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Night of RED MOON ―Dead fate―  作者: 紫龍
Declub side
3/5

エニムの人々

「おい、そんなとこで何やってんだ?」

その声にはっと身を起こし、声の主に目を向ける。緑色の髪を角刈りにし、屈強な体格の男で肩に鶴橋を乗せている。太い眉をひそませながら、こちらの様子を窺っていた。その顔に見覚えがあった。先程教会で老人と話をしていた人物だ。

「見知らねぇ顔だな……ひょっとして、てめぇが神父さんの言ってた若者か!」

老人は一体この男に何を話したのやら、まあ別にどうでも良い。土埃を払い、襟を直し、無言で立ち去ろうと足を踏み出す。

「おい、待て!まずは話を聞けって」

咄嗟に男が肩を掴んできた。その手が丁度傷の上で痛みが走る。振り向きざまにその手を払い、懐疑的な眼差しでその男を睨みつける。男は苦笑を浮かべて頭を掻いた。

「俺はコーダ、バティア鉱業組合取締だ。神父さんに頼まれててめぇを雇おうって魂胆だ。ここで会ったのも何かの縁、黙ってついてきな」

バティア鉱業、奴隷制度が失くなった際、数多の奴隷の生活と労働保障を引き受けるために作られた企業だったと記憶している。かつて、奴隷収容所だった監獄が反乱によって壊された跡地を利用し、寮を建てていた筈だ。このコーダという男も元奴隷なのだろうか、所々袖を捲った腕に傷跡が残っている。

仕事に就けば必然的に人と関わることになる。果たして己に人並みの生活を送る資格があるのか――そう思い、町を避けた、避け続けた。


今、一歩踏み出すべきだと言うならば。


ついて行った先は、片翼を生やした鶴嘴を象った看板が立てられた平屋の家だった。中に入る間際、ふと後ろへ振り向く。夜に紛れるような墨色の蝙蝠が、月光を裂くように飛び交っていた。

平屋の中に足を踏み入れ、最初に目についたのが、看板と同じ紋章が描かれた旗だ。玄関且応接間でもあるのだろう、小綺麗な机と椅子が窓際に並んでいる。その椅子に案内されるがままに、腰掛けた。角刈りの男は湯呑とともに書類を机上に並べ、雇用形態や誓約内容を述べた。

「一応、寮もあるんだが利用するか?」

「……お願い致します」

人との交流は避けたいし、あの寮の立地に良い思い出はない。しかし、重要な情報源となり得よう。それにあの老人の世話になるのは……。寮利用の説明を受け、書類の署名を進めた。署名を確認すべく、男……改めコーダ氏が書類を手に取る。

「よし、これで書類は大丈夫だ。明日の夕刻またここに来てくれ。改めてよろしくな、ディルク」

己は静かに頷いた。


朝日が完全に姿を見せ、雄鶏の鳴き声と共に重い鐘の音が一つ。静寂から目を覚ます者達が日常の習慣をひっそりと始めている頃だろう。教会居住区の居間の扉を開ける。早朝の肌寒い時間に、老人はせっせと朝食の準備で忙しく動いていた。己の存在に気付き、会釈する。

「おはようございます。昨夜は眠れましたか?」

「……随分と親切なことだな。見知らぬ放浪者に宿どころか、仕事の斡旋まで……何が目的だ?」

「おやおや、コーダさんに会ったんですね!口は荒いですが、優しい方でしょう」

「はぐらかすな」

「昨夜も言いましたが、神の御膝元です。赤月に誓って、やましい思いは決して御座いません」

胸の前で指を組み、老人は頭を下げながらそう述べた。実に信じ難い笑顔、全然似ても似つかないのに面影を感じてしまって気分が悪い。

「おや、おはようございます」

老人が視線を外した先へと振り向けば、いつの間に起きたのだろう、黄金色の髪を揺らしながら女が居間に入ってきた。変わらず異国の言葉はわからんが、爽やかな声色は挨拶でも述べているのだろう。

老人は机上に朝食を並べ、女がその席へつき、部屋の壁際でそれを見つめていた己にも手招きしてくる。己は席につかぬまま、今後のことを老人と話を進めた。

女の帰国方法を求め、この町にやってきた。その方法が見つかるまで、女は教会で言葉を学びつつ神父の手伝いを、己はバティア鉱業に身を置き情報収集をする方針へと決まった。老人の掌に転がされているような気もするが、身寄りもない我々には結局この方法しかないのだ。

「……昨夜も食べていない様子でしたが、こちらいかがですか?食べないと体に毒ですよ」

老人が小皿に料理をよそい見せてくるが、己は首を横に振る。料理を目にするだけで胸が一杯になる。

「ディクルブ……?」

「ディルクだ」

心配げに眉を下げる女の言葉に訂正を入れる。それを聞き、老人は怪訝な表情で首を傾げた。

「はて、ディクルブ……どこかで聞いたことのあるような名ですね」

「昔処刑された罪人の名だ。よく間違われて困る」

少し厳しい言い逃れだったろうか。髪を触りながら横目で老人の様子を窺う。暫し沈黙が流れ、老人が思い出したかのように頷く。

「ああ、反隷挽歌の英雄!」

聞き覚えのない言葉に眉をひそめていると、老人は立ち上がり、本棚へ向かった。順に目で追い、一冊の本を手に取り戻ってきた。差し出された本の題名、それが『反隷挽歌(はんれいばんか)』――。

「是非読んでみて下さい。罪人じゃない、れっきとした英雄伝を」

と押し付けるように手渡された。


奴隷制度を支援する第二王子、ディーク=リ=ヴァティオンに反発した第一王子、ディクルブ=リ=ヴァティオン。ディークの策略により王家を去るディクルブが仲間と支援を集め、反旗を翻す。ディクルブは最期、見せしめに処刑されるが、これを期にディークは失脚、多くの奴隷は救われた。

反隷挽歌の要約はこの通り、実にくだらん英雄伝だ。いや、そもそも英雄伝ではない、脚色を盛り込んだ法螺話。作者の名前は"ウィル"、そいつに文句を突きつけたいほどに。己はこんな英雄でも法螺吹きでもない。しかし、このような夢物語を信じる者がいるからには、益々本名は明かせない。口を結び、手元の本を乱雑に本棚へとしまった。


鉱山の町エニムは、三つの区画に分かれ構成されている。労働者や住民が住む家が建ち並ぶ住宅街。労働者のために憩いの場となる酒場や料理店が並び、時折市場が立つ歓楽街。鉱石の保管や加工を行う製鉄所や爆発物などの危険物があるため関係者以外立入禁止となっている鉱業区域。鉱業が盛んで来る者を拒まない町――だが反面、素行の悪い者や犯罪者も集まりやすい。現に、噂話が耳に届く。

「何だか最近、行方不明の人だったり、殺人が起こったり物騒よね」

「何年前だったかしら、トレイス一家が殺された事件の犯人……捕まってないんでしょ?」

「やだ、怖いわぁ」

十分に留意しつつ、女とともに町へ出た。


夜の町とは違う、賑わった活気に溢れ、たくさんの人が行き交っている。歓楽街は尚更だ。様々な露店が並ぶ市場に人混みができている。珍しいのか、女は目を輝かせ店を見回っている。そんな女の手を引っ張りながら、ついでにと頼まれた買い出しを済ませていく。

最後に立ち寄ったのは呉服屋だ。老体では渡しに行けないからと、酒瓶の入った袋を持たされ、使いを頼まれたのだ。入れば、職人技が光る装飾品や衣装が着飾られている人形がずらりと並び、来店を歓迎していた。奥の棚には色とりどりの布地がしまわれており、丁度店主だろう人物が布を取り出していた。こちらに気付いた店主が顎髭を触りながら笑顔を作る。

「いらっしゃい」

「神父からの使いです。こちらどうぞ」

「ああ、お前らか!そこ座んな」

袋を手渡し頭を下げ、早々に踵を返す己を店主の言葉が引き止める。そして店主は腰鞄から採寸用の紐を取り出す。

「……服を買いに来たわけでは」

「エビンに頼まれたんだよ。ささ、採寸済ませちまうぞ」

店主は己の肩を叩きつつ、半ば強引に座らさせ、手早く採寸を済ませていく。続いて女の方の採寸を済ませ、寸法を書き留めた。

服や色の好みなど色々と尋ねられたが、正直面倒なので店主に任せることにした。対し女は生地の素材や色も吟味し、時間をかけて選んでいた。言葉が通じない代わりに、絵を用いて意思疎通を図っていたのだが、その女が描く絵に唾を飲んだ。学んでいたに違いない、緻密な筆使いで、伝えんとする意図がはっきりと描かれた絵だった。女の希望が詰まる製図に店主が少し書き加え、方針は決まったようだ。服は出来上がり次第、教会へ持ってきてくれるとのこと。女は期待に浮かれていたが、己はどうでも良かった。そんな己を見て、店主は鼻を鳴らし言い放った。

「感服させてやっから楽しみにしてな」


教会に戻るやいなや、教会聖堂へ続く大扉の前で、司祭服の上に上着を羽織った老人がこちらに笑顔を見せていた。小さく頭を下げる老人に頼まれた買物袋を預ける。

「ありがとうございました。服が届き次第、お知らせしますね」

「……ああ」

老人の手回しの早さに不気味と感じてしまうのは、疑り深くなり過ぎているだろうか?この道中、神父の酷評は耳に届かなかった。寧ろ慈善行動が多すぎて心配を口にする言葉ばかり。そんな老人の足元に一匹、金色の瞳をした墨色の猫が歩み寄り、体を擦り寄せていた。

「たまにこうやって餌をねだられるから困ったものです」

そう微笑みながら足元の猫の頭を撫でる老人を見て、懐疑心が揺れ動いた。


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