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野獣死すべし④

「おお、フェリシティア隊長。安心してくれ、賊は私が討伐した」


 途端に、騎士の男が笑顔を浮かべ、実に親しげな振る舞いでアシュリーに歩み寄った。


「わかるだろう? 極秘任務だったのだ。ここ、キュクロプス工房の鍛冶屋が城から魔剣を持ち出し、辻斬りを働いているという匿名での情報があってな。騎士団にも極秘だ。城の内部に内通者がいる可能性もあったからな。遠乗りと偽ってここまで来たのだよ」


 男の声の変わりように、ベリックはぞっと背筋が薄ら寒くなるのを感じた。人を欺くのに慣れすぎた声と態度で、男はいまだに黙っているアシュリーの両肩に手を置いた。


「君に礼を言わねばなるまいな、フェリシティア隊長。君が辻斬り魔を追い詰めたのだ。君が此奴の魔剣を折ったことで、尻尾を掴むことが出来た……君がこの王座転覆を狙う辻切り魔を討ったのだ。私は高く評価するぞ」


 アシュリーが少し驚いたように、ベリックには見えた。一瞬の間、思いつめたような表情で騎士の顔を見上げたアシュリーは、やがて低く言った。




「そうですか。では、ひとつ褒美を賜りたく存じます」




 アシュリーの発した言葉に、男は柔和な笑みを浮かべてみせた。


「なんだ、いつになく気が早いな。私に与えることが許されているものならなんだろうと……」


 その、瞬間だった。


 アシュリーの両手が電撃的に動き、男の首筋にぴたりと剣を添えた。


 開きかけた口を閉じぬまま、騎士の男は灰色の目でアシュリーを凝視した。




「私の質問に答えていただく権利を賜ります。エリアス・アベニウス騎士団長」




 拒否すれば……というように、アシュリーの剣の鋒が、男――アベニウス騎士団長と呼ばれた男――の喉元にゆっくりと移動した。


「まずひとつ目の質問です。今あなたは『王位転覆を狙う辻斬り魔』と言った。それは私しか知らぬ情報です。なにせ、かの怪人に出会って無傷で逃げおおせたのは私だけなのですから。しかも、私は私の副官以外には誰にもこの言葉を伝えておりません。あの辻切り魔は単なる通り魔ではなかった……何故あなたはそのことを知っているのです?」


 ベリックは目を見開いた。そいつは……! と言ったベリックを一瞥だけで制して、アシュリーは「ふたつ目の質問です」と震える声で問うた。


「その耳の傷はいつの間に?」


 その問に、アベニウスの顔が強張った。思わず右耳を触ったアベニウスの顔が、アシュリーの瞳に晒され、しまったというように強張った。


「あの日、私は闇夜の辻切り魔と切り結んだ時、その右耳をわずか傷つけた。あなたはそれに気がついていらっしゃらないようだ。気がついていないからこそ、あの夜、その傷もそのままに私の前に現れた……そういうことなのですか?」


 エーデン騎士団が半年かけても手がかりさえ掴めない不可解。もし犯人がその身内――騎士団の中にいるとしたら。まして、それがその総帥である騎士団長ならば、アシュリーをも圧倒する辻斬り魔の強さにも説明がついたのと同じだった。


 まさか、コイツが? ベリックは言葉を失った。この男、エーデン騎士団の長、騎士団長の要職に就くこの男が、まさか――。



「お答えください、騎士団長」



 じり……と、アシュリーが回答を迫るように半歩踏み込んだ。それでもなお無言のままのアベニウスに、アシュリーは付け足した。



「私から……二度も父を奪わせないで下さい」



 懇願するようなアシュリーの言葉に、ふう、とアベニウスは溜息をついた。



「……腕っ節だけの小娘かと思っていたが、なかなかどうして冴える勘もあるではないか」

「――は?」

「見事だ。アシュリー・フェリシティア・ポポロフ百騎隊長。だがもう全ては終わった後なのだよ」


 アシュリーの顔を真正面から見つめたアベニウスの顔に、薄い笑みが浮かんだ。






「君には言ったはずだ。私は君の父上と同じことをする、と」





 その一言に、アシュリーの顔が狂気に歪んだ。ギリ、と食い縛られた奥歯が音を立てるのと同時に、アシュリーの目から理性の光が消し飛ぶのが見え、ベリックの頭から血の気が引いた。


 剣の鋒がアベニウスの顎先から外され、頭上に振りかぶられた。




「うううう……! うああああああああああああッ!!」



 アシュリーよせ、というベリックの声は、言ったはずの本人の耳にすら聞こえなかった。続いて発した鉄と鉄が激突する音に、ベリックは思わず目を閉じた。


 数秒の後、ベリックは薄目を開けた。


 アベニウスは死んではいなかった。


 いつ抜いたのか、一瞬早く動いていたアベニウスの魔剣が、アシュリー渾身の一撃をがっしりと受け止めていた。


「君には私を斬ることは出来ん」


 アベニウスが低く言ったのと、それは同時だった。


 鍔迫り合うアシュリーの剣に、ミシッ、という小さな音とともに亀裂が走った。アシュリーが目を見開く間にも、その亀裂は一瞬で刃全体に広がり――次の瞬間、まるで膨らんだ風船が弾けるかのように砕け散った。


 同時に、不可視の衝撃が爆発するように広がり、剣の破片がまるで散弾のように飛び散った。咄嗟にその破片を腕で防ぐ間に、アシュリーの短躯が衝撃波に吹き飛ばされ、鍛冶屋の壁に叩きつけられるのが見えた。


「アシュリー……!」


 ずるり、と壁からずり落ちたアシュリーの身体を抱き起こし、強く揺すると、うう、とアシュリーが苦痛に呻いた。


「……大丈夫だ、死ぬほど痛いが死んではおらん」


 アシュリーがベリックの腕の中でゆっくりと身体を起こした。

なんだ、一体何が起こった? まるで悪い夢を見ているような光景だった。どう見てもあの“魔眼”に触れた途端に剣が砕けたように見えたが――。



「触れたものを全て破砕する――それこれが魔剣、“サイクロプス”の能力だ」



 不意に、アベニウスの低い声が耳朶を打ち、ベリックは顔を上げた。

いよいよファンタジーっぽくなってきました。

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