第87話 迫り来る危機
「おはようございますシュート様、起きていらっしゃいますでしょうか?」
部屋の外からアザレアさんの声が聞こえる。
……ん? おはようございます?
俺は時計を確認する。
時計は5時を示していた。
昨日はナビ子からカード化スキルの説明を聞いて、それから色々と試していたんだが……どうやら徹夜をしてしまったようだ。
にしても、アザレアさんはこんな早くに……と、そういえば話が聞きたいから迎えに来るって言ってたな。
それでも、こんな時間によく宿に入れたな。
もしかして宿って鍵をかけないの?
「おはようございますアザレアさ……ん」
俺は扉を開け、アザレアさんを迎えるが、彼女はいつもと違い、少しくたびれた様子だった。
「……もしかして寝てません?」
「ええ、まぁ……でもお気になさらずに」
気にするなって言われても……絶対に昨日の手紙のせいだよなぁ。
「それよりも、こんな時間に訪問してしまい、誠に申し訳ございません。実はシュート様にお聞きしたいことがございまして……恐れ入りますが、今すぐギルドまでご足労願えませんでしょうか?」
アザレアさんにいつもの余裕はない。
かなり切羽詰まっているみたいだ。
「分かりました。すぐに準備します」
このまますぐに……とは言えない。
部屋着だから着替えないといけないし、顔くらいは洗いたい。
本当はシャワーを浴びて、軽く何か食べたいが……そんな時間はなさそうだ。
「あっそうだ。待っている間に、アザレアさんはこれを飲んでください」
俺はアザレアさんに小瓶を差し出す。
「……これは?」
「栄養ドリンクです。疲れが一気に吹っ飛びますよ」
――――
栄養ドリンク【薬品】レア度:☆☆
飲むと元気になる飲料。
一本飲むと疲れもスッキリ吹き飛ぶ。
ただし、過剰摂取は厳禁。
――――
栄養満点のハチミツと、料理本にあった野菜たっぷり健康ドリンクを合成して使った栄養ドリンクだ。
野菜とハチミツなのに、何故か完成品は日本で売られていそうな微炭酸の栄養ドリンクの味に仕上がっている。
まぁ美味しいからいいんだけどね。
怪我や状態異常を治すことは出来ないが、寝不足や疲れなどは一気に吹き飛び、8時間ぐっすり睡眠した後のような爽快感が得られる。
アザレアさんは少し訝しみながらも受け取ってくれた。
……ちゃんと飲んでくれるかな?
飲むところまで見届けたいけど、時間がないので洗面所へ入る。
「……これはいいものですね。体の疲れがきれいさっぱりなくなりました」
しばらくすると、扉の向こうからアザレアさんの声が聞こえた。
どうやらちゃんと飲んでくれたようだ。
「でしょう。寝不足だけじゃなく、長時間歩いた後や、事務仕事で疲れた肩や目、腰にもよく効きますよ」
これが日本にもあったら、もう少し仕事も頑張ったかなぁ。
いや、仕事のことは忘れよう。
それより、徹夜もしちゃったし、俺もついでに飲んでおこう。
「シュート様。わたくし、この栄養ドリンクを大量に頂きたいのですが……」
……軽口が叩けるくらいには余裕ができたみたいだ。
「残念ながら、これはまだ量産の目処が立ってないので難しいですね。それに、確かに元気になりますが、寝なくていいわけではないですからね」
野菜とハチミツを使うから、ポーションのように無尽蔵というわけにはいかない。
それに、どうせこの人のことだから、寝る時間を研究に……なんて考えているのかもしれない。
「むぅ。よい考えだと思ったのですが……」
やはりそのつもりだったようだ。
「寝不足はお肌の大敵って言いますしね。アザレアさんは、ビックリするほどの美人ですから、寝不足で肌荒れなんて勿体ないですよ」
まぁこの栄養ドリンクには美容の効果もあるようだから、大丈夫だと思うけどね。
「なっなななっ何を言っておられるのですか!」
ははっ、アザレアさんはぼっちだから言われ慣れてないんだろう。
もしくは軽くあしらっていたか。
きっとアザレアさんの顔は真っ赤になっているだろう。
「はいはい。美人って言われたくらいで照れなくていいですから」
「照れっ!? 照れたりなどしておりません! もう、いつまでも時間が掛かっているのですか! 先に行ってますよ!」
ヤバい、ちょっとからかい過ぎたか。
アザレアさんが一人で出ていこうとしたので、俺は慌てて準備をすることにした。
****
ギルドに着くと、俺は2階の一室に通される。
俺が初めて来た時に通されたあの応接室だ。
中にはギルドマスターが待っていた。
残念なことに、今日はケーキはないようだ。
まぁ朝からケーキも胃もたれするだけ……というか、そんな空気じゃ無さそうだ。
「よお。朝っぱらからわりぃな」
不機嫌そうなギルマス。
アザレアさんと同じく寝てないんだろうな。
「いえ、起きていたので構いませんが……いったい何事ですか?」
「貴様が昨日アザレアに渡した手紙の件だ。あれについて詳しく話を聞きたい」
やはり手紙のことだった。
でも正直な話、詳しくと言われても困るんだが。
「詳しくも何も……ゴブリンが現れたけど退治されたって話でしょ?」
「アザレアにはそのゴブリンが目撃されてから3ヶ月近く前だと言ったそうだが……事実か?」
「俺が村長から手紙を受け取った時点で、2ヶ月前だったんです。んで、この街に来るまで半月掛かりましたから……」
「初めて目撃されたのはどの辺りだ?」
「それは俺が見たわけじゃないので知りません。ただ、そのゴブリンが移住したのは山の中でした」
「山の中か……おい!」
ギルマスがアザレアさんに呼び掛けると、アザレアさんがテーブルに地図を広げる。
この世界の地図は初めてみるが……結構ちゃんと描かれてある。
「シュート様。ここがライラネート、そしてここがバランの村。ゴブリンが移住した山とはどの辺りでしょうか?」
どの辺りって言われても……山がいくつかあって分からないぞ。
「この山だよ。ゴブリンは大体この辺に巣を作ってたね。それから、ゴブリンが最初に目撃されたのはこの辺のはずだよ」
俺の代わりにナビ子が答えてくれる。
流石ナビ子、頼りになる。
だけど……山の方はともかく、最初に目撃された場所まで分かるのか?
「なぜここだと?」
ギルマスがナビ子に尋ねる。
ナビ子が指したのは、馬車道とは外れた場所だった。
「だって聞いたもん」
単純な答えだった。
しかし聞いたって……いつ?
あのとき村人と話す機会は……宴会の時だけだ。
宴会時は俺とナビ子はずっと一緒だったけど、そんな話はなかったぞ。
でもナビ子は嘘をつけないから、聞いたことは事実だろう。
俺……気づかないくらい酔ってたっけ?
「ギルド長。やはりこの辺りで間違いないかと」
「そうだな。これが事実だとすると、もはや一刻の猶予もない。すぐに緊急依頼として冒険者を集めろ!」
「かしこまりました。それではシュート様。失礼いたします」
「ちょっ、ちょっと待ってください。ちゃんと説明してください!」
アザレアさんが出て行こうとするのを慌てて引き留める。
「ゴブリンは退治されたんですよね? なのに、なんでそれが一大事なんですか?」
アザレアさんは俺の質問に答えるべきか悩んでいるようだ。
「おい。コイツには俺が説明しておく。お前はギルドが開く前に、緊急依頼を発令する準備をしろ」
「畏まりました。シュート様、詳しい話はギルド長から聞かれてください」
そう言ってアザレアさんは俺の返事を待たずに出て行った。
仕方がないからギルマスから話を聞くことにした。
「貴様はゴブリンに関してどの程度知っている?」
「ゴブリンにって……ほとんど知りませんよ。弱いモンスターの代名詞だけど、集団で行動するから、実は油断できないってことぐらい? 後は生殖行為が活発で、別の種族とも平気で生殖行動を行うってことくらいでしょうか?」
「概ねその認識で間違ってはいない。では何故ゴブリンは村を襲わずに山奥へ移住したのだと思う?」
その話は以前ホブAに聞いたことがある。
「それは当時も疑問に思ったので、考えたんですが、ゴブリン達は何かから逃げていて、村を襲う余裕がなかったんじゃないかなって」
あくまで推測っっぽく話す。
「なるほど。なかなか面白い推論だ。ではゴブリンは何から逃げたと思う?」
「それは分かりませんが……もしかして、ゴブリンが逃げるくらいに恐ろしいモンスターがいて、それの退治ってことですか?」
ゴブリンですら逃げ隠れる強さを持ったモンスターが、暴れているってことか。
なんだろう? ドラゴンかな?
それなら緊急依頼でも頷ける……が、それなら手紙で察するんじゃなくて、すでに被害が出ているよな?
「答えはゴブリンから逃げた……だ」
そういってギルマスが今回の件について語り始めた。




