刃のイロハ①
「それにしても……お前一体何者なんだよ」
幾分か顔色もよくなったベリックが、驚き半分、怪しさ半分という表情でアシュリーを見た。スープを食べる手を止めて「何者とはご挨拶だな」と不機嫌に応じると、ベリックはスープの液面に視線を落とした。
「おかしい……ウチには塩コショウとベーコンしかないはずなのに……どうやったらこんな上等なスープが作れるんだ? しかもお前、嘘か本当か知らんが騎士様なんだろ? 料理できるのか」
「ふん、百騎隊長を舐めるな。その気になれば料理をつくることだって、空を飛ぶことだって朝飯前なのだ」
「なんか完全に負けた気分だ、こんなチビ公にメシの世話を焼かれるなんて……」
「チビチビとうるさい男だなぁ」
ムッとしたアシュリーに「いや……悪かったって」と視線を逸らしたベリックは、ふと流し場を見て椅子から腰を浮かせた。
「お、おい! なんだこりゃ?!」
「ん? あぁ、すまない。包丁が柔らかくてな」
ベリックが流しを覗き込んだ。そこには、刃が欠けた包丁が二本と、鋒が一センチほど折れた包丁が一本、真っ二つに切れたまな板が転がっている。
持参したハンケッチで口元をぬぐいつつ、アシュリーはサラリと答えた。
「まな板は消耗品だからまだいいが、私が料理するとどうしても包丁をダメにしてしまうのだ。普段は遠慮して料理は別の者にやらせているのだが、今回は状況が状況で致し方がなかったのでな」
言いつつ、スープをスプーンで掬ったアシュリーは、スプーンの中を見て、おや、と声を上げた。それからスープの中に紛れ込んでいた包丁の欠片を指で摘み出し、皿の上に置いた。
それを見ていたベリックは何か口を開きかけたが、結局何もかも諦めたような顔で額に手をやった。
「包丁三本、まな板一枚と引き換えに一杯のスープか……もっと味わって食べておけばよかった……」
「それについてはすまぬと何度も言ってるだろう」
「いや一回も聞いてねぇよ! それより、お前にとってまな板ってのは消耗品なのか!?」
「大概の人にとってそうだろう?」
「えぇ? ……あぁ、やっぱりいいや。今の一言は忘れてくれ」
辛そうに顔を歪めたベリックは、気を取り直した様子で「それで……」と話題を変える一言を口にした。
「お前、こんな山奥まで何しに来たんだ? 馬も表に繋いでなかったし。騎士のくせに徒歩で来たのか」
「おぉ、そうだ!」
アシュリーは忘れていた目的を思い出し、スープの残りを飲み干して立ち上がった。
「貴様には訊きたいことが山ほどあるのだ! まずあのバール! あれは一体何なのだ!?」
「何なんだ……って、バールだよ。この店で一番武器になりそうなもんだったから渡した、それだけだ」
「訊きたいことはそこではない!」
いや、本当はそこも訊きたかったのだが――この際とりあえず脇に置いといてもいいだろう。
「なぜこのバールは折れんのだ? 私が持てば隕鉄の剣すら簡単に折れ砕けるというのに……。やはりアレは魔法か何かで強化されたバールだと、そういうことなのか? 貴様、農機具を鍛えるだけでなく魔法の研究まで……」
そうだそれしか考えられない実際そうなんだろう? と先回りしたつもりで訊ねたのに、予想外にベリックは呆れ顔になった。
「そんなわけねぇだろ。なんで魔法なんか強化する必要があるんだ? バールだぞ、それ」
「へ?」
「お前はな、剣でぶっ叩いてるんだよ。斬ってないんだ。だから剣なんかすぐに折れちまう。バールなら折れねぇ」
不思議な言い回しである。
斬っていない? 叩いている? 剣は折れるがバールなら折れない?
どういうことだ。
理解に苦しんでいるアシュリーを見て、ベリックは「本当にわかってなかったのかよ……」と大きなため息をついた。
「わかったよ、そんな目で人を見るな。スープ一杯分の恩はある。俺がお前に刃のイロハを教えてやる」
ベリックは立ち上がり、調理台の上にあった丸パンを一切れ、テーブルの上に置き、その横にさっきまでアシュリーが使っていた包丁を置いて、言った。
「これを切ってみろ」