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鍛冶屋修行①

 ぎゅっとバンダナを後ろで縛り、アシュリーは「よし!」と快活に言った。


「どうだ、なかなか鍛冶屋姿が様になっているのではないか?」


 アシュリーは得意気にその場でくるりと一回転した。チェーンメイルの代わりに黒いシャツを、鎧の代わりに鍛冶屋のエプロンを着て、籠手の代わりに厚手の革のグローブをはめてみた。結い上げた髪から髪留めを外し、バンダナで覆うと、思っていた以上の仕上がりになった。ほとんどベリックが昔使っていたお古だが、格好だけはなかなかどうして様になっているではないか。


キャッキャと黄色い声を上げながら身体のあちこちを眺め回すアシュリーを、カウンターに座り込んだベリックが諌めた。


「あんまり調子に乗るんじゃねぇ。はしゃぎすぎて転んで火床に顔突っ込んでも知らねぇぞ」

「相変わらずつまらん男だな貴様も。こういうのは形から入ってナンボではないか。よい戦をするにはよい装備が必要だろう?」

「そうかいそうかい。じゃあ言っておくがお前、そのバールは鍛冶屋の戦にはいらねぇだろ」


 ベリックがアシュリーの腰を指差して言う。件のバールがベルトに差し挟むようにしてぶら下げてあった。


「ふん、相変わらず貴様は野暮だな。騎士たるものは常に臨戦臨死の境涯にあるのが運命。剣でも棒きれでもいいから何か腰にないと落ち着かんのだ」

「騎士様ってのは面倒くせえなぁ」

「なんとでも言うがよい。……だが警告はしておこう。野暮もあまりに過ぎるとつまらん男だと人様に後ろ指刺されるぞ?」

「うるせぇよドちんちくりんが。前々から思ってたが、お前は毎度毎度何様のつもりなんだ?」

「何様もどなた様もない。ただありのままを言っただけだ」

「鍛冶屋がカッコ気にしてどうすんだよ。どうせすぐ煤まみれの汗まみれになるのによ」

「ちぇ、野暮天め。……むぅ、しかしやっぱり男物だな。シャツの胸が若干苦しいと言えば苦しいような。邪魔くさくも最近また大きくなったからな……」


 シャツの胸の部分の布地を引っ張りながら言うと、うっ、とベリックが顔を背けた。今まで一度も見たことがない反応に、アシュリーは小首を傾げた。


「どうした? 腹痛か?」

「う、うるせぇよ」


誤魔化すようにベリックはわざとらしい咳払いをし、「とにかく!」とこちらに向き直った。


「いいか、よく聞け! 今日からお前は俺の弟子、俺の小間使い、俺の下僕ってことだ! 騎士様といえど容赦はしねぇ、働くからには死ぬほど働いてもらうぞ、わかったな!」

「あぁ、わかった!」


 子供のようにあっけらかんと返事すると、ベリックは一瞬目を丸くしてから、つまらなそうに片方の頬を歪めた。


「何か締まらねぇなぁ。もうちょっとビビれよ、お前。一応これから俺の弟子になるんだぞ?」

「ビビることなどあるものか!」とアシュリーは笑った。「やっと私の聖剣が手に入る一歩手前まで来たのだ! バリバリ稼いでモリモリ学んで、貴様には必ずや私に相応しい聖剣を鍛えてもらうぞ!」


 うわははははは、と高笑いに笑ったアシュリーは、胸をドンと叩いた。


「さぁ野暮天の鍛冶屋よ、早速なんでも申し付けるがよい! 鋼の剣でもチタンの剣でも純銀の剣でも、この百騎隊長がこの豪腕と華麗な鎚捌きにて鍛えてくれよう!」


 そう言って胸を張るアシュリーを、ベリックは呆れ顔で睨んだ。


「バァカ」

「うぇ?」

「お前みたいなトーシロにいきなりハンマー持たせて鍛冶の真似事なんかさせるわけねぇだろ。一体何様のつもりでいやがるんだ」

「な――ど、どうしてだ!?」


 アシュリーは目を剥いた。


「鍛冶屋とは鉄を鍛えてナンボだろうが! 私に何故打たせぬ!? 約束ではないか、私を鍛冶屋として雇うと! アレは嘘だったのか!」


 気色ばんで詰め寄ってくるアシュリーにも動じず、ベリックは「本当にお前は馬鹿だなぁ」と呆れたように言った。


「鍛冶屋の仕事ってのは鉄や鋼を鍛えるだけじゃねぇんだ。むしろ、そんなもんは鍛冶屋の仕事のほんの一部なんだよ」

「な、何ィ!? 突然何を言い出す!」

「じゃあ逆に聞くけどよ、騎士団ってのはどうなんだ?」


 挑みかかるように、ベリックはぐいっと顔を近づけて問うた。


「戦争の時に剣を振るう、騎士にとっちゃそれが一番重要な仕事だろうな。だけどよ、騎士様とやらの仕事はそれだけなのかよ? え?」

「そ、そんなわけなかろう!」


 思わぬ問いかけに、アシュリーは大声で反論した。


「ただ戦をすることだけが騎士の仕事なら、そんなもん傭兵にでも任せればよい! 我らは騎士道精神に則って王に忠誠を誓い、弱きを助け悪を貫き、王国の平和と弥栄を守るのが使命なのだ!」


 アシュリーの大声を、カラン! というドアベルの音が遮った。


 ん? 口を閉じると、ギイィ……という重い音を立てて、工房のドアがゆっくりと開いた。


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