団長の裏切りを証明する証拠が……」

「それは私に任せて」


 その声に、その場にいた全員がぎょっと振り返った。


 今の今まで誰もいなかった空間に、闇に溶け込むような漆黒のローブを目深に被った姿が忽然と現れていた。顔は見えないが、この肌がひりつくような独特の気配――ベリックが人生で初めて出会う、それは魔術師だった。


「ま、マスター・リヴリエール! いつからここに……!?」


 サボスが狼狽えた声を出した。この人が王宮魔術師(マスターメイジ)、つまりこの国最高の魔法使い。この人が……? 遠慮もなにもなくローブ姿をじろじろ眺めるベリックに、リヴリエールは「そんなに慌てなくてもいいわ」と透き通るような声で言った。


「別に私はエリアスのシンパじゃないわ。むしろ逆。あなたたちがなんだか深刻な話をしてるから少し立ち聞きさせてもらっただけよ。ちょっと牢獄に用事があったものでね」

「牢獄に――用事?」

「えぇ。とっても大事な用事。でもちょうどいいわ。あなたたちの話がそういうことなら、私の用事も早く片づくもの」

「どういう……ことですか」


 サボスでさえ、リヴリエールが何を言っているのかわからないらしかった。リヴリエールは目深にかぶったローブをめくりあげた。


「これを見てもらえばわかる。エリアス・アベニウス騎士団長の裏切りを証明するのは私自身だわ」


 分厚いローブの下から現れた顔を見て、ベリックだけでなく、サボスもクラセヴィッツも驚きの声を上げた。


「あ、あんたは――!?」



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