第90話 ホブAの話
宿に戻ると、いつもよりも騒がしかった。
どうやらここにも緊急依頼の件は既に伝わっているようだ。
「あっシュートさん。お帰りなさい」
俺を見かけたサフランが忙しそうにしながらも駆け寄ってくる。
「ドタバタしてすいません。実は……」
「緊急依頼の件だろ?」
「あっやっぱりご存じでしたか。と言いますか、朝のアザレアさんの用事ってもしかして……」
「アザレアさんが来たことは知ってるんですね」
「そりゃあ、いくら知り合いでも、あんな時間に許可なく通したりはせませんよ」
「ってことは、アザレアさんはサフランを叩き起こして部屋までやって来たのか」
緊急事態だったとはいえ、迷惑かけちゃったな。
「いえ、既に朝の準備中だったので、それは問題なかったんですが……」
「朝の準備中って……だって、夜も日が変わるまで働いてるんでしょ? それなのに、そんな朝から……ちょっと働きすぎなんじゃ?」
ブラック過ぎるだろ。
宿の仕事って、そんなに忙しいのか。
「ふふっ別に毎日じゃありませんよ。昨日は……ほら、3人でお祝いする予定だったので、午後からお休みを頂いてたんです。その代わりですよ」
あっ一応休みはもらえるんだ。
……でも、休んでくれてたのはちょっと申し訳ないな。
あれっ? でも、昨日働いてなかった?
……多分、中止になったからとかそんな理由だろうな。
「中止になって申し訳ない」
俺が悪いわけではないが、申し訳ない気になる。
「いいえ! シュートさんが悪い訳じゃありませんから。それに……アザレアさんだって、大変だったでしょうから」
まぁ今の冒険者の状況を見れば大変なのは一目瞭然だな。
「もしかして、シュートさんも依頼に参加されるんですか?」
サフランが不安そうに尋ねる。
朝呼び出されたのは間違いなくこのことなのは明白だからな。
「いやいや、昨日冒険者になった俺が行っても足手まといになるだけだから、参加しないよ」
俺がそう言うと、サフランが胸を撫で下ろす。
うん、いい子だ。
「実は俺が村長から預かってた手紙に、今回の緊急依頼にちょっとだけ関係があってね。それで呼び出されたの」
「そうでしたか。ちょっとだけ安心しました」
「まぁこんな感じだから、依頼も受けられずに帰ってきたんだよ。これから部屋でナビ子と作戦会議」
「作戦会議?」
「依頼が受けられないんじゃ、別の方法でお金稼ぎしなくちゃ。このままじゃ来月にはサフランに宿を追い出されちゃう」
「もぅ! 私は追い出したりしませんよ!」
サフランが怒って頬を膨らせる。
「ははっ冗談だよ。でも、作戦会議は本当かな。もしかしたらサフランにもお願いしたいことがあるから、暇ができたらでいいから、部屋に来てほしいんだけど……難しいかな?」
この様子じゃ厳しいかもしれない。
「多分、休憩がもらえるのは、お昼過ぎになっちゃうと思いますが……」
「全然大丈夫だよ。じゃあこれ以上邪魔しちゃ悪いし、俺は戻るね」
いつまでも話していると申し訳ないと思い、俺は部屋に戻った。
****
「ねぇシュート。何で依頼を受けないの? あれじゃあアザレアが可哀想だよ」
部屋に戻るなりナビ子に責められる。
ナビ子までそんなことを言うのか。
「その話は後だ。まずはホブAから話を聞こう」
依頼の話よりも、ホブAに真実を聞かなくてはいけない。
もしこれでホブAがキングなんていないと言ったら全てが解決するんだが……
一応、いきなり扉が開かれてもいいように、死角になる場所にホブAを召喚する。
先程の話を思い浮かべながら召喚したので、ホブAにも事情は分かっているはずだ。
「さてホブA。さっきの話……キングの話とホブA達が追いやられたのは事実か?」
「ゴブ」
あっさり頷く。
やはり簡単に解決……とはいかないか。
「何故それを最初に説明しなかった?」
「ゴブッガッ! ゴゴブ」
ホブAはなにやら必死に訴えるが、もちろん俺には理解できない。
「シュート。多分説明したけど、シュートが理解できなかっただけだと思うよ」
……まぁ何となく分かってたけどさ。
でも、聞きたくなるってもんじゃないか。
ただ、それでホブAを責めるのはお門違いだ。
俺はホブAに謝罪してもう少し詳しく話を聞くことにした。
……もちろん二択でだが。
ゴブリン語の習得も考えたが、やはり言語翻訳のレベルが5になるまで待ちたかった。
まぁ今回聞きたいことは、二択でも問題ないことばかりだ。
****
「――やっぱり時間はないか」
詳しく話を聞いたが、ホブA達はやはり追い出されたゴブリンだった。
そして俺に殺される前までは、キングのスキルの支配下にあったらしい。
キングが行動を起こすまで、あの山で大人しく過ごし、キングの号令とともにバランの村へ攻める予定だったとのこと。
今は一度死んだことで、完全に支配からは抜け出しているとのこと。
だが、ゴブリンである以上、同族支配や威圧のスキル自体は有効のため、スキルを発動されたらまた支配されてしまうらしい。
まぁ支配も状態異常の一種らしいので、それはカードに戻せば支配から抜け出せるようだが……近づくことができないので、戦うのは厳しそうだ。
同じく、現ホブAよりも上位種――星4が最低25体はいるはずだから、そのゴブリンに勝つことも難しい。
その25体とキングはゴブリン以外の戦力で勝たなくてはならない。
だが、逆も然り。
ホブA達がいるから、ホブゴブリン以下のゴブリンは何体いても敵ではない。
……よし。
敵の星2以下のゴブリンは、ウチのゴブリンと一部のモンスターでなんとかする。
そして星3ゴブリン25体と星4ゴブリン25体、それから星5であろうキングをホブA達抜きで倒してしまえばいいだけの話だ。
ウチの戦力はラビットAを始め、星3の古参軍団。
「……かなり厳しい戦いになるな」
数でもレア度でも負けている。
正直勝てるかどうか。
だが、ウチの子達はただの星3ではない。
魔法やスキルを装備させれば、決して勝てない相手ではないはずだ。
「……ねぇシュート。シュートは依頼を受けないんだよね? 何を悩んでいるの?」
ナビ子が不思議がって尋ねる。
「依頼は受けないけど、戦わないとは言ってないぞ。俺はソロでキングを倒しに行くつもりだ」
というか、ナビ子なら言わなくても分かると思うんだが……
「えええっ!? なんでなんで? ひとりだと危険じゃない? ……そうまでしてぼっちがいいの?」
またぼっちって言う。
ったく、ソロだと何回言えば分かるんだ。
「それともアザレアやギルマスに言ったみたいに、周りとのコミュニケーションが不安なの? そりゃあシュートが人見知りなのは知ってるけどさ……」
コイツ……さっきから俺をディスりまくってないか?
「お前なぁ……ちゃんと依頼の内容を理解しているのか? 別に周りとか関係なく、依頼の内容が問題なんだ」
「依頼の内容? 別に悪くなかったと思うけど」
「まぁ普通の冒険者ならな。でも俺は違う。だって……依頼を受けたら、魔石が手に入らないんだぞ!」
依頼を受ければ命の危険は少ないかもしれない。
ギルマスやアザレアへの信頼も上がるかもしれない。
だがそれで手に入るのは経験値やお金だけ。
素材や魔石は全てギルドのもの。
それじゃあ何の意味もないじゃないか!!
「せっかく大量の素材や魔石を手に入れるチャンスなんだぞ! しかも、レア度の高いゴブリンだ。手に入れなくちゃ……勿体ないだろ?」
最低でも星3ゴブリンが25体、星4が25体、星5が1体手に入るチャンスなんだ。
その魔石を逃すなんて……コレクターの風上にもおけない。
俺の力説にナビ子が口をあんぐりと開けて固まる。
「お~いナビ子。理解できたか?」
「はっ!? あまりの衝撃に情報処理が追いつかなかったわ」
どうやら驚きすぎて処理落ちしていたらしい。
「でもでも~勿体ないって言ってもさ。この間のゴブリン戦とはわけが違うよ。今回ばっかりは本気でヤバいよ!」
「それは分かってる。だけど……どれだけヤバくてもコレクションのためなら行くしかないだろ?」
「……はぁ。シュートって、本当にコレクションのことになるとバカになるね」
ナビ子が呆れたようにため息をつく。
失礼極まりないが……それは俺も自覚してるからなぁ。




