第92話 いざキング討伐へ
星3の戦力補強よりも、分解を使い込めというナビ子。
この状況で、そんな事を言う理由はひとつしかない。
「……それはレベル上げをしろってことか?」
今までは、基本的に新たに増えた能力を使い込むことで、スキルのレベルが上っていた。
なので、レベル7になるためには分解を使い込めばいいのだろうが……何回くらい使えばいいんだろう?
今までの流れでは100から300だが……
「うん。レベル7になるための条件が、分解スキルを1000回使うことなの」
「せっ1000回?」
今までと桁が違うんだが……
「そう。レベル6以降は能力も強力になるからね。条件も大変になるんだよ」
確かに分解は今まで以上に強力な能力だ。
と、そういえばレベルが4~6まで一気に上がったから忘れていたけど、次の能力の説明を聞いていない。
「レベル7の能力ってなんなんだ?」
「うん。あのね……レベル7は上限解放。つまり星4以上の解禁なんだよ!」
「えええっ!? マジかよ!?」
ってことは、ラビットAや古参が星4になれるってことか!?
そうなれば、数の不利にも負けない戦力になること間違いなし。
それどころか、ホブA達が進化すれば、数の差も埋められる。
「けど……1000回か。そんなに分解する元がないぞ」
合成はほぼ無尽蔵に合成できるが、分解は分解できる元のカードがないと使えない。
ゴブリンの死体とホーンラビットの死体は全部解体が終わっている。
蜂や蜘蛛、蟻や蝶などはまだ残っているが、全部足しても200もない。
他に分解できそうなカードもない。
残り800をどうやって埋めるか……
「えっとね。これは裏技みたいであまり言いたくないんだけど……一度合成した物を分解するの」
緊急事態だから特別とナビ子が言う。
「合成した物を分解?」
「そう。分解したら素材が手に入るんだから、それをまた合成するの」
「そっか。それなら材料は減らなくて、合成と分解の組み合わせだけで数をこなせるのか!」
まるでゲームの稼ぎのような……本当に裏技みたいなやり方だな。
「でもでも~。分解って意外と魔力の消費が激しいから、あんまり多用は出来ないかも」
昨日――というか、数時間前に何回か分解を試してみたが、確かに魔力の消費が多い気がした。
それに、分解だけでなく、合成にも魔力が必要だ。
魔力回復ポーションはそれなりに在庫があるけど、戦いに必要になるだろうから、無駄遣いはしたくない。
それに魔力だけじゃなく、時間の問題もある。
合成や変化と違って、分解には少し時間がかかる。
かかる時間は分解されたカードの枚数によって変わる。
2枚に分解なら約1分。
3枚で1分30秒、4枚で2分。
カード1枚増える度に30秒増加するようだ。
仮に一番短い2枚の合成と分解を考えても、1回の分解に1分30秒。
1時間で40回が限界だ。
単純計算では2日で終わるが……魔力の問題がある。
魔力の自然回復には睡眠を取るのが一番だが、あまり長いこと寝ていたら、間に合わなくなる。
魔力回復ポーションを使わずに、魔力を回復でき、尚且つスムーズに分解する。
しかも揺れる馬車の中でだ。
結構揺れるから、座っているだけでも疲れる。
特に今回は急いで移動することになる。
「本当ならレベル7になってから移動したいところだけど……」
そんな時間はない。
ゴブリンの準備もそうだが、モタモタしていると、ギルド側の冒険者が先に到着してしまう。
ギルド側よりも早く到着しないと、下手したらラビットAやホブA達がギルド側に討伐されかねない。
仮に討伐されなくても、素材や魔石を独り占めしようとしたことがバレたら大問題だ。
つまりギルドが集落に到着するまでに、戦いを全て終わらせて撤収している必要があるのだ。
「あの様子ならすぐに人数は集まるだろうけど、それから準備とか必要だから、本来なら出発は数日後ってところだろう。……けど、今回はそんな悠長なことはしないと思う」
近隣の村の警備は今すぐにでも必要だろうし……全ての冒険者が足並み揃えて出発する必要はない。
おそらく準備のできた冒険者から先に出発して、近隣の村で待機するはずだ。
ゴブリンの集落に攻め込むのは本隊が揃ってからだろうが、その前に到着した冒険者が偵察するかもしれない。
いや、確実に偵察する。
元々ギルマスは偵察に長けた冒険者を用意していた。
それに、考えてみたら集落の詳しい場所をギルド側は把握していない。
もし集落を探している冒険者に戦っている所を見られたら……うん、絶対に見つかっちゃいけない。
「なら今すぐにでも出発しないとヤバくない?」
「今日中には出るつもりだ。けど、その前に少しだけギルド側の時間稼ぎをする」
「時間稼ぎってどうやるの?」
「ギルドを出る前にアザレアさんに言っただろ。ポーションを準備するって」
「そういえば言ってたね」
「ギルドの参加報酬にローポーションの支給ってあったじゃないか。あれってさ、俺のポーションを当てにしていたと思うんだよね」
もしくはすでにギルドの備品として準備されている可能性もあるけど、追加で大量のポーションが手に入ったら、それも準備すると思う。
「それに、ローポーションだけじゃなく、ミドルポーションやハイポーションが手に入るなら、万が一に備えて準備すると思わない?」
上位種もいると分かっているから、ミドルやハイポーションが手に入るのなら、少し遅れても手に入れたいと思うはず。
「でもさ、ポーションの瓶ってアザレアが準備するんだったよね? 今ある瓶じゃ全然足らなくない?」
「別に俺が瓶に入れる必要はないだろ。むしろこの場合は瓶に入れてない方がいいんだよ」
ギルド側が瓶に入れる時間が稼ぎになるんだから。
「でもどうやってポーションを用意するの? カードを置いておいても、アザレアじゃ解放出来ないよ。アザレアが取りに来るまで待ってるの?」
「そうしたら瓶詰めを手伝わされるだろ。じゃなくて、サフランに頼んで、空樽を貰うんだ。宿屋だから酒樽くらいはあるだろ」
出来れば使用前の空き樽がいいが、使用済みだって構わない。
一度カード化すれば、カードの回復効果で酒の臭いも取れた綺麗な樽になるだろう。
「あっ、だからさっき時間があったら部屋に来てくれって言ったんだね」
「その通り。ポーションの準備ができ次第、出発しよう」
そして、道中の4日間でレベル7になるよう頑張るしかない。
****
昼過ぎにやってきたサフランに空樽を3個頼むと、すぐに用意してくれた。
その樽を受け取って部屋に戻ると、樽をカード化して、洗浄する。
その後、ポーションを入れるために、セットを唱える。
すると、一瞬で樽の中にポーションが入るというわけだ。
もちろんサフランには一連の行動は見せていない。
まぁ空樽が渡して間もないのに中身が満タンなのには、すごく驚いたようだが。
それでも何も聞かないのは、流石だと思う。
冒険者が能力に関して深く詮索されたくないことが分かっている証拠だ。
冒険者御用達宿屋の看板娘は伊達じゃないな。
「じゃあサフラン。アザレアさんが来たらよろしく言っといてくれ」
後でアザレアさんが訪ねてくるだろうから、来たら樽を渡すように頼んだ。
そして絶対に色々尋ねられるだろうから、手紙も一緒に渡しておいた。
手紙には、しばらく街を留守にすることと、ポーションを自由に使っていい許可、できるだけ早く帰る旨を書いておいた。
留守にする理由は書いていない。
書けば嘘になるから観察眼でバレてしまう。
だからその部分はサフランに伝言でお願いすることにした。
「ごめんな。急に帰ることになっちゃって」
「仕方ないですよ。こんなことになると、やっぱり不安になりますもんね」
サフランにはバランの村が心配だから、冒険者になった旨を報告するついでに一旦帰ると言った。
「部屋はこのままにしておいてくれると助かる。もし10日経っても帰らなかったら……お金はアザレアさんに請求してくれ」
一応10日分の宿泊費は先に渡している。
片道4日、戦闘1日、帰り4日と考えると丁度いいと思う。
もし10日以上かかったら、その分はアザレアさんに出してもらおう。
樽に入ったポーション代として、それくらい請求してもいいはずだ。
「多分ないと思うけど、1ヶ月以上経っても帰らなかったら、チェックアウトということでよろしく」
1ヶ月経っても帰ってこないってことは……俺が負けたことになる。
そうなったら、いつまでもアザレアさんに払わせるわけにはいかない。
「そんなことにならないように、絶対に帰ってきてくださいね! 帰ったら……絶対にお祝いしますから!」
……もしかしたら、サフランは勘付いているのかもしれない。
もうすでに俺が普通の冒険者でないことは分かっていると思う。
この子を悲しませるようなことはさせたくない。
「分かった。帰ったら3人でお祝いしような」
そう約束して宿を後にした。




