第95話 奇襲
招かれざる冒険者の登場で、一気に雲行きが怪しくなった。
「ねぇ……どうする?」
ナビ子がもう一度尋ねる。
「本当にキングは動きそうにないんだな?」
「うん。だけど、星4のゴブリンが冒険者の所に向かうみたい」
次は星4ゴブリンか。
「冒険者は星4のゴブリンに勝てそうなのか?」
「う~ん。星3のゴブリンガードに苦戦しているから厳しいかも」
「もう戦いは終わった?」
「うん。たった今終わったところ。怪我もしてるみたいだし、結構消耗してるから、しばらくは動かないかも」
「休憩したら先に進むかな?」
「帰るなら休憩しないですぐに離れるよ」
なるほど。ごもっともな話だ。
「それに今は上位種のゴブリンガードを倒してるからね。みんなテンションが上がって帰る気なんてないよ」
「……気配察知でそんなことまで分かるのか?」
さっきからキングが星4と話していたとか、テンションが上ってるとか、怪我をしているとか……まるで見てきたように話している。
俺の問いに、ナビ子がえへんと胸を張る。
「アタイは電子妖精だからね。気配察知を普通よりも効率よく扱えるのさ!」
普通の人間や生物が使う気配察知は、正面など方角に何かあるって感じるだけのようだが、AIのナビ子はそれ以上のことが分かるらしい。
まず気配察知をレーダー探知のように上から正確に表示する。
また、気配の質から種族や強さ、現在の心理状況やケガの有無まである程度判断できるらしい。
強いモンスターなら気配が大きい、興奮していたら気配が赤い、怪我をしていたら気配が弱々しくなるなど。
そこから現状の状況を分析する。
元々ナビ子はAIに異常をきたした場合、人間ならどのように痛がるかなど予測し、それを表現をする。
気配察知でも同じように、予測し判断出来るのだろう。
「今の冒険者たちは、まだ興奮冷めやらぬって感じだね。んで、一人だけちょっとさっきよりも動悸が激しそうだから、怪我をしているみたい。だけど、弱々しくないから重傷じゃなさそう。ローポーションで完治できそうな怪我だと思う」
しかもそうやって分析している間も、集落やキングのことも同時に確認し続けている。
ナビ子って、本当にスゴいんだな。
「アタイ個人の意見としては、あの人たちはこのまま見捨てて、待機し続けた方がいいと思うの」
「いやいやいや。流石にそれは……」
まさかナビ子から見捨てた方がいいと言われるとは思わなかった。
「やっぱり助けるの? シュートが不利になるだけだよ?」
「まぁ確かにそうだけど、放っておけないだろ」
これがただの盗賊とかなら放っておくが、依頼に従って偵察に来ただけなら、同じ冒険者として助けないと。
「仕方ないね……」
というか、俺はナビ子が消極的な方がビックリだ。
「ナビ子は助けたくないのか?」
「アタイはAIだかんね。助けたいとか助けたくないのような感情はないんだよ。アタイにはシュートが一番だとプログラムされているから、シュートの不利になることはしたくないんだよ」
……なんだろう。
ナビ子がAIなのは分かっているけど、プログラムされているからとか、感情がないなんて言われると、寂しいというか、悲しいというか……なんとも言えない気持ちになる。
「まっ、最終決定はシュートに従うよ!」
ナビ子が笑って答える。
……うん、考えるのは後にしよう。
「とりあえず見捨てる真似はしない。それは確定だ」
「でもどうするの? まさか助けに行くんじゃ……」
「いや、流石にそれは出来ない」
それをすると、ここまで準備したのが無駄になる。
それに、助けたいが俺の姿は見られたくない。
だがモンスターが行っても、敵だと思われるだけ。
というか、話せないから意味がない。
「というわけで、手紙を書こうと思う」
それを無害な……リスかハニービーに持って行ってもらおう。
リスは回収部隊に組み込んでいるから、ハニービーかな。
よし、そうと決まれば急いで書かないと。
「手紙の内容は?」
「さっきの戦闘がキングにバレていて、より強い上位種のゴブリンがそちらに向かっている。下手に刺激すると、キングが出撃しかねない。今ならまだ間に合うから、本隊が来るまで山を降りて待機してろ……と。こんな感じかな」
俺は書きながらそう答える。
この手紙をハニービーに託す。
もし攻撃されそうになったら、手紙だけ置いてさっさと逃げるように指示して、送り出す。
「さて、少しだけ様子見かな」
「上手くいくといいけど……」
ナビ子は自信なさげに言う。
まっ、信じて待つしかないな。
****
「――駄目だね。無視して前進しているよ」
「はぁっ!?」
あれからしばらくしてナビ子が言った。
ナビ子によると、ハニービーは無事に手紙を届けたらしいが、しばらく相談した後、前進し始めたそうだ。
やっぱりモンスターから受け取った手紙だと信じてもらえないのか?
「ねぇシュート。やっぱり見捨てようよ~」
……俺もそうしたい気持ちになってきた。
まぁそういうわけにもいかないが。
「さっき出ていったゴブリンと冒険者が出会うのはどれくらい先だ?」
ハニービーが手紙を渡しに行っている間に、ゴツいゴブリンがゴブリンを率いて集落を出ていった。
一応ここからでも姿が確認できたので、図鑑登録を試してみた。
すると、図鑑にはゴブリンガーディアンと表示されていた。
合成レシピはゴブリンガード×ゴブリンガード。
要するにゴブリンガードの完全上位互換だ。
おそらくより頑丈に、倒しにくくなっているはずだ。
ゴブリンガードで苦戦していたのなら、勝てるわけがない。
「お互いに真っ直ぐ向かっているからね。そんなに時間はかからないはずだよ」
「冒険者の方は察知系のスキルを持ってないのか?」
偵察に来ているんだから、持っていないことはないだろうが……
「持っているだろうけど、強さまでは分からないんじゃないかな」
そっか。
さっきも言ってたけど、色々と詳細が分かるのはナビ子が特別だからだ。
そして、ゴブリンが近づいてきても、さっきと同じように倒せばいいと思っているんだ。
せっかくもっと強いと教えてあげたのに……
「仕方がない。フェアリーとピクシーを冒険者の元に行かせよう」
さっきは冒険者達だけで片付けられたけど、今回は難しいのなら、ハニービーじゃなくて、戦力になるモンスターを送らなくてはならない。
星4ゴブリンを倒せそうで、冒険者に敵対されなさそうなモンスターは妖精の2人だ。
彼女たちの魔法ならゴブリンガーディアンを倒すことは可能なはずだ。
俺は待機していた彼女たちを返還で呼び戻し、手紙を託す。
「いいか。ギリギリまで様子を見て、冒険者が殺されそうになったら助けるんだ」
「「ぴぴっ!!」」
彼女たちは元気よく頷いて飛んでいく。
「今度の手紙にはなんて書いたの?」
「ああ……助けるのは今回まで。次は助けん。って」
ギリギリの状態で助けて、次は助けないって書いてあったら、流石に帰るだろう。
「あと、てめーらが帰らなかった所為で、あと3日は動く気配のなかったキングが動き始めた。こっちで何とか食い止めるから、てめーらは大急ぎで防衛の準備をしろとも書いておいた」
むしろこっちがメインだ。
自分たちの責任でキングが予想よりも早く動き出したと言われたら……慌てて帰ってくれると思う。
まぁ食い止めるんじゃなくて、全滅させるから、戻ってきたら何も残ってないけど。
「さて、フェアリー達がガーディアンを倒しちゃったら、本当にキングが動きそうだし……その前に集落に奇襲を仕掛けようか」
冒険者のもとに向かったゴブリンガーディアンが戻るか殺られるかするまでは、キングは動かないはず。
そしてナビ子じゃないんだから、複数同時に監視するような真似はできないはず。
今ならゴブリンガーディアンに集中しているだろうから、今が集落を攻める絶好のチャンスだ。
「よし、じゃあラビットA。あとは任せたぞ」
「ラビットA。クイーンビーのこともよろしくね」
「きゅい!!」
ビシッと敬礼すると、ラビットAは集落へ向けて駆け下りていく。
その後ろをクイーンビーが慌てて付いていく。
すでに置いていってるが……本当に分かってるのか?
お前は戦いだけじゃなく、クイーンビーも守るんだぞ?
「まぁ最悪クイーンビーは空に逃げれるから大丈夫だよ」
それで大丈夫と言われても……帰ってきたらラビットAはお仕置きだな。
「さっ、ラビットAの奇襲が始まるよ!」
俺は作戦の全貌は知っていても、細かい内容までは知らない。
……あんまり無茶はしないでくれよ。




