王城への帰還
王城に帰り着くと、既に夜が明けそうになっていた。
最初から、正門から入る気はなかった。衛兵の視線をかすめて城壁沿いに城の裏手に周り、暗い中を手探りで進む。城壁の前に来ると、アシュリーはその石壁を見上げた。
城壁と兵舎の間の僅かな隙間。陽の光すら当たらないであろう狭い隙間には太い雑木が植わっていて、その幹にすがりついてよじ登ると、アシュリーの身長でも難なく城壁の中に潜り込むことが可能なのである。
庭を横切り、ほとんど使われることがない鍵の壊れた勝手口から城の中へ。後は事前に決めていた衛兵の巡回ルートをかすめる形で、アシュリーは兵舎の厨房にやって来た。
早朝――いや、まだ真夜中といった方がいいだろう現在、朝食の仕込みに精を出す厨師たちはまだ起き出してきていない。まるでこそ泥のような忍び足で闇の中を這い進み、調理台の前に立ち、エプロンの中に隠し持ってきた包丁を取り出した。
半月前、ここから勝手に持ち出した包丁。数週間前に自分が随分好き勝手に振り回してうち欠けさせてしまったそれを、アシュリーは一週間かけて砥ぎ直していた。仕事が終わった後の深夜、ベリックに隠れてこれをコソコソと砥ぎ直すのは本当に骨が折れたが、とりあえず納得がゆく砥ぎ上がりにはなったと思う。
鍛冶屋なら道具を大切にしろ。そうでないならここを出て行け――。
一週間前、ベリックに言われた言葉が脳裏にこだました。初めてキュクロプス工房に来た時、自分はこの包丁を振り回してすっかりボロボロにし、捨てておけとまで言い放ったのである。
無論、こんなことをしても何の意味もないことはわかっているし、褒めるものがいないのもわかっている。これはけじめ――自分が鍛冶屋で修行していく上ではつけなければならないけじめだった。未熟だったときの自分が犯した粗相は、自らの手で埋め合わせる。騎士ならば正々堂々と己の未熟さを反省し、戒めとすることが出来なければならないはず。そう、騎士ならば――。
「帰ってきたと思ったら今度は泥棒の真似事ですか」
突如背後に発した声に、アシュリーはぎょっと後を振り返った。
人の気配がするのは廊下の奥である。この薄暗い中を灯明も持たず、亡霊のようにゆらゆらとやって来た人物を見て、アシュリーは素っ頓狂な声を上げた。