第89話 緊急依頼
「とにかく今すぐにキングを討伐せねば、集落付近の村が滅ぼされてしまう」
本当にもう猶予がないんだろう。
「それでアザレアさんが緊急依頼の準備を始めたのですか」
「ああ、ギルドを開ける前に緊急依頼を出しておけば、依頼を受けに来た冒険者に話が伝わる」
5時に呼び出すなんておかしいと思ったけど、ギルドが開くのは朝7時から。
だからそれより早く俺から話を聞きたかったのか。
「緊急依頼は中堅以上の冒険者は強制参加だ。冒険者が揃い次第、出発する」
「中堅以上の冒険者って何人くらいいるんですか?」
「このギルドには200弱の登録者がいる。まぁ護衛やダンジョン攻略で不在の冒険者もいるから、参加できるのは半数くらいか」
100名の冒険者でゴブリン討伐。
集落に攻め入る人数だけじゃなく、近隣の村の防衛にも人を割かなくてはならないだろう。
「そんな人数で本当に大丈夫なんですか?」
そもそも中堅冒険者クラスの上位種ゴブリンが100体くらいいるんだろ?
総数も、戦力も足りてない気がする。
「中堅冒険者以上が強制参加なだけで、それ以下の冒険者が参加してはならないわけではない。むしろ初心者冒険者の方が、張り切るだろうよ」
聞くところによると、緊急依頼では敵を倒さなくても、等しく報酬をもらえるらしい。
しかもその報酬には経験値も貰えるらしく、戦闘職以外が大量の経験値を取得するチャンスでもあるようだ。
もちろん敵を倒せば、その分報酬は増える。
が、敵を倒した魔石や素材は全てギルドの物になるらしい。
「おそらく参加人数は300前後揃うだろう」
300か。
その人数で集落攻めと村の防衛をするのか。
「ゴブリン自体はさほど強いモンスターではない。こちらが連携を組めば、初心者冒険者の寄せ集めだろうと、問題はなかろう」
上位種がいなければな。とギルマスが呟く。
その上位種を中堅冒険者がやることになるんだろうな。
「どうだ? 貴様も依頼に参加してみんか?」
一応疑問形で聞いているが、ギルマスの圧力が強制だと言っている。
もちろん俺の答えは決まっている。
「……ご冗談を。昨日冒険者になった駆け出しが出る幕はないでしょう」
この強制依頼に参加するつもりはない。
ギルマスは俺が否定するとは思わなかったようで、少し面食らったようだ。
「駆け出しだろうがなんだろうが、戦力になる奴は大歓迎だ。貴様が昨日試験で召喚したアルミラージの亜種は、単体でゴブリンメイジ……いや、ゴブリンアークメイジと互角に戦えると睨んでいるのだが?」
ゴブリンアークメイジなんて種族もいるのか。
ゴブリンメイジの上位種かな?
「ははっそれは買い被りすぎですよ。……とにかく俺は参加するつもりはありません」
「何故だ?」
「何故だって今言ったじゃないですか。駆け出し冒険者の出る幕じゃないって。それは強さがどうこうじゃないんです。昨日合格したばかりの俺が参加することで、他の冒険者はどう思いますか? 役立たずのお荷物、報酬目当ての寄生虫だと思われるだけです」
足手まといの雑用係になる未来しか見えない。
「そんなもの実力で黙らせればよかろう」
「全員で協力してゴブリンを討伐するのに、駆け出し冒険者がそんなことしたら、冒険者がバラバラになってしまいますよ」
ただでさえナビ子を連れていて目立つというのに、更に実力なんかだしたらとんでもないことになるに決まっている。
中堅やベテラン冒険者には生意気だと思われ、下手なやっかみや嫉妬で俺は針のむしろだろう。
下手したら俺が襲われかねない。
「そもそも俺の能力自体がチームワークに向いてないです。協力して戦うなんてとてもとても……」
「もういい。……貴様はそんなこと気にするタマじゃあないと思ったが……そうか。まぁ中堅じゃない冒険者に強制させることは出来んな」
そう言いながらギルマスは立ち上がる。
「話は終わりだ。俺はこれから忙しいのでな。貴様も参加せんのならさっさと出ていくがいい」
俺へ向ける視線が一気に冷めた目になる。
失望した。そんな感じだろう。
だが、何と思われても強制依頼は受ける気はなかった。
****
ギルドの1階へ降りるとそこはもう既に大騒ぎになっていた。
ギルマスとの話をしている間に7時を過ぎていたようだ。
すでに強制依頼が発表され、多くの冒険者が、参加表明をしていた。
強制依頼は依頼ボードだけでなく、職員が依頼書を配布していたので、俺もそれを受け取る。
――――
依頼内容
・ゴブリンキングの討伐及び、ゴブリンの全滅。
参加報酬
・金貨1,000枚を参加者全員で均等に分配。
・参加者全員に経験値300配布。
・参加者全員にローポーションを2個、無料配布。
・参加者全員、次回の冒険者更新を自動免除。
討伐報酬
・ゴブリン1体につき銀貨3枚。
・上位種ゴブリンは金貨1枚。
・討伐は部位証明でなく、冒険者カードで判断する。
その他
・怪我の治療、魔石・素材回収、収納、料理など討伐以外の貢献報酬あり。
・討伐したゴブリンの素材や魔石は全てギルドの取り分となる。
・素材や魔石の着服は厳罰対象となる。
――――
まだ依頼を一つも受けてない俺でもこの依頼はかなり破格だと思う。
特に参加報酬がいい。
ギルマスは300名くらいって言ってたから、参加するだけで金貨3枚。
それから経験値300。
これがどのくらい価値があるか分からないけど……初心者冒険者ならかなり嬉しいんじゃないだろうか。
そしてそれ以上に、次回の更新免除がありがたそうだ。
それから、ゴブリンを倒さなくても、荷物運びなどでも報酬がもらえるから、駆け出しでも参加しやすいようになっている。
まぁ流石に俺のような超駆け出しは厳しいだろうけど。
「シュート様」
アザレアさんが近づいてくる。
「ギルド長との話は終わったのですか?」
「ええ。なんか想像以上に大変なことだったようですね。手紙を出すのが遅れてしまって本当に申し訳なかったです」
もしこの3日の遅れが原因で村に被害が及んだら……流石に悔やみきれない。
「そう責められなくてもよろしいかと。それよりも、手紙を届けてくださった事自体に感謝しております。あの手紙がなければ、確実にいくつかの村が滅んでおりました。それに……もしシュート様がすぐに手紙を出されていましたら、きっと昨日の試験は中止になっていましたよ」
うっ、確かにそうかも知れない。
「もしシュート様が冒険者になってなかったら、依頼に参加できませんから……戦力が大幅に減っていたことでしょう」
あ~、アザレアさん。
俺が依頼を受けると思っているみたいだ。
「悪いけど、俺は依頼を受ける気はありませんよ」
俺がそう言うと、アザレアさんは驚愕の表情を浮かべる。
「ギルド長に参加しろと言われませんでしたか?」
「言われたけど断りましたよ」
「断った!? 何故ですか!」
「ギルマスにも言いましたけど、昨日冒険者になったばかりの俺が参加したら、色々と煩そうじゃないですか」
「そんなもの実力で分からせてやればよろしいのです」
ギルマスと似たようなこと言って……
「そんなことをしたら、俺が今後このギルドで活動できなくなってしまいますよ。それに、アザレアさんなら分かると思うけど、あまり人前でスキルは発動できないし、目立ちたくないんだ」
カード化スキルのことを知っているアザレアさんなら分かるはずだ。
「それは……!? 確かにそうでしょうが。ギルド長はそれで納得されたので?」
「中堅以下の冒険者に強制させるわけにはいかないって諦めてくれましたよ。まぁ失望されちゃったみたいだけど」
「そう……ですか」
アザレアさんも残念そうだ。
「参加はしないけど、ポーションとか必要なものがあったら遠慮なく言ってください。その辺りの協力は惜しまないんで」
参加者に配布のローポーションとか……万が一に備えてのミドルやハイポーションなどは積極的に協力するつもりだ。
「……ありがとうございます」
到底納得できないような表情のアザレアさん。
「じゃあ……普通の依頼は受けられそうもないから俺はこれで。ポーションの準備はしておきますから、必要でしたら宿に来てください」
俺は逃げるようにギルドを後にした。




