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前哨戦②

「前回の反乱から七年、私とエーデン騎士団は簒奪を企てた一味の残党刈りを続けていました。もちろん、入れたくもない探りを入れて身内を疑いもしました。だが、まさか騎士団の長が首謀者だったとは……考えたこともありませんでした。いや、考えないようにしていた、というべきか……」


 そこで初めて、サボスは後悔するように顔を歪めた。


「その間にアベニウス騎士団長は着々と反乱の準備を進めていたようです。名声を高め、同調者を増やし、兵器を蓄えた。それでも七年間、彼が簒奪に動かなかったのは何故なのか、ようやくわかりましたよ。続きがあったからです。彼は十年前の戦乱を再び始めるための好機を伺っていたんだ」


 あの戦争の続きをする――。そう言った時のアベニウスの異様な表情が網膜に蘇った。あの眼は正気の眼ではなかった。戦に取り憑かれ、魔剣に焦がれる悪魔の目つきだったと、ベリックは思う。


「そこで彼は自ら辻斬りを働き、“吸血鬼”に力を蓄えていた。アレは血を吸えば吸うほど力が増す魔剣だったようですからね。だが、その剣は予想外のところでアシュリーに折られてしまった。反乱計画は頓挫するかに思われた」


 だが、そうはならなかった。そう続くであろう言葉をサボスは口にせず、代わりに、ふう、と短く溜息を吐いた。


「いや――彼の狙いは最初から“魔眼”だったのかも知れません。王都で魔剣を使った凶行を続ければ、いずれあの“魔眼”の在り処を知る人間が何か行動を起こす、不確かだがその可能性はゼロではない。彼がそう考えていたのだとしたら――愚かにも全ての引き金を引いたのは私だったというわけだ」


 自嘲するように言って、サボスは太い溜息を吐いた。その『愚か者』の中に自分も含まれている事を知って、ベリックは地下牢の床に視線を落とした。


 これからこの国が滅ぶ? そう言われても実感など湧こうはずがなかったが、何かとびきり不吉な事態が進行しているらしい不穏な空気はじわじわと足元を這い上がってくる。


「アンタはこれからどうするんだ」

「私にできることはもう何もない」


 一縷の望みをかけて言ったベリックに対し、サボスは予想外に気弱な言葉を吐き捨てた。


「相手はこの国最強の騎士であり、騎士団の長であるアベニウス騎士団長なのです。しかも現在は戒厳令下、小手先の知恵では状況を悪くさせるだけだ。――かくなる上は陛下に御動座を願い、王城から落ち延びさせるしかないでしょう」


 決然と言ったサボスは、それきり続く言葉を吐こうとはしなかった。ベリックが一番気になる、その先のことを。



「アシュリーは……アシュリーはどうなんだよ」



 一瞬だけ、サボスの眉が動いたが、ただそれだけだった。再び隙のない無表情に戻ったサボスは、静かに言った。


「処刑は明後日に決まりました。もはや、あれを助け出すことは不可能だ」

「そんな……!」


 ベリックは血相変えてサボスに詰め寄った。


「そんなのってねぇだろ……! アンタは執政官なんだろ! この国の最高権力者ならなんとか出来るはずなんじゃねぇのか!」

「出来ませんよ」


 ぴしゃりと言うのと同時に、サボスは三白眼を光らせながらベリックを見つめた。


「その正体がどうあれ、この戒厳令下で辻斬り魔を逮捕したのはエーデン騎士団の長なのです。現行犯だったと言われればそれまで。もはや私や王宮魔術師リヴリエールが如何に取りなしたところで、周りが許さない。処刑は断行されるでしょう」


 努めてそうあろうと念じているらしいサボスは、抑えた声で淡々と続けた。


「それに、アシュリーはアベニウス騎士団長の正体を知っている。下手にあれを助けようとすれば、アベニウス騎士団長は私が彼の正体に気づいていることを知るでしょう。戒厳令下では、例外的に文官よりも武官の方が発言力が強い――そうなれば私は辻斬り魔の一味として騎士団に拘束されるか、処刑されるかです。そうなれば一巻の終わり。適当に理由をつけて女王は弑逆される――いや、それどころか彼はもっと悪辣なことを考えているのかもしれない。取り調べの結果、辻斬り魔事件は王政が黒幕で、アシュリーは女王アストリッド・エーデンの指示を受けて民を殺戮していた……などとね」


 淡々とした口調は不気味に現実性を帯びていた。『派手なセレモニーを行う』と言ったあの男なら、確かにその程度の裏は考えているかもしれない。


「なら、力づくであの騎士団長を抑えちまえばいい。反乱の証拠は揃ってんだろ? なら天下御免で騎士団長をとっ捕まえれるはずだ。頭を潰しちまえば反乱も……」

「どうやって?」


 ベリックの浅知恵を粉砕するかのように、サボスの目が鋭さを増した。


「忘れないで頂きたい。今やアベニウス騎士団長の手中には“魔眼”があるのです。ただの魔剣と思ってもらっては困る。あれは想像を絶する力を秘めた兵器なんだ。あなたも一度見たのでしょう? この国の全兵力が相手になっても今の彼を倒すのは容易なことではありません。この国には最早力づくで彼に逆らえる人間などいませんよ」


 挑むような反駁に、ベリックは言葉を飲み込んだ。


「ま……待てよ」


 ベリックは鉄格子の向こうのサボスに語り掛ける。


「あ、あんた。どうしてあのとき、工房に踏み込まなかった」


 そうだ、あんたはどうして。


「それは――そうする理由がなかった。キュクロ将軍はあの魔剣を携えたまま国外に逃亡した、私はそう結論づけたから、あなたは何も知らないと思っていた。それだけです」

「頭がいいならずっとわかってたんだろ、あそこに“魔眼”があることぐらい。ならどうして踏み込まなかった? 俺なんか締め上げようが殺そうが泣く奴なんていないことぐらいわかってたんだろ。どうしてだ? 実はあんたが俺をかばってくれてたからじゃねぇのか?」


 サボスは表情を変えなかった。その代わり、回答を拒否するように目線をそらしてしまった。


「俺――実際は気づいてたんだよ。親方はあんたと申し合わせた上でこの国を出ていった、そうだろ?」


 そう言うと、クラセヴィッツがサボスを見た。サボスは無言を貫いている。


「最後の日に、親方は俺に言ったんだ、世の中が悲しいままならあの魔剣を外に出せ、信頼できる王宮の人間に託せって。そりゃあんたのことなんだろ? あんたはだからあの時、辻斬り魔を倒すために俺のところに来たんだ。でも俺はそれを拒否した。ああ、あんたの言う通り俺は馬鹿だったさ……でもあんたはあの魔剣があそこにあることを知ってたのに奪い返さなかった――それは、なんでなんだ。あんたが見た目ほど冷酷な人間じゃないから――違うかよ?」


 サボスは無言のまま、瞬時目を伏せた。


 長い沈黙の後、サボスは顔を上げ、はっきりと言った。


「――私は執政官だ。何を犠牲にしても王家を守る必要がある」

「ふざけんな!」


 瞬間、ベリックは鉄格子の隙間から伸ばした両手でサボスの胸ぐらに掴みかかっていた。ガシャン! という音とともに鉄格子に叩きつけられたサボスの両目を、ベリックは燃える目で睨みつけた。


「やめろ鍛冶屋! 相手は執政官だぞ!」

「うるせぇ! そんなもん知ったことか!」

 クラセヴィッツの怒声を倍する怒声で圧して、ベリックは長身に不相応なサボスの痩躯を揺さぶった。


「お前、アイツの兄貴分なんじゃねぇのか!? 俺が馬鹿ならゆくゆくはこうなることぐらいわかってたんだろ! ならどうしてあの時アシュリーだけでも無理やり連れ帰らなかったんだ!」


 その声にサボスは顔を歪めたが、それだけだった。なんなんだ、この男は。その気になれば明日の天気だって変えられるほどの権力と頭脳を持っているのに、なんでその程度のことが出来ないのだ。たった一人、人を救えばいいだけなのに。それは魔剣を打つよりも、フォーク一本を形にすることよりも、きっと遥かに簡単なことなのに。


「諦めたようなこと抜かしやがってこの優男が! テメェがなんとか出来なきゃ誰がなんとか出来るってんだ!? いいから四の五の言わずに処刑をやめさせろ! あのくそったれ騎士団長を締め上げてアシュリーを助けんだよ! じゃなきゃアシュリーは死ぬまでテメェを待つぞ。テメェはそんなアシュリーを見殺しに……!」



「アシュリーは助けられても、まだ私にはアストリッドがいるんだ!!」



 思わず、というように声を荒げたサボスに、ベリックの喉から出かけていた言葉が霧散した。


「あなたは私に――あの子たちのどちらかを……天秤にかけろと仰られるのか」


 胸ぐらを掴む手から力が抜けた。


 サボスは乱れたローブの裾を乱雑に整え、努めて事務的に言った。


「とにかく、もう私に出来ることはない。あなたは解放しますが、これでギリギリの措置です。言い訳は今から考えますが、以後私の決定に口を挟むことは許しません。いいですね? これは意地や度胸、やけっぱちの賭けをして通れる類の話ではないのです。あまり私の手を煩わせないで頂きたいものですね」


 そう言ってサボスはクラセヴィッツに目配せする。クラセヴィッツは頷き、牢屋の鍵の束を鍵穴に差し込み、鉄格子を開いた。


 項垂れたまま、ベリックは湿った石床をじっと見つめた。


 自分には何も出来ない。無力感が重く肩にのしかかり、潰されそうだった。そう、いくら気色ばんでみたところで、結局はただの鍛冶屋にすぎない自分の小ささ、非力さ。親方のように冥王と呼ばれたこともない。あの騎士団長を倒すことも出来なければ、アシュリーを救い出すことも出来はしいない。自分に出来ることと言えばせいぜい道具を作ることぐらいの無力な存在――。



 道具――道具、か。



 そう言えば、あのとき“魔眼”に触れた水滴は何故凍ったのだろう?



 触れたものを全て破砕する――そんな芸当が、如何に魔剣と言えど、可能なのだろうか。



 親方は鍛冶と鉄には詳しかったけど、あの人から魔法の話など一回も聞いたことはなかった。



 ならば――何故剣は折れるのだ?



 アシュリーが振るえば何故ミスリルの剣でも折れる? 



 ベリックは目を見開いた。



 稲妻のように脳裏を駆けたその思いつきに、一瞬だけ心臓が熱を帯びた。



「ま……待て」



 ベリックが言うと、サボスとクラセヴィッツが同時に振り返った。



「反乱が止められねぇのはわかった。だけどよ……」



 ベリックは決然と言った。




「俺が……あの“魔眼”だけでも止められるって言ったなら、そこからならアンタの頭でどうにかならねぇか」


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