第80話 冒険者試験
冒険者試験当日。
受験登録はすでにアザレアさんが終わらせてくれているので、俺はそのまま試験会場へ向かう。
学科試験の会場は冒険者支援ギルドの一室。
前回の応接室と違い、普通の会議室だ。
「ではシュート様。ナビ子様をこちらへ……」
アザレアさんがナビ子を差し出すように言う。
学科試験はひとりで解かないといけないらしく、ナビ子は一緒に入室できないらしい。
それなら別にアザレアさんに預けなくても、一時的に旅のしおりに戻せばいいだけなのだが……
「んじゃあシュート。頑張ってね~」
思いの外、ナビ子がアザレアさんに好意を抱いているようで、素直に了承したというわけだ。
協力者として仲良くなりたいって感じだろう。
……お願いだから、余計なことは言わないでくれよ。
「アザレアさん。ナビ子は俺から50メートル以上離れると、消えてしまいますから、本当に気をつけてくださいね」
「分かっております。わたくしは隣の部屋で待機しておりますので、試験が終わったらお呼びください」
そう言ってさっさと隣の部屋に入っていく。
……二人でいったいどんな話をするんだろう?
気になって試験に集中できなかったらどうしてくれるんだ。
……まぁ答えを知ってるから落ちようがないけど。
****
「それではこれより学科試験を開始する。時間は1時間。早く終ったものはその場で採点するから、答案用紙を俺のところまで持ってくるように……はじめ!」
試験官は屈強な冒険者って感じの男。
カンニングをしたら、その時点で半殺しの刑に処されてしまいそうだ。
受験者は……俺を含めて50人くらいか。
宿で見たことのある顔は半分くらいだ。
宿にはもっと寮生が泊まっていたが、残りはまだ勉強が間に合わなく今回は不参加のようだ。
この人数が多いか少ないか分からないが、毎週この人数が集まるのなら、こうやって試験日をまとめた方が効率がいいだろう。
この中で何人が合格するんだろうか?
事前に答えを知っている俺からすると、初見で学科をクリアするのはかなり厳しいと思う。
俺もアザレアさんから答えを教えてもらわなかったら、多分合格できなかった自信がある。
ただ、それは内容が難しいわけではない。
ちゃんと勉強すれば理解できる。
ただ……試験の出し方に悪意を感じる。
『モンスターを発見しても、先に別の冒険者グループが戦っていたら、優先権は先に戦っていた冒険者にあるので、絶対に手出ししてはならない』
答えは✕。
確かに先に戦っていた冒険者に優先権があるので、横取りするような真似は駄目だが、その冒険者がピンチなら助けなければならないので、絶対ではない。
『ギルドが推奨するパーティーは6人以外が理想的ではない』
冒険者支援ギルドが推奨するパーティー人数は6人だ。
モンスターと向かい合う前衛職が最低2名。
それを後衛からサポートする職業が2名。
最低でも1名、可能なら2名とも魔法職が望ましい。
そして冒険に必須のスキルを持つサポート職。
基本的にこの5名にパーティーに足らない部分を補強する1名を加えた6名のパーティーをギルドは推奨している。
だから6人が理想的ではないは✕……と見せかけて、6人以外が理想的ではないだから答えは○。
こんな感じで引っかけというか、揚げ足取りの問題ばかりが出題されている。
そもそもこれは理想のパーティーなんかはギルドの主観であって、常識でもなんでもない。
実際にパーティーを組めば、四人が理想だってこともあるかもしれない。
要するにギルドの常識を無理やり押し付けているだけだ。
だから、ギルドの授業を受けるか、教本を読まないと絶対に分からないようになっている。
その上、答えが1~20が全て○。
21~50が全て✕。
こんなに偏ってるなら、引っかけに騙されて、自分の答えが違うかもって疑心暗鬼になってしまう。
結果、時間が足らなくなって……てことも起こりそうだ。
この問題を作った人は、相当性格がねじ曲がっているに違いない。
俺は念のため、アザレアさんからもらった問題と同じかどうか確認しながら答えを書いていく。
もしかしたら別の問題に差し換わっているかもしれないからな。
それに……あまり早く解きすぎても、カンニングを疑われてしまう。
ここは3人目くらいに提出するのが望ましいだろう。
****
「お願いします」
俺は、前の2人が不合格になったのを見届けてから、試験官に答案用紙を提出した。
「よし、合格だ」
試験官は軽く目を通すと、合格を告げる。
まぁ答え合わせは簡単だからな。
「なるほど。やはり貴様が例の……」
例の? 例のなんだろう。
それにやはりって……
ナビ子はいないけど、妖精を連れた男として広まってるのかな?
「あの……何か?」
「なに、噂の氷を溶かした男がどんな奴か気になってな。まさかこんな優男だとだったとはな。驚いたぞ」
「氷を溶かした? 全く心当たりがないんですが……人違いではないですか?」
「しらばっくれるな。アザレアを連れ回しているのは貴様なんだろ?」
「アザレアさん? 確かにここ数日お世話になってますけど……」
「アザレアはな。真面目に仕事をするのはいいんだが、常に無表情で融通が効かんところがある。仕事をサボり気味の職員や特定の冒険者に甘い職員にいつも正論をぶつけておった。ヤツに泣かされた職員や退職した職員は数知れん。そこで付いた名が氷の女帝だ」
あの人……氷の女帝とか呼ばれてんの?
というか、あの人、実は真面目に仕事してないぞ。
「その氷の女帝が、男のために笑顔で休みを取り、あまつさえ甲斐甲斐しく世話しとると聞けば、気にならんわけがなかろう。貴様、ヤツから答えを教わってなかろうな」
ヤバッめっちゃ疑われとるやんけ。
「……あの人がそんなことをすると思います?」
とりあえず平静を装いながら誤魔化す。
「ははっ。んなわけねぇよな。ヤツな、休む前になんていったと思う? 気になる人が試験を受けるので、実力を確かめるために、一番難しい試験にしてくださいだとよ。答えを教えるなら、そんなことは言わんよなぁ」
この人は気づいてないようだけど……一番難しい問題が出ると分かってたから、事前に問題が分かったんじゃないのか?
というか、今回の問題は一番難しい問題だったのか。
それ、大声で言ってほしくなかったなぁ。
……なんか背中に受験生の恨みがましい視線を感じるんだけど?
お前のせいで落ちたらどうするんだと言われている気がする。
「とにかく貴様は合格だ。これを持って席に戻れ」
俺は試験官から別の紙をもらう。
「第二試験の計算問題だ。貴様なら楽勝だろうが、一応規則だからな」
どうやらこのまま同じ席で計算試験を受けるようだ。
やはり席に戻る際にも注目を浴びている気がする。
……計算問題よりも、この空気に耐える方が難しい。
俺はさっさと計算問題を終わらせて出ていくことにした。




